第5話 お出かけ


 次の日、朝食のときお父さんに「今日は休みだから街に出掛けよう」と誘われた。

『アリシアのパパ見知りを治そう大作戦』だ。

 目的を知っている身としては、こっちにもプレッシャーがかかる。

 でもせっかくアリシアとして転生したんだから、親子として仲良くなりたい。


 マドレーヌさんに着替えさせてもらったのは、ドレスかと見紛うようなピンク色のワンピース。


 か、かわいい……。


 結理として生きていたころは、お父さんの遺族年金でやっと暮らしていて、こんなかわいい服は買ってもらえなかった。

 欲しいと思ったこともなかったけど。


 扉がノックされ、お父さんが入ってきた。


「着替えは済んだか?」

「ええ、すっかりおめかしされましたよ」


 マドレーヌさんが答えると、お父さんが目を細めた。


「おお、ピッタリだな」

「お嬢様は色が白くて、桃色のワンピースがお似合いでしょう? とってもかわいいですわよね?」

「あ、ああ。すごくかわいいぞ」


 娘の洋服の褒め方なんてわからないお父さんに、マドレーヌさんがアシストを出す。ご苦労様です。


「アリシアお嬢様、今日はお父様と楽しんでいらしてくださいね。何かおねだりすれば、買っていただけるかもしれませんわよ」

「はっはっはっ、そうだな。お父さんがなんでも買ってやるぞ」


 パパ見知りを治さなくてはと気負っているのか、いつも以上にお父さんがぎこちない。

 私からも何か言った方がいいんだろうけど、何を言えば……


「今日はお帽子被っているの?」


 お父さんの帽子を指差してみる。深緑色のハット。


「ああ、街に出掛けるときはこれがないとな」


 へえ、オシャレなんだな。


「さあ、アリシア。そろそろ行こうか」

「う、うん」


 お父さんに差し出された手を繋ぐ。

 大きな手に、私の小さな手はすっぽり包み込まれた。



 お父さんに手を引かれて家の外へ出る。

 始めて外から見上げた家は、思ってた以上に大きなお屋敷だった。一体何LDKあるのか。

 自分の部屋からほとんど出たことなかったけど、1人で歩きまわったら迷子になりそうだ。


 屋敷の前の緩やかな石畳の坂を下って行く。

 ここは城下町だったらしく、遠くにディズニー映画でしか見たことがないようなお城が見えた。


 外国に来たみたい。

 ……外国どころか異世界なんだけど。


 しばらく歩いて行くと、徐々に人が増えてきた。

 露店が並ぶ通りはまるで商店街。見たことない食べ物や民芸品、おもちゃがすらりと並んでいる。

 キラキラとした宝石が埋め込まれている宝石箱もある。といっても、宝石を模したガラス玉だろうけど。


「あれが欲しいのか? 買ってあげよう」

「あ、ううん。いいの」


 珍しいから見ていただけで、特別欲しいわけじゃない。

 でもその後もお父さんは私の視線の先を素早く見つけ、「買ってあげる」と繰り返す。

 おちおち見てもいられない。


「遠慮しなくていいんだぞ」


 遠慮しているんじゃなくて、本当に欲しいものがない。

 まさかBL本やBLゲームが売っているわけないし。

 前世でも子供の頃はあんまり欲しいものがなくて、親に何かをねだった記憶もない。


 でも、何も買わないというのも悪い気がする。

 せっかく連れてきてもらったのに。


「お嬢ちゃん、ペンダントはいかが? お姫様みたいでカワイイわよ」


 派手な格好をした露店のお姉さんに声を掛けられた。

 お姉さんの横にあるアクセサリースタンドには、キラキラしたペンダントが飾られている。

 前世でお菓子売り場に売っていた食玩のペンダント。あれに似てる。


 思い出した。

 物欲のなかった前世の私が、唯一欲しかったのがあのペンダント。

 でも買ってとは言えなかったし、バイトを始めた頃にはもう恥ずかしくて買えなかった。


「買ってやろうか?」

「うん」

「そうか! じゃあ、好きなのを選びなさい」


 赤、青、黄色、ハート型に星型。色とりどりのペンダントは見ているだけで楽しい。

 お父さんがそんな私をニコニコと見つめている。


「いくつでもいいぞ。そうだ、選べないなら全部買おうか」

「だ、大丈夫。ひとつにするから」


 たぶんお父さんの財力ならこの露店の商品全部買えそうだ。

 でもこういうのはやっぱり、ひとつに選んだ方が特別感がある。


「あ……」


 見つけたのは金色のペンダント。鍵の形をしていて、ヘッドの部分はピンクのハートがついている。

 アニメの魔法少女がつけていそうなかわいいデザイン。子供っぽいかな。

 でも今の私は6歳。何も問題はないはず。


「これがいい」

「おお、かわいいな。アリシアに似合いそうだ。じゃあ、これをこの子に」


 お姉さんは「まいどあり」と言うと、ふとお父さんの顔に目を留めた。

 お父さんがサッと帽子を目深に被り直す。

 瞬間、お姉さんが「あら!」と目を輝かせた。


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