関わってはいけない女

16

「桔花ちゃん、一緒に帰ろう」


帰り支度をしていると、知里が駆け寄ってきた。急いで準備してきたのか、赤茶色の鞄からはプリントがはみ出ている。心配しなくても、置いて行ったりはしない。桔花が言うと、彼女は驚いたのか目を見開いた。


「……そっか、そうだよね。同じ寮室だもん」


呟いて、にっこりと微笑む。摩喜たちに意地悪されたせいで、疑心暗鬼になっている部分もあるのだろうか。慎重に接しないと、意図せずところで傷つけてしまいそうだ。今の知里の心は、ガラス玉よりも脆くなっている。




知里の視線を感じながら、桔花はプリントの四隅を揃えた。慣れた手つきでクリップをとめて、鞄にしまい込む。最後に、忘れ物が無いか机周りを確認している時だった。知里が待っているというのに、自身のペースを貫きすぎじゃないかと心配になったのは。

人を待たせているということを、考えていなかった。気づけば、謝罪の言葉が口をついて出た。


「気が済むまでいいよ。私、人を待っている時間が好きだから」


あっけらかんと言うと、知里は窓の外に目をやった。静かな昼下がりだ。遠くからぼんやりと聞こえる少女たちの声が、より一層、この空間を曖昧にしていく。まるで、夢の中にいるかのようだ。この場にいつまでも留まり続けたら、どうなるんだろうか。桔花は少し怖くなり、妄想を打ち消すように鞄を雑に持ち上げた。その衝撃で机がズレ、思ったよりも大きな音が出た。


「準備、できたみたいだね。それじゃあ、爽籟館へ出発!」


ずんずんと前へ行進する知里。なんだか、冒険隊の隊長みたいだ。いつの間にか、どもらず話ができるようになっているのは、桔花と接することに慣れたからだろうか。


「どうしたの、立ち止まって。早く行こうよ」


喜びを噛み締めていると、知里が怪訝そうな顔で振り返った。なんでもないと答えて、早歩きで追いつく。

廊下に響き渡る、2人分の足音。桔花は感慨深い思いで、それを聞いていた。こんなに早く友人ができるなんて、想像もしていなかったからだ。後は知里が、なるべく桔花に心配をかけずに生活してくれれば、万事上手くいくのだが、その点はまだ様子見だ。意地悪トップスリーの出方次第だろう。今日で飽きてくれていることを願うしかない。




玄関には、数人の新入生が残っていた。それに混ざって、見覚えのある少女がうろうろと歩き回っている。さっぱりとしたショートヘア、ジャンパースカートからのぞく足は、何かスポーツをやっている人間のものだ。改めて見ると、バランスの良い綺麗な身体つきをしている。


「あれ、鳴見先輩じゃない?」


言いながら、知里はパタパタと走って行く。

慌てて、桔花も走った。人にぶつかりそうになりながらも、なんとか鳴見の元にたどり着く。


「あーっ! ちーちゃん、きーちゃん! マジでいいところに来てくれたぁ」

「ど、どっ、どう……ハァハァハァ」

「どうしたんですか、鳴見さん」


知里は呼吸を整えるのに時間がかかりそうだ。桔花は彼女の背中を撫でながら、代わりに用件を聞く。


「鍵! 寮室の鍵! 寮母さんに預けてくるの忘れてたからさ」

「そ、それってもんだ、問題なんじゃ?」

「チョー問題だよ、ちーちゃん! 寮母さんには甘んじて怒られるとしても、繁夏の説教はくらいたくない! お願いだから、黙っておいて!」

「わ、分かりましたから揺らさないで!」

「よし。きーちゃんもお願いね。3人で後ろめたさを味わおう!」


繁夏に隠し事をするのは嫌だったが、必死な形相の鳴見に押されてうなずいてしまう。後でバレた時の方が怖いのは、火を見るより明らかなのに。喉まで出かかった言葉を飲み込んで、鳴見に束の間の安息を。これでいいんだろうか。

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