白き女神の穢れた勇者 ~最高位パーティから追放された冒険者、呪いの装備が付け放題だと判明し、無双を始める~
夕影草 一葉
第1話
「今日でお前はクビだ、エルゼ。部屋の鍵と装備を置いて、パーティから出ていけ」
その言葉は、場の空気が最高潮に達した時に放たれた。
今日は俺達……いや、この冒険者パーティ『蒼穹の剣』がプラチナ級に昇格した記念すべき日であった。
冒険者ギルドが定める中で最上位に位置するプラチナ級と言えば、全ての冒険者から羨望のまなざしを受ける、選ばれ士者達にのみ許された階級だ。
そこへ昇格を果たした今日、酒の勢いで口が滑り過ぎた冗談が飛び出すこともあるだろう。
すぐに誰かが冗談だと笑い始める光景を想像したが、周りを見渡しても笑っている仲間は見つけられない。
徐々に緊張感が漂い始め、ようやくその言葉に一切の冗談が混じっていない事を理解した。
「ま、待てよ! そんな急に言われても――」
「そうだよ! 一緒に頑張ってきたエルゼに対して、それはあんまりじゃないか!」
だが、たったひとりだけ声を上げる人物がいた。
隣の席に座っていたルカエルである。
彼女とは幼い頃からの仲であり、冒険者を志してこの『世界樹海』へと共に足を踏み入れた戦友でもある。
ルカエルの剥き出した怒りに対して、このパーティのリーダーであるリンドックは深いため息をついた。
「文句があるっていうなら、ひとつだけ聞かせてくれよ。そいつは俺達に一体どんな貢献をしてるんだ? 迷宮探索で、いったいどれだけの働きをしてきた? なぁ、エルゼ」
「そ、れは……。」
抱く焦燥感の大きさに反して、反論の言葉は一言すらも出てこなかった。
心配そうに視線を向けるルカエルには申し訳ないが、それが現実だった。
この世界には、『加護(ギフト)』と呼ばれる特別な力が存在する。
世界樹の根元に存在する、魔物と秘宝が眠る迷宮へと足を踏み入れる冒険者達。
そんな冒険者達は世界樹と契約を交わすことで、この加護を授かることになる。
加護によって得られる能力は千差万別で、そのいずれもが魔物と戦う際に強力な武器になる。
最前衛兼リーダーであるリンドックの『不落の要塞』は鉄壁の防御を誇り、魔物の牙から仲間達を守り続けている。
『紅蓮の踊り子』の加護によって炎の魔法を飛躍的に強化されているサリュアは、大型の魔物の鱗をいとも簡単に貫く。
モーリスは持ち前の剛腕と『大地砕き』の加護を使い、巨大な剣で魔物の群れを薙ぎ払う。
そして弓術を得意とするルカエルの『無窮の心眼』は、魔物の動きを予知するだけでなく周囲に存在するあらゆる危険を看破する。
だが、俺の加護『気高き純白』の能力は一切が謎に包まれていた。
わかりやすく強力なスキルを会得する訳でも、長所をさらに伸ばしてくれる訳でもない。
もっと言えば四人と蒼穹の剣を結成して以来、この加護の恩恵を感じたことは現在まで一度もない。
結果的に、強力な戦闘系の加護を有する四人との間には、埋めようのない差が開いてしまった。
かつては同じ場所に立っていたはずの仲間。
しかし、リンドックの容赦ない言葉が、開いてしまった差を否が応でも実感させた。
「答えられないなら俺が代わりに言ってやる。お前がやってることは荷物運びと戦利品の回収だけだ。あえて仕事を作ってお前に回してやってると言ってもいい。そんな奴を置いておいて、俺達になんのメリットがある」
「エルゼは僕達が戦闘に集中できるよう、負担を軽減してくれてるんじゃないか! それなのに、そんな言い方ってあんまりだろ!」
「いや、いいんだ、ルカエル。リンドックの言ってることも、全てが間違ってるわけじゃない」
「でもっ!」
「そら見たことか。誰にでもできる雑用係をわざわざ雇うぐらいなら、もっと優秀な冒険者を雇った方が俺達は大助かりだ。それに、自衛も出来ない雑魚を引き連れてたら、俺達の評価も下がる事になるだろうしな」
言いたいことは言い切ったとでも言うのか、身を乗り出していたリンドックは椅子に座りなおすと小さく鼻を鳴らす。
張り詰めた空気の中、次に口を開いたのはサリュアだった。
いつも気だるげな雰囲気で口数も少ない彼女ではあるが、今日は想像を超えて饒舌だった。
「私はずっと疑問だったのよね。戦闘中は安全な場所でサボってるだけの寄生虫みたいな奴に、なぜ私達の報酬を1Gでもわけなきゃいけないのかってね」
「それは、戦闘中は前に出るなと言われていたからだろ。俺だって魔物と戦いたいさ。でも……。」
「えぇ、はっきり言って邪魔なの。私達は四人とも、それぞれが強力な戦闘系の『加護(ギフト)』を授かってる。魔物を手早く倒して迷宮を効率よく探索するのなら、アンタみたいな雑魚に前でウロチョロされる方がかえって時間がかかるの」
「サリュア! 行き場に困ってた貴女をパーティに入れようって提案したのはエルゼなんだよ!? そんな口の利き方しなくてもいいでしょ!」
「あら、ごめんなさいね、ルカエル。仲良しな幼馴染と急に引き離されるなんて、とても苦しいことだと思うわ。同情はする。でも、私達も遊びじゃないの。冒険にはね、命とお金がかかってるのよ。そのくだらない感情なんて私達には知ったことではないの」
お互いに睨み合うふたり。
確かに仲間を見つけられずにいたサリュアをパーティに加えようと提案したのは俺だった。
パーティ結成前にはリーダーという物が存在しなかったため、全員が自由に意見することができたのだ。
だからと言って、サリュアに恩を着せるつもりもなければ、彼女の意見を否定するつもりもない。
ルカエルは同じ村の出身であり、旧知の仲でもある。
事実、役に立っていない俺をこうして庇ってくれているのもそこに起因するものだ。
しかし他の三人はパーティ結成の為に合流したメンバーであり、言ってしまえば仕事仲間とでも呼ぶべき相手だ。
パーティに貢献できていない俺を必要ないと判断するのも、無理からぬことだろう。
そこで最後のメンバーである、モーリスへと意見を問いかける
「モーリス、お前も同じ考えなのか?」
屈強な体つきの戦士は、その巌のような首をゆっくりと縦に動かした。
「確かに言い方は悪いが、実際のところサリュアの言う通りだ。このパーティ『蒼穹の剣』は大切な局面にある。冒険者ギルドは、俺達をプラチナ級冒険者に格付けした。つまり、今までよりも高い難易度の迷宮に足を踏み入れることになる。これから俺達に必要なのは気心の知れた荷物持ちではなく、戦力的に優れた冒険者の仲間なんだ」
「そんな、モーリスまで……? みんなどうしちゃったんだよ! 今まで一緒に戦ってきた仲間じゃないか!」
「仲間じゃなくて、ただの荷物持ちだ。それに、そいつの『加護』は俺達になんの恩恵もない正真正銘のゴミだろ。今さらパーティからいなくなった所で、分け前が増えるメリットはあってもデメリットはなにもない。今さらそんなに固執する意味が分からないな。逆にそいつより無能な人間を探す方が難しいぐらいだってのに」
口の中に、血の味が広がった。
突きつけられる言葉に耐えかねて、無意識のうちに唇をかみ切っていた。
煮えたぎるような怒りが、思考をかき乱す。
ただそんな状態でもわかるのは、プラチナ級の冒険者から見れば俺は無力で、無能な事に代わりはないと言う事だ。
「わかった。俺が抜ければ、それでいいんだろ」
「エルゼ……!?」
「賢明な判断だな。実力も加護も相応しくないお前がいるだけで、このパーティは危険に晒される。それはお前の望むところじゃないだろ?」
そう言って、リンドックはルカエルに視線を向ける。
彼が言わんとすることは理解できる。
プラチナ級の冒険者ともなれば、相手にするのはこの四人であっても手を焼く魔物ばかりになるはずだ。
そんな中に戦いに参加するわけでもない、自衛手段も乏しい荷物持ちが紛れていては危険度は増すばかりだ。
それどころか、俺が万一にも死傷すれば荷物の大半を失うことになる。
今までの迷宮なら四人の実力だけで乗り切る事も可能だろうが、これから挑戦する未踏の迷宮でそれは致命的な問題になりかねない。
つまり、俺の実力不足でルカエルを危険に晒すことになるかもしれないのだ。
「待ってよエルゼ! なら僕も一緒に……。」
「いいや、ルカエルは残った方がいい。俺に付いてきても成功できる見込みは限りなく低い。それに……せっかく、プラチナ級に上り詰めた実績を蹴る必要もないだろ」
冒険者という職業は危険も大きいが、その見返りもまた膨大だ。
それがプラチナ級ともなれば、一度の冒険で一財産を築くことだって容易いだろう。
彼女の成功を願うのなら俺よりも蒼穹の剣と共にいた方がいい。
真正面から語り掛けた彼女は、短くない沈黙の後にゆっくりと頷いて見せた。
「エルゼが、そういうなら」
「話がまとまったなら、さっさと出ていけよ。預けてあった装備一式を置いてな」
部屋の鍵とポーチ、そして身に着けていた装備一式。
それらをテーブルの上に置き、そして最後にメンバーを見渡す。
かつて仲間だった、メンバーの顔を。
「今まで世話になった」
下げたくない頭を下げる。
それが最後の礼儀だと思ったからだ。
温かい言葉を期待した訳ではないが、相手の言う通りにパーティを抜けると決めたのだ。
最後の最後に、何かしらの恩情があるかと思っていた。
だが、しかし。
「あぁ、存分に感謝しろ。お前みたいな使えない加護持ちじゃあ、絶対に見られない高見を見せてやったんだからな」
帰ってきたのは、パーティを抜けて正解だったと思えるような、そんな言葉だった。
◆
酒場を後にすると、冷たい雨が俺を出迎えた。
これから温暖期に入るため雨はさほど冷たくないはずだ。
それでも体の震えを止めることは出来なかった。
「くそっ!」
気付けば、酒場脇の柱を殴りつけていた。
当初は同じ場所に立っていたはずだ。
それが、今ではこの雲泥の差。
四人は冒険者として大成を治め、俺は一人で雨に打たれてる。
この差は、何処で生まれた。
この差は、どうすれば埋める事が出来る。
考えても考えても、その答えは見つからない。
実を言えば、追放を言い渡された時に矛盾をはらんだ二種の感情に襲われた。
一つ目は驚愕。今まで共に戦ってきた――向こうからすればそんな事は考えていないのだろうが――仲間に、こうもあっけなく追放を言い渡された事への驚き。
そしてもう一つは……安堵の感情だった。
徐々に開いていく差に、じりじりと焼かれる様な焦燥感を抱きながら、日々を過ごしていた。
手を伸ばせば届く距離から、どれだけ努力しても届かない距離に。
そして、今や住む世界すら違う存在となってしまった。
そんな相手と共にいた自分の惨めさに、自分で耐え切れなくなっていたのだ。
それらの理由をこじつけられる外的要因があったならましだ。
だが俺が落ちぶれた原因はメンバーの誰かに原因がある訳ではなかった。
全ての元凶は、俺の持つ『気高き純白』という加護にあった。
なんの効果も持たず、誰にも用途が分からない、使えないゴミのような加護。
誰かを責める事も出来ず、かといってこのままでは諦めもつかない。
行き場のない怒りに任せてもう一度殴ろうとした、その時。
首元に違和感を感じて、それを取り出す。
首に絡まりついていたのは、かつてルカエルから貰ったお守りだった。
「……あぁ、そうか。これを忘れてたな」
どうしようかと、一瞬の間だけ迷う。
これを持ち続けても、この惨めな自分を思い出す事になるだろう。
それとも過去の思い出に浸って、これから先無駄な時間を浪費するか。
どちらにしても、そんなのは御免だった。
お守りを首から外すと、来た道を引き返す。
これもパーティとして活動していた時に購入したものだ。
あの四人に返すべきだろう。
だが、そう考えたのか運の尽きだった。
酒場の扉から漏れ聞こえてきたのは、耳を塞ぎたくなるような言葉の羅列だった。
「あはははは! ねぇ見た? エルゼ、本気で僕が一緒に行こうとしてると思ってたに違いないよ!」
「あんな奴を追い出すのに、あそこまでする必要があったのか? 適当に理由を付けて追い出せばそれでよかっただろ」
「馬鹿だなぁ。こき使って追い出したってなったら僕達の評価に傷がつくでしょ。でもああやって本人が自主的に出ていったってなれば、ギルドも詳しく調べようとはしないはずだよ。本人に確認がいったとしても、エルゼ自身が自分からパーティを抜けたって証言してくれるしね」
どうか聞き間違えであってくれ。
そう願っても、その声を聞き間違えることは絶対にない。
酒場から聞こえる声に、足と思考は完全に停止した。
「悪魔みたいな事を考えるわね、本当に」
「これから僕達はもっと稼いで成り上がっていくんだから、あんな無能……エルゼにそれを邪魔されたくなかっただけだよ。それに彼もわかってくれるさ。どれだけ僕達の足を引っ張ってきたのか、自覚していればね」
考えるよりも先に、体が行動を起こしていた。
踵を返し、泥が跳ねる道を全力で駆け抜ける。
周りから向けられる視線なんて、どうでもよかった。
一秒でも早く。
一瞬でも早く。
その場を離れたかった。
気付けば、別の街へと出発する馬車に飛び乗っていた。
有り金に余裕はなかったが、知ったことではない。
今はこの場所から逃れることが、最優先だ。
そして全てから逃げ出すように乗り込んだ馬車の中で、気絶するように眠りに付いた。
出来れば今日の出来事が、夢であってくれと祈りながら。
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