第9話

 そして20時間後、


「やっと着いたな!」


「そうだな」


 俺たちはようやく俺の家に到着した。


「さあさあ早く行こうではないか」


 涼は大量の段ボールを同時に運びながら、器用に俺の背中を押してくる。


 何故こいつは20時間運転し続けたのにこんなに元気なんだよ……


「ただいま!」


「もう我が家の面だよ」


「だって私の家じゃないか」


 俺は気にすることをやめた。


 ひとまずリビングに涼の荷物を置いてもらった後、涼の部屋を作るべく余っていた部屋を一つ片付けた。


「配信部屋じゃなかったのか?」


 その余っていた部屋は、俺の配信に使っていた部屋だった。


「別にもう配信することは殆ど無いだろうしな」


 今はゲーマーとしての配信では無く、ダンジョン攻略をネットに上げている冒険者だからな。


「なら良いが」


 それに、この部屋が一番片付けるのが楽だという理由もある。


 機材以外を部屋に置いていなかったため、荷物が一番少なかったのだ。


 正直そんなことより俺は早く休みたかった。


 俺は別の部屋から布団を持ってきて涼の部屋に置いた。残るは段ボール箱の整理だが、女性の荷物を一緒に開けるのは罪悪感があるからと涼に丸投げし、涼に寝ることを伝え即座に就寝した。



 朝起きると、良い香りが寝室まで漂ってきていた。


 リビングに行くと、


「おはよう、AIM君」


「おはよう、ご飯作ってくれたのか」


 わざわざエプロンを着た涼がキッチンに立ち、朝食を作ってくれていた。


「勿論。最初に家事はするって言ったからね」


 並べられている朝食は非常にバランスの取れた栄養のある食事だった。


「完璧な食事だ」


「AIM君はエイムの安定の為に体を鍛えているって話は聞いているからね。食事にも気を遣っているんじゃないかい?」


 冒険者になってからは話していないはずだが。


「本当に俺の事を調べたんだな」


 冒険者とは関係ない、プロゲーマー時代までとは思っていなかった。


「ああ。配信を見ているうちに君自身にも興味を持ったからな」


 そう言ってもらえると配信者としては非常にありがたい話だ。


「周人と呼んでくれ」


「それは君の本名かい?」


「ああ、俺の本名は玉森周人だ。ここまでプライベートな関係なんでな。ハンドルネームで呼ばれるほうが何かと不自然というか」


 そもそも涼は配信者でもネット上で知り合った関係でもないしな。


「ならそうさせてもらうとしようかな。周人君」


「ああ、よろしく」


 そんな会話をしているうちに朝食が全て出来上がったようで、共に朝食を食べた。


 プロ並みでは無いが、少なくとも俺が作るよりは遥かに美味しく満足度のある食事だった。


「ごちそうさま。非常に美味しかった」


「周人君が満足したのなら良かった」


 涼は優しく微笑んだ。


「どうしたんだい?」


「何でもない」


 その表情を見て夫婦になったらこんな感じなんだろうななんて絶対に考えていない。



 その後、俺はリンネと会いD級ダンジョンがあるという武蔵小山に向かった。


 その撮影前、


「新しくブーメランを手に入れたので最初は紹介から入っていいか?」


「良いよ。僕も正直楽しみだし」


「なら挨拶してダンジョンの説明をした後にする」


「分かった。配信始めるね」


 リンネはカメラの電源を入れ、配信を開始した。


 いつも通りに俺たちの挨拶をした後、ダンジョンの説明に移った。


「ここは武蔵小山ダンジョン。ネットで見た情報では、人間が住んでいた場所がモチーフらしい。そして敵もそれに合わせて人型の敵が出てくる。ということはだよ、FPSプロゲーマーとして何千何万を超える人を殺してきた僕たちの本領発揮と言えるんじゃないかな!」


「そうだな。地形もFPSに出てきそうな場所だ。リンネの作戦を存分に発揮してもらおう」


「一応リンネもだよ?人の倒し方は心得てるよね?」


「俺は生き物の弱点を狙うだけだからいつも通りだ」


「まあいいや。でAIM、何か視聴者の皆に紹介したいものがあるんだって?」


「ああ。一部の人たちは知っているかもしれないが、昨日おとといと俺は新しいブーメランを買うために北海道に行ってきた。そこで買ってきたブーメランを最初に紹介しようと思う」


 俺はマジックバッグからブーメランを数個取り出す。


「まずはこれ。普通のブーメランとさして見た目は変わらないが、ホーングリズリーの素材でできているから非常に丈夫だ」


「触ってみても良い?結構固いし重いね。これならサウザントトレントの枝も折れそう」


「そうだな。これは単純な火力増強として仕入れた。そして次」


「これかなり薄いね」


「そうだな。ここは映るか?」


 ブーメランの片面をリンネに見せた後カメラに向ける。


「もしかして打撃じゃなくて切断武器ってこと?」


「ああ。敵によってはこれで体を切り落とせるだろう。さらに矢と同じように毒を塗ることも可能だ」


「これは戦術の幅が広がりそうだ。面白いね」


「そして最後だが……」


 俺は出す気は無かったが、後々文句を言われそうだったので渋々出した。


「何これ?」


 当然リンネは困惑している。


「作者曰く、ブーメランを3次元にしてみたかったそうだ」


 出したのは、ブーメランを90度に二つくっつけた例の物。一応実用性を持たせるためか先程の物と同様に切断向きの作りだった。


「使うの?」


「使いたくは無いが、使えと五月蠅いのでな。どこかで使わないといけない」


 もし使わなかったら帰ってきたときに散々文句を言われるだろう。


「AIMも中々だけどその職人さんも結構変わった人なんだね」


「俺は真っ当だ。まあ、アイツが変わっていることは否めない。ブーメラン専門の職人をやっているくらいだからな」


「世界も広いね」


「そうだな。紹介も終わったことだからさっさと狩りに行くか」


 俺たちは気を引き締めてD級ダンジョンで腕試しを始める。


 第一層は様々なゾンビが跋扈している荒廃した都市のようなエリア。


「まるでバイオ何とかみたいだね」


 周りを見渡すと、結構な数のゾンビが街をうろついていた。しかし10m程の距離まで近づいても俺たちに気付く様子は無い。


「神経とか諸々が腐っているから五感が鈍いのかもね」


「そうだな」


 遠距離攻撃を得意とする俺としては非常に楽な敵だが、油断せずに対応する。


「まずはAIMがブーメランで攻撃して見て。反応が見たい」


「分かった」


 俺はホーングリズリーのブーメランを取り出し、ゾンビに向かって投げる。


 それは寸分の狂いも無く頭に命中し、鈍い音と共に頭を吹き飛ばした。


 そしてブーメランは真っすぐ戻ってきて、キャッチをっ!


「大丈夫?」


「大丈夫だ。怪我とかは無い。思っていたよりも重くて驚いただけだ」


 何も考えずにキャッチを試みたが威力がかなり高かった。キャッチする位置が腹の前だったので大事には至らなかったが、頭付近だったら大分危険だった。


 ゾンビの頭蓋を吹き飛ばした時点で分かるべきだったが、それはそうだよな。


「なら良かった」


「にしてもそんなに強くないな」


 正直この間のトレントたちの方が圧倒的に強かった気がする。


「そうだね。でもD級指定されているってことは何かからくりがあるかもしれない。まあ遠距離で戦う僕たちにはあまり関係なさそうだね。今度は僕もやってみるよ」


 リンネはライトマシンガンを構え、ゾンビの近くへ走っていった。


 けたたましい銃声と共にゾンビの体は順々に蜂の巣にされていった。


 様子を見ているとリンネが周囲の敵をすべて狩りつくしそうな勢いだったので俺も狩りを始める。


 リンネの斜線にブーメランが入ると不味いので二人から離れた敵を狙う。当たった敵の頭蓋が綺麗に吹き飛ばされていく様は非常に心地いいな。今までのブーメランであれば頭蓋を砕くのが限界だったからな。


 遠距離高火力武器はこうでなくては。


 そしてキャッチにも成功。先程の反省を生かした結果だ。威力が高いと言ってもあくまで戻ってくるブーメラン。分かっていれば大したことはない。


 リンネの方も終わったのでこちらへ戻ってきた。


「楽勝だったね」


「そうだな」


 お互いに一切の接近を許さなかったため非常に楽な戦闘だった。


「じゃあ素材を剥ぎ取りに行こうか」


「素材とかあるのか?」


 倒したのはあくまで腐った死体。肉は食えないし骨も骨で大して使い道も無さそうだが。


「ゾンビの体にはないけど、身に着けているものがあるじゃん」


「なるほど」


 ゾンビから得られる素材は、どうやら人間の所持品らしい。


「お、財布じゃん。中身も結構入っているよ」


「こっちは指輪だな。結婚指輪みたいで刻印が入っているから値段はつかなさそうだが」


 かなり人に近いので火事場泥棒のような感じがして多少罪悪感を覚えるが、こいつらはあくまでもモンスターだものな。


 そんな感じで死体あさりに勤しんでいると、何か物音が聞こえてきた。


「何だ?」


「まさか足音か?」

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