パンキッシュ・ガールズ・セオリー/ High-School Girls' Universe 1st

北溜

1st / KOTOMI

 四月。

 高校に入って初めての、音楽の授業。

 音楽室のグランドピアノに飛び乗って、持参したギターを掻き鳴らしながら歌い出した彼女は、ワタシにとって“神”になった。

 英国人とのハーフ。

 有名人の娘。

 それまではそんな肩書きを持った、近寄り難いクラスメイトでしかなかった。

 その彼女が“神”になったゆえんは、二つ。

 ひとつはその時彼女が歌った曲が、ワタシが愛してやまないパンクな曲、ランシドのBLOODCLOTだったこと。

 もうひとつは彼女のそのパフォーマンスが、揺るぎないスクールカーストの頂点に立つ、アヤカの顔を歪ませたこと。


 ―――今日は最初の授業なので、皆さんの好きな曲を、グループでもいいので、自由に歌ってみてください。


 たぶん音楽の神尾先生が言い放ったそのセリフの、自由って言葉がトリガーだったんだ。

 それを聞いた途端、彼女は長い金髪をなびかせながら、グランドピアノの上に飛び乗り、ギターを掻き鳴らし始めた。

 ブレザーのポケットに引っ掻けたミニアンプから、じゃりじゃりとしたノイズを響かせる。

 BLOODCLOTのイントロリフと、Hey Hoの掛け声。

 誰もノってこない。

 それでも構わず、彼女は歌い出す。

 Aメロから、Bメロへ。

 そのあたりで神尾先生が、やめなさい、降りなさい、を連呼し始める。

 でもシカト。

 サビまで歌いきる。


  〝今、俺の銃が火を噴く

   360度、血糊だらけ

   今、俺の銃が火を噴く

   再開だ。

   全部最初からやりなおしゃいい〟


 サビを歌い切ったところで、彼女は跳んだ。

 金色の髪が、空中できらきらと尾を引く。

 BLOODCLOTの禍々しさとは相反した、美しさだ。

 彼女が床に着地し、一拍置いた後に音楽室を満たしたのは、どよめきだった。

 決してポジティブとは言えないそのリアクションに、彼女は裏ピースを返す。どよめきが少し、ボリュームを増す。でもきっとそのどよめきを発する誰もが、裏ピースの本当の意味なんてわかってない。

 「あなた何考えてるの?!」

 その差し出された腕を掴んで無理やり降ろさせたのは、神尾先生だった。

 「ん?自由に歌ってみた」

 「自由ったって限度があるでしょ?!ピアノの上に乗るとか、そんなのありえないじゃない!常識とかモラルとかないの?」

 捲し立てる神尾先生に向かって、彼女は露骨にため息を吐いた。かと思うと、突然先生の顎を鷲掴み、それを自分の顔の目の前まで引き寄せて、言った。

 「アンタらオトナが無防備に、アタシらガキの機嫌を取るために振りかざす自由ってヤツの、ホントの姿がこれなんだよ」

 その彼女の言葉に、どよめきが止む。

 ぞっとするほど、冷めた口調だった。

 それを真正面から受けた神尾先生は、最初は電池の切れたロボットみたいに固まり、次第にわなわな震え出すと、最後は何だか言葉にならない奇声みたいなものを発して、教室を飛び出して行ってしまった。

 音楽室の中にまた、どよめきが戻ってくる。

 さっきよりはどこかポジティブな響きが、その中に潜んでる。

 アタシらガキの機嫌を取るために振りかざす自由。

 そのフレーズがたぶん、クラスメイトの胸にそれとなく刺さったんだ。

 が、またすぐにそれは掻き消される。

 「先生追い出しちゃってさぁ、私のこの溢れる勉強意欲をどうしてくれるワケ?」

 アヤカだ。

 彼女が騒ぎを起こしている最中、ワタシは視界の隅でずっと不機嫌そうなアヤカの顔を捉えてた。きっと絡んでくるはず、と予感はしてたけど、案の定だ。

 音楽室の右隅の窓際。アヤカと、いわゆるイケてる連中が屯す一角から飛んで来たそのアヤカの言葉に、全員が凍る。

 スクールカーストのトップ。誰も彼女の気に障るような言動はしない。

 「いきなり歌い出すとか、ありえなくね?」

 「まあジャンキーの娘だし」

 「娘もイっちゃってんでしょ?クスリで」

 ぎゃはは、と耳障りな笑い声と罵りが、取り巻きからも上がる。

 「アイツのオヤジの曲とかも、何がいいのって感じじゃん。なんてバンドだっけ?」

 「なんとかバズ?」

 「バズっちゃったのは曲じゃなくて事件だけど」

 ぎゃはは。

 下品な笑い声は止まない。

 アヤカの取り巻き以外のクラスメイトは、どこに向けていいのか判らない視線をふらふらと泳がせながら、何も言わない。言えない。

 彼女を見た。

 こんな挑発的な事を言われて、彼女が黙っているわけがないと思った。

 スクイーズド・バス。

 3年前にメンバーに刺されて死んでしまった彼女の父、英国人のエミール・グラハムが日本で結成した、パンクバンド。

 それをこうもバカにされて、ピアノに飛び乗るような気質の彼女が、黙ってるワケはないと思った。

 でも予想に反して、彼女からエモーショナルな空気は全く感じられず、冷めた、無感情で空虚なまなざしを、アヤカに向けるだけだった。

 その時不意に、椅子やら何やらが倒されるような、派手な音が耳を突いた。

 その方向、アヤカたちが屯す一角に視線を戻すと、アヤカの取り巻きの男子がひとり、横倒しの椅子の脇に背中を押さえながら倒れこんでいた。そしてそのすぐ傍には、艶の深い黒のショートヘアーの女子が片足を上げて立っていた。

 確か、ニラサキカナさん、という名のクラスメイト。

 ニラサキさんが男子を蹴り倒した、と理解するまで数秒かかった。

 「お前らみたいなクズがアイドルとか韓流とかどんだけ推してもいいんだけどさ、スクイーズド・バズをバカにすんのは許さないから」

 ニラサキさんは倒れ込んだ男子を見下ろしながら、冷淡に言う。

 ビックリだ。

 アヤカに楯突くクラスメイトが、彼女以外にもいるってことが。

 「テメー、ふざけんなよ!」

 倒された男子は立ち上がると、ニラサキさんの胸ぐらを掴む。刹那、ニラサキさんは今度は、唐突に男子の鼻頭を頭突く。

 呻めき声を上げ、鼻を押さえながら、男子が踞る。それを見た他のアヤカ取り巻きの男子たちが、ニラサキさんに向かってく。

 「これ、ちょっと待ってて」

 肩を叩かれた。彼女だった。さっきまでの冷めたまなざしがウソみたいにキラキラしていた。

 ワタシにレスポールを押しつけて、彼女は走り出す。

 「アタシも混ぜろ!」

 言いながら、男子のひとりを飛び蹴る。

 音楽室はカオスになった。

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