第19話 ネトルの採取

「えっ? その格好はまさかの冒険者?」



 昨日、教会に行っておいでと親切に声をかけてくれた兵士が驚いている。



「はい、その方がご飯食べられそうかなって」


「まあ、そうかもだけど」


 気をつけろよと言って滞在許可証と返金分の銅貨を渡してくれた。




 ミリアは屋台で昼ご飯を買った。パンに何か分からない肉と野菜が山盛り挟んである。

 塩とハーブのバランスが良くてとても美味しかった。


 ハーミットを出発する前に必ず買っていこうと心に決めた。




 早速ネトルの採取に行くためにミリアは関所近くで駅馬車に乗り込んだ。


 馬車の中には街の朝市へ買い物に行った帰りらしい女性が数人、大きな籠を抱えて乗っていた。


 麻の白いボンネットや青いスカーフ・リボンを巻いた麦わら帽子。

 簡素なローブの上にオーバースカートを着ていたり、袖なしの上着を着ていたり。

 コール・ド・コット丈長のチュニック型衣服を着ている人もいた。


 ローブやコットに使っている布は流行りのグリゼット。

 これは、あまり質の良くない絹や木綿を織り上げた薄い生地で庶民の女性に大人気になっている。


 グリゼットはみな良く似たグレーの色をしているが、女性達は様々な色で刺繍したりリボンなどで工夫していたりと見ているだけで楽しくなる。




「冒険者かい?」


「ネトルを採取しに行く予定です」


「あんた大丈夫なのかい? あそこには今魔物が住み着いてるって」


「多分、お買い物ですか?」


「ああ、朝市にね。あそこはダンジョンが近いから珍しい物が一杯あるからつい買いすぎちまう」


「そうそう、商人も一杯出入りしてるしね」


「今日の晩御飯は久しぶりの新鮮な肉があるから楽しみだよ」



 カラカラと楽しげに笑う女性達。話を聞いているミリアまで楽しい気分になってきた。


 ごく当たり前にある庶民の生活。


 いつか自分もこういう人たちの中で薬屋として傷薬や湿布薬を売ったりする生活がしたいと心から願うミリアだった。




 女性達より先に目的地についたミリアは、


「気をつけるんだよ」


と言う親切な声に手を振ってネトルの生えている草原を目指した。





 帰りの馬車に間に合わせる為に、ミリアは身体強化をかけて一気に目的地まで走って行った。



 ネトルの近くには見えるだけでも八体のトレントがいた。

 きっとその後ろにもいるはず。



(これならドリアード木の精霊はきっといる)



 ミリアはネトルを踏み潰さないよう回り込み、トレントの中に駆け込んで行った。


 敵の侵入にトレント達が枝を伸ばし攻撃してきた。ミリアは風魔法で枝を払いながら叫んだ。


「ドリアード! 話を聞いて!」



 走り回りながら枝を払い飛び出した根を回避する。


「ドリアード! いたら返事をして、お願い」



 ここにはいないのかとミリアが諦め掛けた頃、トレントの攻撃が止み甲高い女の子の声がした。



「何の用? さっさと出ていきなさいよ、ここはトレントのものだからね!」


「はじめまして、私はミリア。どうして住処を変えたの?」



 姿を見せたドリアードは大人の掌くらいの大きさで、長い髪に朝顔の花飾りをつけ薄布のチュニック風ドレスを着てふわふわと宙に浮いている。



「トレントを傷つけたあんたとは話しなんかしないもん」



 腕を組み“つん!” と横を向いたドリアードはチラチラとミリアの様子を伺っている。



「傷つけてごめんなさい。どうして住処を変えたの?」


「・・だったら何よ。あんたに関係ないじゃん」



「トレント達が元の住処に帰れるように手伝いたいの」



 ドリアードは首を傾げてミリアを見ていたが、ふわふわと飛んで少し近くにやってきた。



「人間はトレントを殺しにくるもんでしょ? 何でそうしないの? あんたは弱虫なの?」


「確かに弱いけど、弱虫ではないつもり」


「ふーん、あたし達には関係ないけどね」



 ドリアードはミリアの周りをふわふわと漂いながら、


「あんたって不思議な匂いがするわ。何で?」


「薬師だからいろんな薬草の匂いが染み付いているのかも。

変な匂いだったらごめんなさいね」



 黙り込んだドリアードは空中で器用に胡座を組んだ。腕を組んで首を傾げている様は子供が大人の真似をしているみたいでかなり可愛い。



「薬師だからトレントをやっつけないで話がしたいって事ね。

なら教えてあげる。あたし達はここよりもっと西の方の山の中に住んでたの。だけど悪い奴らに追い出されたの。

すっごくムカつく奴らに!」


「詳しく教えてくれる?」


「あいつらはね、臭くて下品で意地悪で。

めちゃめちゃムカつく奴なの。

我慢出来なくなったからここに来たってわけ」


「だったらそいつらに元の住処に帰って貰えばあなた達も帰れるって事ね?」



「あいつらは住処なんてないの。

気が向いた時に気が向いたところで寝て、意地悪して回るのよ」


「それは魔物?」



「猫妖精のケット・シーよ」


 犬の妖精クー・シーは優しい性格をしているが、猫の妖精ケット・シーはあちこちで問題を起こす厄介者の事が多い。

 胸元に大きな白い模様があり、二本足で歩き言葉を話す頭の良い妖精で沢山の仲間を従えている。



「その子と話し合ってみるわ。連れて行ってくれる?」


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