第2話

 空を見ると、太陽が沈むまでは、しばらくありそうだった。

 これが夕方だったら、僕はビスを見捨てて家に逃げ帰っただろう。けれど『日が昇っていれば、暗がりが大好きな幽霊は出てこない』と思うようにして、お化け寺に続く坂へと進む。

 周囲は奇妙なほどに静かで、自分の足音が響くのがわかる。それが妙に怖い。一歩進めるごとに自分の足が重くなっていくのがわかる。しかし、このまま進まないわけにはいかない。

 お化け寺に行かなくても、ビスさえ戻ってこればよかったのだが、何度呼んでも返事をするだけでこちらに来ることがなかった。

 寺の前を好きに走り回っているようだった。

 心の中でビスに対する悪口を言いながら、怖さで進みたがらなくなってる足を無理矢理に運ぶ。木々のざわめきは想像力を負の方向にかきたて、クラスでのお化け寺の噂を思い出させた。

 色々ある噂の一つは、こんな話だった。

 お化け寺がまだまだ綺麗だった頃、ある一組のカップルが夜にデートで訪れた。寺の賽銭箱の前でいちゃいちゃとしていたら、賽銭箱から手が出てきて、女を連れていってしまった。男は女を連れ去った怪物を見てしまったが故に狂ってしまった……という話だった。

 今思えば、それらの噂話は、諸々の突っ込みどころがあった。夜にデートで寺に行く小粋な男はまずいない。それに、賽銭箱から手が出てくる……なんていうのも、おかしな話だ。賽銭箱にそんな隙間はない。こんな風に陳腐極まりない話ばかりが、お化け寺の噂として語られていたが、小学生の頃の自分には十分に怖く、話の欠陥を見つけてツッコミをいれつつも恐怖を覚えていた。

 坂を上りきり、少し横を向けばお化け寺が建っているのが見える。『そこに噂になった怪物がいない』なんて確信をもてないでいながらも、なんとか足を進める。

 靴を地面にこする音はなおも増して、スピードはそれに反比例して遅くなっていく。

 十メートルもないその坂に、何分掛かったのだろうか。少し日が傾き、うっすらと空が赤くなり始めている。

 坂を上りきったが、直接見るのは怖かったので、顔をお化け寺のある方に向けずに横目だけで見た。

 そこにはたしかにボロボロになった寺があった。

 しかし、見た目が少し古いだけで、噂話にあったような無数のお札だとか、呪いの絵だとか、藁人形なんてものはなかった。

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