第22話 悪魔で執事

「……何度見ても、やり手のホステスにしか見えないわ。琴羽ことはちゃんもころりといっちゃわないか心配だわ」

「まあまあ母さん、彼のおかげでここ数日の売上は連日急上昇中なんだし、そんな言い方しなくても。それに琴羽なら大丈夫。うちの娘を信じてやりなさい」

 カウンターを切り盛りしている佐久間さくまの両親が、悪魔の仕事ぶりを見てそんな感想をらしていた。

 佐久間はと言えば、今日は土曜日で学校は休み。バド部の休日練習も明日なので、今日は友達と一緒に遊びに出かけている。

 悪魔は次々と来店する女性客をとりこにしながら、頭の片隅でこれからのことを考えていた。

 当面の衣食住を確保するという目標は達せられたため、今後はどのようにして日本の侵略を進めていくかを考えなければならない。日本には現在1.3億人ほどの人間がいることを踏まえると、ざっと過半数の七千万人ほどを悪魔側の人間に仕立て上げれば勝利ということになる。

 昨夜のテレパスで得た情報によると、今の日本は天使側と悪魔側の人間の数が拮抗きっこうしている状態らしい。まあ、それを踏まえて神はこの日本に天使と悪魔を送り込んだのかもしれないが、それは神のみぞ知ることで、悪魔が考えても仕方のないことだった。

 まずはここ秋葉原を拠点にして悪魔側の人数を増やしていくのが妥当だろうな(繰り返しになるが、悪魔は天使も秋葉原にいることを知らない。もし知っていたら悪魔は別の考えを持っていたかもしれない)。

 昨日のテレパス会議で、決着をつけるのは三年後に決定した。期限を決めて戦わなければエンドレスゲームになってしまうためだ。

 三年後に日本全国の天使側と悪魔側の人間の数を比べ、多かったほうの勝ちというわけだ。

 数千年生きてきた悪魔や天使にとって三年という時間は体感として極めて短い。それに日本全国の市町村を回って尚且なおかつ自身の信者を増やすにはもっと時間が必要だと思われたため、戦いの期間をもう少し長く、具体的には五年とか十年とかにしようという話も出たのだが、「限られた時間の中でいかに頭を使って勝利をもぎ取るか。それはそれで面白いではないか」という神によるつるの一声で、結局のところ三年に落ち着いた。

 この勝負では、天使は天使側の人間を、悪魔は悪魔側の人間を、互いに増やそうとせめぎ合う。例えば仮に悪魔が秋葉原に住む人間の九割以上を悪魔側の人間に仕立て上げたところで、あとからやってきた天使に盤上ばんじょうをひっくり返されて、結局最後には天使側の人間が九割になっていた、なんてこともあり得るわけだ。ただ単純に日本全国を順に支配していくだけでは足りない。そこには確かな戦略がいる。

 しかし、その戦略を練るためには、まずは日本という国のことをよく知らなければならない。この世界に飛ばされる際に神から「必要最低限の知識」を授かったが、この数日間暮らしてみた感触として、どうにもそれらにはかなりのかたよりがあるように思われた。「必要最低限」と言いながらも「敬語」の知識がなかったり(おかげで佐久間や彼女の両親にみっちりしごかれた)、かと思えば「昨年のアニソンランキングTop10」なんていう普段の生活で全く役に立たないような余計な知識があったりした。

 ぶっちゃけ「必要最低限」には神の趣味嗜好しこうが反映されている気がしてならないが、今更とやかく言っても詮無せんなきことである。

 とにかく今は佐久間が帰宅するのを待ち、彼女を上手くうそで丸め込み、この日本についての情報をかせるのが最優先か。

 ドアベルが鳴り、客の来店を伝える。

「おかえりなさいませ、お嬢様」

 悪魔はいつわりの仮面をかぶり、新たなお嬢様を出迎えた。

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