異世界キャンプ ~チートはなくても美味しいものがあれば充分です~

綾川鈴鹿

《カプト地方》砂漠編

第1話 ジュエリーミミック(1)

「ウォーターカッター!!」


 大きくそう叫んだ羽根妖精[ピクシー]

 前に出した両手の前、何もない空間にマナが集まり、ほのかな光を放つ。


(あら!? 今回はいい感じ、じゃない?)


 彼女の左手から水流が、右手からは一陣の疾風の刃が現れ、光りを放ちながら溶け合うように水の刃となった。


「いっけー!!」


 掛け声と共に勢いよく放たれた魔法が古びた石柱にぶつかり、バシャっという音と共に水しぶきを上げ弾け飛んだ。


「んー、ネットやTVで見たみたいには、スパっと行かないわね、中途半端な知識じゃチートは無理かー」


 『ネット』『TV』「チート』と、よほどピクシーが口に出す事のないような言葉を口に出した。

 彼女は実は転生者で元の名前は[川雲百合]現在は[リリ]と名乗っている。

 しかし彼女がこの世界に来た話はまた別の機会に……。


「あー疲れたわー、ちょっと、きゅうけーい!!」


 リリは手を伸ばし宙に腰掛ける、見た目はピクシーそのもの。

 金糸のような髪、エメラルドグリーンのロングドレス、透明度のある薄緑の羽根、その全てが重力とは無縁かの様に、幻想的に棚引いていた。


「こっちは街の灯りがないから、星も月もきれいねぇ」


 夜空を見上げ独り言を呟くリリ。

 傍から見ると古代の遺跡に空から降り注ぐ月光を物憂げに見上げる羽根妖精は、まるでこの空間だけ世界から切り離されたと錯覚してしまいそうなほど、神々しく神秘的な光景。

 しかし、突如として静かに流れる時を邪魔するように、大きな音が響く。


 ガラッ……ガラッ、ガラガラッ


(ん……なにかしら?)


 何かの崩れる音と共に、目の前で蒼く怪しく光る宝石のような球体がリリの前で宙に浮かびだしていた。


「なに? これ……」


 リリの不安や驚きなどは他所に、周りの瓦礫がガラガラと音を立て、目の前の蒼い球へと続々と集まっている。


「っえ?! な、何が起こってるの?」


 あっというまに形を作りだした瓦礫は、城のように大きな大きな建造物となり立ち憚る。

 目の前にある巨大建造物が何なのか良くわからないリリは、全体を見ようと距離を取ることにした。


「ス、スフィンクス……?」


 そう呟く、同時に彼女の直感が(これは危険!)と警告を鳴らす。


「あ、あわあわ、あわ……」


 気づいたと同時に脳内ではパニックを起こし、数瞬、何も考えられなくなっていた彼女だったが、無意識にも身体はその場を逃げ始めていた。


「キャーーーーー」


(スフィンクスって、ピラミッドを守ってるのよね? やばい、やばい、やばい)


 脱兎の如くその場を飛び去り、数々の魔法をぶつける。


「ウォーターボール! ウィンドカッター! ウォーターカッター!」


 何度も何度もぶつけるが、効果は一切見られない。


「魔法無効? ……打つ手無しじゃない……ラーーーナーーー!」


 リリは誰かの名前を呼びながら遺跡を飛び抜ける。

 その姿を遠目に見た者は、金色の閃光が走り抜けた様に見えたであろう。


 ドスッ、ドスッ……バタンッ……ドタッ、ドタッ……ドッドッドッドッ……


 スフィンクスは物凄い速さでピクシーを追う。

 四足歩行で走る姿が石で出来上がっているとは思えないほど柔軟に動く、まさに獣のそのものといった感じだ。

 あっというまにリリに追いついてしまいそうなほど、ぐんぐんとスピードを上げる。


(瓦礫のくせに速いってー!)


 必死に逃げるリリの先、フード付きの全身コートを着た小柄な少女が目に入る、少女はスフィンクスに気づいていないのか、警戒をしている様子はない。


「ラーナ!!」


 慌てながら声をかけるリリに、小柄な少女は何食わぬ顔と態度で答える。


「リリ、どうしたの?」

「スフィンクスがいる、この遺跡やっぱり危険よ!」

「スフィンクス? って?」


 ラーナと呼ばれる少女は首を傾げ聞く。

 同時にスフィンクスが少し離れた遺跡を飛び越え目の前へ飛び出してきた。


「あーロックゴーレムのことかー、変な言い方するね? しかも獣型って珍しー」


 遠くから走ってくるスフィンクスを見て、笑顔で明るく答える。


「気楽すぎやしない!?」

「たかがゴーレムじゃん!」

「きゃーー、きたー!!」


 目の前まで来たスフィンクスは巨大で頑丈な石の手で、ネコパンチを繰り出す。

 同時にラーナはフーっと息を吐くとリリの前へ出ると、振り降ろされたスフィンクスの手を、あっけらかんとした態度で受け止めた。


「ねっ!」


 そのまま、振り返りニカッっと笑った。


「ありがとう」


 少女のような姿に純真無垢な笑顔、軽々と片手でスフィンクスを止める怪力、なんともアンバランスだがリリには慣れた光景である。


「じゃあ、さっさと倒しちゃって」

「えー、めんどくさい」

「なんでよっ!」

「ゴーレムは食べられないじゃん」

「あーなるほどー……なるほどじゃないわよ!」


 思わずツッコむが、ラーナは幾度となく繰り出されるネコパンチを軽く受け流し、ケラケラと笑っているのでリリは諦めた。


(そんなに余裕なら倒せばいいのにさぁ)


「じゃあ逃げるの? クエストは?」

「ゴーレムなら活動範囲があるでしょ?」

「多分あるわよね」

「調査が目的だから良いんじゃない?」

「そっか、ならまぁ……いっか!!」

「うん、じゃあ逃げよー」


 ラーナがスフィンクスの手を振り払うように殴りつけると右前足が砕け散った。

 立ち上がるのが困難になったスフィンクスを確認し、リリをつまみ上げると、ラーナはスフィンクスに負けず劣らずの猛スピードで遺跡を走り抜ける。


* * *


 二人はスフィンクスの活動範囲から随分と離れた場所で焚火を囲んでいる。


「調査終わったー、ボクは報告書を書くねー」

「じゃあわたしは、見回りがてらフラフラしてくるわ」

「おっけー、まだモンスターが徘徊してるから気をつけてね」

「わかったわ、なんかあったら呼ぶわ! 全力で!」


 軽く言葉を交わした二人は、各々の作業に移る。

 しかし、リリの目的は別にある。


(この遺跡、スフィンクスが守ってるってことは……)


「おったからー!」


 リリは小さな羽根を羽ばたかせ、遺跡を見渡す。

 ぐるりと周辺を探索しキョロキョロと辺りを入念に見渡すと、壁で影になった一角に宝箱が置かれているのを見つけた。


「……おぉぉぉ! 宝箱はっけーん!! さっすがファンタジー!」


(あるじゃない! これこそ冒険の醍醐味だわ!)


「ラーナー! 宝箱があったわー」


 大声でラーナを呼びリリは宝箱に近づく。

 開いた宝箱の中に宝石が置かれている、人の拳大はあろうかという大きさ、妖しくも美しい深紅に輝く宝石。

 始めてみる大きな宝石にリリの頭は茹ち、ラーナの注意など片隅にも残っていない。


「おっきぃー! すごーい! わたしってやっぱりラッキーガールね!」


 ファンタジー世界での初めての宝箱、しかもピクシーの身体だと人一倍大きく見えるのでもう有頂天だ。

 それはもう、ラーナが数秒で着くのすら待てないほどに。


「ちょっ……それって……」


 宝箱の異変に気づいたラーナが声をあげるが、時すでに遅し、リリは既に宝石に飛び付いていた。


「いっちばん、のりーっ! この宝石はわたしのだからね!!」


(売って一儲け? それとも観賞用? 迷うー)


 うっとりとした表情で妄想を駆け巡らせていた、次の瞬間!


「ん?」


 目の前がフッと暗闇に包まれる。


『バタンッ!!』


 リリがその暗闇に気づいた時、宝箱の蓋は固く閉ざされていた。


「あれっ? すみませーん! 閉じちゃったんですけどぉぉー」


 気の抜けた声を上げたリリの声は庫内で反響するのみ。

 事態を察してか知らずかリリは蓋を開けようと飛び上がり、羽根に力を入れる。


「……んんー! あーかーなーいー!」


 天蓋を思いっきり持ち上げるが、まったく開く様子は無かった。

 一方、駆け足で宝箱の前に到着したラーナ、目の前の宝箱は固く閉ざされ、微かにリリの『んー』っと言う声だけが漏れていた。


 ラーナは少し考え「へぇー」っと感嘆の声を漏らし、近くの程よい残骸に座る。


「中からやっつける作戦かー、ボクには思いつかなかったなぁー」


 そう呟くと、微動だにしないジュエリーミミックの宝箱をニコニコしながら見守る。


 また戻り漆黒の闇の中、うっすらと聞こえるラーナの声で、ようやく自分の置かれている状況をなんとなく把握したリリがいた。


「ん? もしかして……こいつが……ジュエリーミミックだったの?」

「リリ、やっぱり魔法で倒す計画?」

「あのー、聞こえてる? 聞こえてるなら、はやく開けて欲しいんですけどー」

「えーっとね……ミミックには炎の魔法が効くんだってー」

「ミミ? っえ、なに? 炎? 魔法? あっ! 炎魔法を使えば出られるのね!」



 微かに聞こえたラーナの助言に、この世界に来て初の炎魔法を使う事を決意したリリは、人差し指を上に向け詠唱を始める。


「炎の神・アグニよ……この指先に灯を分け与えたまえ……」


 詠唱を終えたリリの指先はどんどん光りがどんどん収束する。


「ところでリリって、ミミックを一撃で倒せるような魔法なんて、出せたっけ?」


 お互いの話しがすれ違いつつもリリの詠唱が終わる


「ファイアーライト!!」


 そう力強く叫んだ瞬間、ポッと小さな灯が空中に現れた。

 

「しょぼっ!」


 指先にはマッチにも劣るような火、だがこれが今使える唯一の炎属性の魔法。

(これ……どうしよ、投げる? いやぁ……それじゃ無理くない?)


 火魔法で照らされた宝箱の中は、ぬらぬらと分泌液のようなものがしみ出していて、指先の光りを乱反射している。


「え? なにこのぬるぬる……もしかして……消化液?」


 この段階になってようやく恐怖を感じ始めたリリ。

 その恐怖を感じ取ったかのように、大きな紅い宝石が『ビクビクッ』っと振動し始めた。


「ヒッ! 何? 何? 何?」


 次の瞬間、花開くようにガバッっとその宝石のようなものが開いきリリを威嚇する。


「うわっ、開いたっ!……これって……」


 開かれた宝石の中から現れたのは、ずらりと並んだ禍々しい牙の列。

 リリは、それが宝石ではなく自分を食べようとしているなにかであることを理解した。


「うん……死ぬね、これは……」


どう見ても絶望的な状況だった。


「ってラーナ! いい加減助けなさいよっ! コラーーッ! 聞こえないのかァァァァ!」


 行き場を失いずっと灯る指先の火を、怒りのままに宝箱の内に投げつけるとフッとマッチのように消えまた暗闇に戻る。


「ギャッ!」


改めてファイヤーライトを唱え、明るくしてから天蓋を叩き喚き散らす。


「たーすけーてーっ!」


 相当な声量で叫んだリリの声は、ようやく遺跡に座り足をぷらぷらさせながら待つラーナの耳に、怒鳴るリリの声が届いた。


「え? 助ける?」

「食べられるーっ!」

「あーそれ口じゃなくてジュエリーミミックの内臓だよー」

「へーそーなんだ…………ってどっちでもいいわよっ!!」

「早く倒さないと溶かされちゃうよ」

「だから、その前に助けてよー!」


 地団駄を踏むリリの足元でバシャバシャと消化液が音を立てる、ここは口の中ではなく胃の中らしい。


「えー……わかってて飛び込んだんじゃないの?」


 刻一刻と状況が悪化していくリリには、返事をする余裕などなく、外でやる気なく答えるラーナの声にも、もちろん気づいてはいなかった。


「ぎゃー挟まれたーっ! たーべーらーれーるー!」

「……あぁ……違ったみたいだね」

「ぬがっ……うぐっ……あが……」


 もはや断末魔の声にも似たリリの声が聞こえてくる。


「もう……しょうがいなぁ……」


 ラーナは「またかぁ」と言い大きくため息をついた。

 そして腿につけたマン・ゴーシュを左手に嵌め取っ手をぐっと握る、すると太く大きな刃が手甲から飛び出した。


「んー、横から切るよりも、上から穴をあけたほうが良いよねぇ?」


 現在進行形で宝石に擬態したミミックのエサとなっているリリ。

 彼女は閉じようとする宝石の牙の隙間で、全身をつっかえ棒のようにして支えていた。


「お願いしますー。お願いしますよぉ、ラーナさーん! は、早くっ……」


 外から、ガンッ! ガンッ! っと、ラーナが宝箱を叩く音は聞こえるが、開く様子は無い。


「こいつ、なかなか堅い、うーん……力加減が難しいなぁ」

「も、もぅ……何でも、いい……から、本気でやって!」


 か細く震えるリリの声が、宝箱の中から漏れ出す、本気でやってとの言葉にラーナは素直に答えた。


「っえ? 良いの? じゃ、やっちゃうね」

「声の位置でわかるでしょ! ちゃんと避けてよ!」

「反響してて分かりづらいんだよねぇ」

「っていうか、早く……もう……限、界……」


 ミミックの口に圧迫され、少しづつ曲がるリリの身体、足をぐうっと踏ん張るが、それももう限界を迎えようとしてた。

 もう餌になるのも時間の問題、その刹那。


斬ッ!


 ふいにミミックが弛緩し、くたっとリリの体にまとわりついた。


「え?」


 リリが必死に抵抗して広げていた両足の間に、宝箱の天井からリリにとっては巨大な短剣の切っ先が突き刺されていた。


「ひぃっ!!!」


 リリが慌てて身を引くのと同時に、ズズズッっと抜かれた短剣。

 空いた穴からラーナの紅い目と目が合った。


「リリー、無事だったー?」

「いま、ギリッギリ、だったんですけどっ!!」


 相変わらず怒るリリを気にも留めず、ラーナは淡々と声をかける。


「あぁそこにいたんだ」

「よくわからないで突き刺したの!?」

「なんとなくは分かってたよ?」

「……はぁ、まぁ、いいわ」


 バキッ!! バキバキッ!!


 リリが反論を諦め、ぐったりとしていると、ラーナが力づくで蓋を開けた。

 サエウム荒原を照らす灼熱の太陽、あれだけ鬱陶しかった日差しも、今となっては清々しく感じた。


(太陽って、光って、素晴らしいわー!)


 フラフラと箱の外に出たリリは、すぐに力尽きて砂の上にバタッっと落ちた。


「あ~生きてる~」


 立ち上がろうとはせずに、大の字に手足を広げてギラギラと輝く光を一身に浴びる。


「ラーナ、ありが……何してんの?」


 寝転がったまま、お礼を言おうとラーナの方を見ると、ガリガリと宝箱にナイフを入れて中をこそぐようにミミックを剥がしていた。


「ミミックはね、歯ごたえは良いし、食べごたえあるんだよ?」

「えぇ! 食べるの?」


 思わずリリは上半身を持ち上げ聞く。


「逆に食べないの?」

「だって、わたしを食べようとしたんだよ」

「モンスターなんて、だいたいこっちを食べようとしてくるじゃん」


 確かにラーナの言う通り、モンスターは例外なく襲ってきていた、食べられそうになった経験も今回が初めてではない。


「……確かに……」


 だからこそ、リリはそう答えるしかなかった。

 納得はしていないが、世の中しょうがないことは多い、所詮弱肉強食なのだ、そう自分に言い聞かせる。


「それに、おなかすいたもん」

「いま?」

「うん!」


 キラキラとした目で見てくるラーナの視線が刺さる。

 リリはラーナのこの目が苦手だ、純粋に期待されると突き放しづらい。


「えー疲れたー!」

「ボク、命の恩人なんだけど?」


 ラーナが不敵に笑いつつリリを見る、ジッと見つめる期待の眼差しが更に刺さる。


「んもうっ! わかったわよ!」

「やったね!」


 一見、奇妙な会話にも聞こえるが、二人にとってはいつも通り。

 細かい経緯についてはいずれまた……


「やればいいんでしょ!」

「ありがとう、何をすればいい?」


 リリの言葉に、ガッツポーズをしたラーナは、元気よく返事をする。


「取り敢えずは、身? 口? 内蔵? まぁなんでもいいや、そこを少し切ってもらっていい?」

「切るの?」

「味見しなくちゃ料理のしようがないわ」

「りょうかーい、この周りの身でいいんだよね?」

「そうね、あと宝石の部分もよろしくー」

「はぁーーい」


 ラーナはナイフをクルクルと回し、鼻歌交じりで解体をしていく、リリもゆっくりと起き上がると興味本位でミミックに触る。


「あの牙はどこにいったのかしら?」


 先程、自分に襲いかかってきたミミックの牙が見当たらない、不思議な生態に想いを馳せ考察をする。


(宝箱を殻って考えると……もしかしてミミックって貝なのかなぁ?)


 押し込むとグニッっという感触と共に、牙の先が中から飛び出てくる。


「うわっ! 気持ちわるっ!」


 生きていたのかとビックリするが、改めてつんつんと突き動かないことを確認した。


「……中に牙が収納されてる」


 思っていたよりも厄介な作り、これを料理にするのかとリリは悩むが、柔らかくなっているのが唯一の救いではあった。


「一応聞いておくけど、食べられるのよね?」

「どういうこと?」

「毒があってラーナには食べられる、とかはダメよ?」

「うん大丈夫、ボクの鼻だと危険な感じはしないよ?」


 自分の鼻を指差すラーナはニコッっと笑った、彼女には食べられるものかどうかを嗅ぎ分ける特殊技能がある。


「ラーナがそう言うなら、食べられるのよね……こうやって見るとホタテよね」


 不安そうに呟くリリの表情などは気にせず、ラーナは身の一部をそれぞれ切り取り差し出す。


「はい、どーぞ!」


 リリの目の前に置かれた切り身、宝石の部分は上質な牛の赤身肉のように輝き、周りの身は新鮮なトマトの様に瑞々しい。


「これがミミック……まぁ、食べられそう、では……ある……」


 まずは匂いを嗅ぐとお花のフローラルな香りがする。


「香りは、ジャスミン……っぽい」


(今さっき食べられかけたわたしが、逆に食べるって変な気持ちよねぇ)


「い、いただきます」


 見た目はどんなに美味しそうでも、これがモンスターであるということを、リリは身を持って体験している、なので思わずリリの声が震えた。


(毎度ながら、得体のしれないものを口に入れるって緊張するー)


 しかし、いくら考えた所で仕方がない、リリは覚悟を決めてジュエリーミミックの宝石を口に運んだ。


「……んんっ…………っぺ、うげぇ!!」


 思わず吐き出したリリ、ラーナが何とも言えない表情で覗き込む。


「えーどうしたのー?」

「えっぐ……うえぇーーエグ味が酷いっ!」

「そんなに?」

「食べられるなんて嘘じゃない!」

「嘘じゃないよ、クスッ、ほら水飲んで」


 カラカラと笑いながら革袋を差し出すラーナに対して、リリは俯きながらも手を突き出し止めた。


「こっちも……食べな……きゃ」

「おー、やる気~」

「食べなきゃ、わからないからね……」


 なけなしの勇気が鈍る前に、リリは周りの身を口に運んだ。


「どう? こっちもダメ?」

「んん? ……エグくは、ない……ないけど」

「けど?」

「味がない!」

「えぇ……」

「バカにしとんのか!」


 半ギレで今度は地団駄を踏むリリに、ラーナはまたもやカラカラと笑う。


「自分で食べといて何でそんなに怒ってるのさ、フッ、フフッ、フフフ」


 珍しく腹を抱えて笑うラーナに、ジュエリーミミックへの腹の虫が収まるのを感じた。


「わかった! 始めましょう! レッツクッキングよ!」


 明るく言い放ったリリ、最初に食べた宝石の酷いえぐ味が、まだ口に残っているのか、目だけは虚ろなままだった。

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