3rd / KOTOMI

 

 停学が解かれて学校に戻った、ユーリとカナが、標的にされるのは間違いなかった。

 復帰初日、ふたりが登校してからずっと、アヤカたちは教室の右隅の窓際から、ぼそぼそと何か耳打ちをしつつ、ふたりを遠巻きに睨んでいた。

 動いたのは、放課後だった。

 音楽室でカナに蹴り倒された男子が、帰り支度をするカナの前の席に、どかりと腰を下ろした。

 「ちょっとこの後付き合えよ。出所祝いやってやっから」

 きゃはは、出所って!前科モン!と、少し離れた教室の右隅から黄色い声が上がる。

 カナは無表情にその男子を見据えて、何も答えない。それで焦れたのか、男子は手に持っていたペットボトルでぺちぺちとカナの頬を小突いた。

 「なになに?びびっちゃって何もしゃべれなく・・・」

 「そんだけ?」

 男子の言葉を遮るように、カナが言う。

 「あ?」

 イラついた男子が、凄む。

 「ぺちぺちするだけ?ずいぶんヘタレてんな」

 言いながらニヤリと不適に笑むカナに、男子がキレた。ぷちん、と聞こえるはずない音が、聞こえた気がした。

 次の瞬間、ぐーで殴られたカナの体が、なぎ倒された机や椅子の中に埋もれた。

 「あんま調子乗ってんじゃねえぞ」

 倒れたカナを見下ろしながら凄む男子に、アヤカの他の取り巻きも寄っていく。

 「タクはキレたら怖いかんね。ちょっと頭冷やしたら?」

 取り巻きの女子の一人が、紙パックのカフェオレを、倒れたカナの頭から被せる。

 「おら、立てよ。ここじゃ派手に“お祝い”できないだろ?」

 言いながら、別の男子が爪先でこつこつとカナの背中を蹴る。その時だ。 

 「え?ちょっと待って」

 女子の一人が、カナがずっと握りしめていたスマホにようやく気づいた。それをとりあげる。

 「ちょ、コイツ録画してんだけど!」

 甲高い声が上がる。

 「貸せ」

 カナを殴った男子が女子からスマホを取り上げると、ちょうど教室に入ってきた放課後の掃除当番の手から、水の入ったバケツを奪い取った。で、躊躇なくカナのスマホをその中に、どぼんと浸す。

 「こういうのは水に浸すと全部データ飛ぶからな」

 勝ち誇ったように言う。

 ざんねーん、と取り巻きからも声が上がる。

 「そーな、残念残念」

 言いながらスマホを構え、その騒動の輪に寄っていったのはユーリだった。

 「全部、こっちでも撮ったよ」

 ユーリはアヤカの取り巻きたちを、舐めるようにひとりひとりそのフレームに納めていく。が、それをフレーム外から伸びてきた手が取り上げる。アヤカだった。

 アヤカはユーリのそれも、水の入ったバケツに投げ入れた。

 「これで証拠はないし、クラスの皆はアンタらに不利な証言しかしないし、停学明けてすぐこの騒動はヤバいんじゃない?」

 と誇らしげに言うアヤカを、ワタシのスマホが遠巻きに捉えていることを、アヤカは知らない。

 でも、それとは関係無しに、挑発的に笑みながら立ち上がったのは、カナだ。

 「ライブ配信って知ってる?まあ私たちの急増アカウントをライブで見てるヤツなんていないだろうけど、データはクラウドに全部残ってんだわ」

 言ってカナは天井を指差す。そしてユーリを振り向く。

 「もう充分だよね?そろそろ限界」

 それを受けたユーリが頷いたのと、ほぼ同時だった。

 椅子の足を掴んだカナは、それを殴ってきた男子に投げつけた。

 まともに顔面に受けて倒れ込んだ男子に、カナは別の椅子を持ち上げて、容赦なく振り下ろす。

 間髪いれずに今度はユーリが、別の男子に椅子を投げつける。そこで怯んだ男子のお腹を、足の裏で突き飛ばす。

 例えば男子がカナを殴ったときに感じた、無意識のブレーキ。暴力への戸惑いや躊躇い。それが二人からは、微塵も感じられない。

 スマホを握りながら、昂る。

 そう。

 それはいつも妄想していたシドと同じ、リアルにパンクな暴力の、真の姿だ。


 「アンタら多分、退学クビだわ」

 頭からの出血が酷かった男子二人が救急車で病院に運ばれた後、職員室から戻ってきた保健の絵里先生は、何故だかちょっとワクワクした感じで言うと、アンタらみたいの、嫌いじゃないけど、と付け足して、全面禁煙の校内の、しかも保健室の中でタバコを吸出した。

 そのサバサバしたニュートラルな感じで生徒に人気の絵里先生は、みんなに、名字の河村ではなく名前で呼ばれる。

 その、他の先生たちにはない距離感のせいなのか、気弱なワタシも、絵里先生になら、声を上げられる。

 「先に手をあげたのも、挑発してきたのもアッチなんです。証拠の動画もあります。何とかならないんですか?」

 せっかく仲良くなったユーリとカナが、学校に来れなくなるなんてイヤだ。だから必死だった。

 「そうなの?じゃ、それを突きつければいいじゃん」

 絵里先生の進言に、ユーリとカナの反応は芳しくない。

 「んー、何かそれを振りかざすのもカッコわるいよなー」

 ユーリは天井を仰ぎながら言う。

 「そーなー。何かそれじゃ、粋じゃないんだよな」

 カナも同じように他人事な感じで言って、抱えたギターケースのジッパーを開けたり閉じたりする。

 「なるほど」二人のリアクションを受けて、何故だか絵里先生は目をキラキラ輝かせ出す。「んじゃ、パンクにやってみようか。ギターを持ち歩いてるってことはキミたちは、バンドやってんだよね?上映会ジャック、やろう」

 絵里先生は、すごい楽しそうだ。

 「上映会?」ユーリが訪ねる。

 「再来週全校生徒で、なんだか映画の上映会やるんだって。それをジャックしよ。その動画、私にちょうだい。パンクに編集して、それを流しながらゲリラライブしよう」

 「そんなんやったら、絵里先生もクビになんない?」

 不安げにカナが聞く。

 「協力はするけど、わたしは表にでないし」

 「でも、ドラムいないからなー」

 ユーリが嘆く。

 「それはわたしが知り合いに頼んどく」

 「その人が捕まったら、どーすんの」

 「まあ、ハクが着いていんじゃね?」

 きゃはは、と絵里先生は笑う。

 オモロソーダナ、オモロソーダと、ユーリとカナは見つめ合う。

 やりましょう、と力むワタシに、真面目か?と三人が同時にツッコむ。

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