第5話〔外堀通り台詞のお稽古〕
明神男坂のぼりたい
05〔外堀通り台詞のお稽古〕
昨日から外堀通りを歩いている。
と言っても、学校へ行くわけではない。
台詞を覚えるため。
暮れの27日に台本もらってから、ろくに読んでない。
稽古は5日から始まる。せめて半分は覚えておかないと、さすがに申し訳ない。
台本を覚えるというのは、稽古中にやってるようではダメ。稽古は台本が頭に入ってることが前提。
一つは、去年のコンクールでの経験。
台詞の覚えが遅かったので、100%自信のある芝居にはなってなかった。
前年の『その火を飛び越えて』は東風先生の創作で、初演は、八月のお盆の頃。A市のピノキオ演劇祭。
コンクールは十一月が本番だから台詞はバッチリ……と、いいたいけど。創作劇だけあって書き直しが多い。東風先生も忙しいので、なかなか決定稿にならない。
で、決定稿になったのが十月の中間テストの後。
なんと台詞の半分が書き換わってアセアセのオタオタ。
行き帰りの通学路、授業が始まるまでの廊下の隅っこ、昼休み食堂でお昼食べながら、お風呂に浸かりながら、布団に入って眠りにつくまで……いろいろやって覚えたけど。なんとか入ったいう程度。
当たり前には入ったけど、身にしみこむいう程じゃ無い。
台詞いうのは、算数の九九と同じくらいどこからでも自動的に言えるようにしておかないと、解釈やら演出が変わったら出てこなくなる。
う~ん、歌覚えるように覚えちゃダメ。
メロディーといっしょじゃなかったら歌詞が出てこなかったり、最初から歌わなら途中の歌詞が出てこないような覚え方じゃね。
覚えた台詞は、いちど忘れて、その上に刷り込んで、自動的に出るようにしなくちゃ。
つまり算数の九九みたいに。これは、経験と……あとは、もう一個。別の機会に言います。
コンクールは、そこそこの出来だったけど、あの浦島に文句つけられるような弱さはあったんだと思う。難しい言い方で『役の肉体化』が出来てなかった。
ヘヘ、難しいこと知ってるでしょ。あたしは、そんじょそこらの演劇部員じゃないという自負はある。
その自負の割には、五日間も台本読まずに正月気分に流されてしまって反省。
で、昨日から外堀通りを散歩しながらがんばってる。
男坂を駆けあがって、神田明神男坂門。
門と看板は出てるけど門も扉もない。いつでもだれでも通れます。
ラブライブでは音乃木坂高校生徒会の東條希の実家が神田明神で、希は、いつも巫女服で、このへんを掃除している。
正月も松の内なので、平日よりは参拝者の人が多い。
パンパン
二拍手だけして一礼。
ほんとは、二礼二拍手一礼が作法だけど、ご挨拶なので略式。いつもは、ペコリと一礼だけだから、まだ、あたし的には念がいってる。
回れ右して隨神門(正面の門)から出発なんだけど、回れ右の途中で巫女さんが目に入る。
境内を掃除していたり、祭務所(お札や御守り売ってるところ)の番をしていたり、参拝者の案内をしていたり、いろいろなんだけど、たいていは視線が合って、ペコっとお辞儀。
隨神門を出る時に、もう一回ペコリ。
「おはよう」「おはようございます」
団子屋のおばちゃんと挨拶を交わす。
おばちゃんは、お店の事があるから、いつも声に出してあいさつするとは限らない。
そのときは、ペコリしとくだけ。
あ、このおばちゃんは、四つの時に男坂を転げ落ちた時に助けてくれたおばちゃん。
さあ、ここから、台詞の稽古。
台本片手にブツブツと台詞を反すう。
…………………、…………………。
詰まったり怪しくなったら、台本で確認して、再びブツクサ。
ロケーションは、湯島の聖堂を曲がって本郷通、聖橋の階段を下りて外堀通りに差し掛かって、ペースが出てくる。
「よく、歩きながら台詞がおぼえられるねえ」
友だちに感心されるけど、ながらスマホほど危なくは無い。ちゃんと景色も目に入ってるし、音も聞こえてる。
…………………、…………………。
役者って、役をやってると役の気持ちになってるし、その役が見ているものを見ているし、役が聞いているものを聞いている。それでいて、舞台全体にも神経くばってるし、照明の当たり具合とか、相手役のことだって見てる。
あ、立ち位置間違ってる。そう思ったら、次の展開を考えて、こっちの立ち位置やタイミングを変えたりね。
いわば、究極の『ながら』をやってるから、台詞のブツブツなんか、お茶の子さいさい。
…………………、…………………。
西に進んで行くと、医科歯科大学や順天堂大学の学生さんと並んだりすれ違ったり。
まだ松の内だというのに、大学生はえらいよ。
まあ、高校生とは違って、大学出たら社会人だからね。気合いが違う。
…………………、…………………。
通り過ぎる人とは三間(7メートルくらい)は間をとるようにする。
声が聞こえると、ね、恥ずかしかったり、ちょっと不気味だったりするからさ。
…………………、…………………。
順天堂大学を過ぎると、そろそろ学校のエリア。
学校の近くには、私学の高校が二つあって、さすがに部活の生徒とかが目につくので、横断歩道を渡って、神田川沿いの歩道に移る。
こっちの方が、だんぜん人通りも少ないので、台詞も反すうじゃなくて、稽古のレベルになって、呼吸が変わったり、手が動いたりする。
それでも、周囲の様子は見えてるから、あたしって天才?
…………………、…………………。
…………………、…………………。
…………………、…………………。
…………………あ。
信号の向こうから関根先輩が歩いてくるのに気が付いた。
関根さんは中学の先輩。
軽音やってて、勉強もできるし、スポーツも万能。高校は、神田川の向こうの○○高校。うちの中学からは二人しか行かれなかった都立の名門校。
あたしは卒業式の日に必死のパッチで「第二ボタンください!」をかました。
その関根さんとバッタリ会うてしまった。心の準備もなんにもなしに……。
「おう、アケオメ。正月そうそう散歩か」
「あ、あ、あけましておめでと……」
そこまで言うと。
「そうだ、お婆ちゃん亡くなたんだよな。喪中にすまんかった」
なんという優しさ。孫のあたしが年末まで忘れてたこと覚えててくれはった。感激と自己嫌悪。
「あ、あの……」
次の言葉が出てこないでいると、横断歩道を渡って田辺美保先輩が来る。
「おまたせ、セッキー!」
田辺さんは関根さんと同期のベッピンさん。あたしより……足元にも及ばないくらいの美少女。
「じゃな、鈴木」
関根さんは、軽く手で挨拶していってくれたけど、田辺さんは完全シカト!
―― 鈴木明日香なんか、道ばたの石ころ ――
そんな感じで行ってしまった。
くそ! 東京ドームシティでデートか、グルッと回って神田明神に初詣えええ!?
台詞…………みんな飛んでしまった!
初稽古まで、あと二日……。
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