二話、出会い(4)

「なに言ってんの……?」

「えっ?」

「ボクは巨人族じゃないよ、背丈だって、集落の中じゃ一番小さかったんだから」

「っち、小さい? そうなんですねぇ……」


(これで小さいって……化け物なんてレベルじゃないわよ)


「あぁそっか、妖精の君から見ればボクも巨人に見えるのか……」

「どういうこと?」

「どういうこと、って……なにが?」

「お嬢さんはエルフよりもー、ずっと大きいじゃない?」

「ん? エルフはボクなんかより、ずーっと、大きいよ?」


(あれぇ? どうも話がかみ合って無いわね)


 頭の中が疑問符だらけの百合に、女の子は小首を傾げてしゃがみ込んだ。


「なんか妖精さん、勘違いしているみたいだけど……大丈夫?」

「え? 勘違い?」

「あー……えーっと、これ、なら」


 少女は懐から綺麗に研いだ大きなナイフを取り出し、そのまま百合の横にドスッと刺した。

 ナイフは本当に大きく、刃渡りは百合の数倍、幅も両手を広げても端に届かないほど。


「きゃっ! ……ん、んん?」


 鏡のように磨かれたナイフには、綺麗な薄緑色のロングドレスを着た見知らぬ女性が映っている。

 金糸みたいな綺麗な髪に、人形みたいに透き通る肌。


(これ……もしかしなくても、わたし?) 


 百合は映った女性が自分だと気づくのに数瞬かかった。

 辛うじて見覚えのあるのは目と口、あとは忌まわしい事に、小さな胸ぐらいなものだ。


(ここはサービスしてくれても、良かったのに)


 服もお姫様の着るようなロングドレス、着たことどころか見たこともない。


「いやぁこれは、きれいな金髪ー」


 ナイフの前でクルリと一回転した百合、更に自分の顔を触って調べる。


「耳は……長いわね、しかも尖ってる」


(どっからどうみてもエル……って、あれ?!)


 ナイフに映る自分を見て百合は初めから感じていた違和感の正体にようやく気づいた。


(せ……背中!? 羽根がある!!)


 ナイフに映り込んでいたのは、百合の身の丈ほどもある羽根が4枚もある。

 羽根は陽の光を吸い込んで、エメラルドみたいにキラキラと光っていた。


「あのーちょっといいですか?」

「ん?」

「この世界では、エルフって背中に羽根が生えているんですか?」

「〝この世界〟とか〝巨人〟とか、さっきから何言ってるの?」


 また少女は小首を傾げる。

 察しのいい少女の言葉に、百合はドギマギとするだけで、なにも答えられなかった。


「っえ、あー」

「あとエルフに羽根は生えてないよ?」

「え!? あ、あの、わたしエルフじゃないんですか!?」

「だから違うってば」

「じゃぁ、私は……」

「どっからどうみても、ピクシーでしょ?」


(ピ……ピクシー!? そういわれたら、確かに……クソじじぃ、やりやがったな?)


 百合の中で、またも怒りがフツフツと込み上げてきた。

 しかし、目の前の女の子に当たり散らすのは、かなりの筋違いなので、フーッと大きく深呼吸をして心を落ち着ける。


「なるほど……ようやくわかったわ」

「なにが?」

「あなたが巨人さんなんじゃなくて、わたしが小さかったってこと」

「やっとわかってくれ……た……ね」


 少女はフラッと後ろによろける。

 踏ん張りが効かないのか、そのまま崩れるように倒れていく。


「だ、だいじょう……ぶ?」


(あれ? これ……避けないとやばくない!?)


 逃げようとしたが、百合の身体は自由に動かない。


「ドレスが重い! 砂が、走りづらっ! 羽根も邪魔!」


(羽根が風に流されて、バランスが取れな……)


 百合が色々と考えを巡らせている所に、ふとある妙案が浮かんだ


「っあ! そうじゃん!」


(わたしには羽根がある! 飛べば何とかなるんじゃ)


「名案だわっ!」


 百合は全身の力を背中にぐっと集中させた。


「せーのっ!……あ、あれっ……?」


(羽根ってどうやって動かすの? 筋肉? いやいや、筋肉ってどこの筋肉よ? というかこの羽根、本当に飛べるの? わたしの常識ではこの体積にこの羽根で飛べるとは思えな……)


 百合の頭の中で、走馬灯が駆け巡る、危機が迫った人は思考が加速するというが、本当らしい。


 ドバアァァン!!


 大きな音を立てて少女が倒れたが、百合はギリギリの所で巻き込まれずに済んだ。


(あー、よかったー)


 と安堵した束の間のこと。


「キャーー!!」


 倒れこむ勢いで巻き上げられた突風によって、百合の身体はフワリと結構な高さまで浮きあがった。

 これはもうビルの倒壊のようだ。


(あわ、あわあわ……)


 百合はそのまま西部劇の映画でよくみる、後ろで横切る球状の草のよう吹き飛んでいく。

 クルクル、クルクルと何回転もしながら、砂の上を転がり、最終的には砂に埋もれてしまう。


「……プハァ!」


(砂漠で良かった……こんなにも飛ばされるなんて)


 目算で、女の子の身長三人分ほど。

 かなり遠くまで吹き飛ばされた百合は、無事を身体に残る微かな痛みから確認をする。


(よかったー、この辺はピクシーだからかな?)


 相当な高さ、距離を飛ばされても無傷なのは、ピクシーが軽いからであろう。


(わたしが人だったら結構な大怪我だっただろうなぁ)


 ホッと胸を撫で下ろす百合。


(ピクシーだったことに感謝だけど……)


 百合の心には、感謝よりも怒りの方が湧き出て来る。


「べクターやってくれたわね。今度会ったらぜぇーったいにぶん殴ってやる!!」


 しかし百合は、直ぐにブンブンと頭を振って、髪の砂と共に雑念も払う。


(まぁ奴のことは置いといて、っと)


「なるようにしかならないんだし、せっかくの異世界! 楽しまないと損!」

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