第32話 人は欲深いので…
「ケイ様ー!次っ、丸い亀食べたあい」
ポールの呼び掛けで三人の元へと行く。
だから、亀じゃないって。
出来たてのカンパーニュ、これは手で割けないので普通にスライス。でかいので半分にしてから薄く切り、クリームチーズと蜂蜜を用意。
「んんっ、これは食パンと違って硬いけど柔らかい!そしてちょっと酸味があるけど美味しいです!」
「酸味とレーズンが合いますです!」
「わあ!クリームチーズと蜂蜜のせたらもっと美味しいよお!」
そう、カンパーニュはすこし酸味が後味に残るそういうパンだ。材料も、最低限なので天然酵母と小麦粉の味がダイレクトに伝わる。そしてハードパンとしては食べやすく、サンドウィッチなどにとても向いてる。シンプルにマヨネーズとハムもおいしいけど、今回は朝なのでクリームチーズと蜂蜜をのせた。
フィリング入りはよくあるぶどうパン。生地の酸味とフィリングの甘酸っぱい味が合うと思う。そのままヤックは食べてるけど、これはトーストした方がおいしいだろう。
「ケイ様?何を……」
「スライスしたのをもう一度焼くとね……おいしいよ……」
「焼いたのに、また焼くのか!!」
「固くなっちゃうよお!?」
信じられない!との言葉またいただきましたー。異世界人のすること何でもかんでも信じられない!ってするのやめろ。文化が違うの!
こっちの食べ物にはそれにあった調理法があるんだよ!
全員から止められたけど絶対おいしいからって言って、食パンも一緒にトーストする。
バターも用意して、焼きたてのパンに塗って食べさせたら四人ともトーストした方が好きだって。ほらねー??
「トースト、というのですか?さらに焼いたらサクサクとふわふわで……これはまた美味しいです」
「バターがしみてサクッとじゅわっとで……パンがしっとりして、美味しすぎなのです……」
「ぶどうパンも、焼くと干しぶどうの甘さが増して何もつけなくてもおいしいぃ!」
みんな、トーストしたパンの虜となりました。
「すげえな……今までパンってこんなもんだって作ってたけど、ちゃんとやると違うのわかったし、本当に俺がこれを作ったんだなあ」
ダンは自分の手で新しいものを生み出した実感を噛み締めてる。
「そうだよ?これからはダンが中心となって作って行ってね!任せたよ!」
「……おう、任せとけ!」
こうして、突発的に始まったパン作りは終わったのだけど。
この後に騎士達にバイキングスタイルで出したところ、まあ、もう、出しては捌ける、を繰り返しオーブンはフル稼働、なんとか切らせずに出せたのだけどこの調子で食べられたら天然酵母二日も持たない!
……となったので、ふわふわパンはしばらくは朝のみになりました。
安定供給出来るようになるまで、きっとそうかからないだろうけどね。
**************
「パンといったらジャムなんだよね……」
朝のパン作り戦争が終わり、トーストと目玉焼きとサラダという至って普通の朝食を食べているわたし。
いやあ、よく改善させたよね、ここまで。
今はもう見る影もない塩だけの献立。
あの頃にはもう戻れないし戻りたくない。
それは騎士達も、そしてルーを始め見習い組も同じなのである。
一度聞いたら、無言の笑みで答えられたのでちょっと怖かった。
「ジャム、ですか。……このフルーツバターだけでは駄目なのですか?」
ルーが指さすのは私が作ったフルーツバター。
せっかくおいしいドライフルーツが沢山あるのだから、と思ってラム酒(と、思われるもの)と適当に選んだドライフルーツを一晩漬け込んだものを作って、バターを混ぜて固めたのだ。
そしてこれがまたワインやブランデーなどと言った酒にピッタリなおつまみとしてプチ流行。甘党の騎士達はこれをつまみにして呑むのが日課だと言ってる人もいる。
パンにつけて食べたかっただけなんですけどね……。
「んー……それはそれで美味しい。だけど私はもっとパンに合うものを知っている……」
「異世界のパンに合うもの……それは興味ありますね」
意味ありげに呟けば、ノリのいいルーが合わせてくれた。
「ところで、ジャムってーのはなんなんだ?」
トーストを齧りながらダンが問いかける。
今日も自分が作ったパンの味に満足そうに頷いている。ちなみにダンは何もつけない派。
酵母と小麦粉の味を感じたいのだそう。
「新鮮な果物を砂糖と一緒に煮込んだ甘いもの……かな?」
「それってお菓子なのお?作りたいっ!」
既に朝ごはんをすでに平らげたポールが、おかわり、というかデザート的にパンにフルーツバターをつけて食べながら、甘いものという単語にぱあっといい笑顔を向けてきます。
……本当に甘いもの好きだね。
それでもそれ以上太らず今の体型を維持しているのは日頃の訓練の賜物なんだろうな。
「お菓子とは違うよ。ジャムを使ったお菓子はいっぱいあるから……お菓子の元、かなあ?」
「俄然やる気出てきたあ!」
ふんすっと鼻息荒いポール。
「でも、果物がね……作れそうな果物はリンゴしかないから……作ったとしてもリンゴジャムかな?」
「そうなの?」
正直、リンゴジャムでもいいんだけど……ちょっとリンゴに飽きた私がいる。
散々お世話になってるリンゴに本当に申し訳ないけど。
この世界にどんな果物があるか私にはよく分からない。ドライフルーツにされているのを見ればぶどうと柑橘類はあるっぽい。
……が!わたしの知ってる果物が果物じゃない時があるし、野菜が果物の時もあるし、ジャムに出来るのかすら分からない。
ルーに聞くけど分からないものが多いのだ。
こういう時に鑑定とかあればウハウハなのだけど生憎わたしにはそう言うチート能力は無い。あるのは今や宝の持ち腐れになりつつあるチート道具だけだ。
早く旅に出たいんだけど、現状は難しい。
「あ、そういえば今日は行商人が来ますです。ケイ様も行ってみるのはどうです?」
ヤックが思い出したようにぱんっと手を叩きながら言う。
「行商人……って?」
「月一で来られる方々なのですが、王宮の中庭でそれぞれが各地より選りすぐりの品々を持って、雑多な物を売り出す日なのです」
言わば小さなバザーみたいなものか?
中庭で、てことはそれなりに大きめなバザーと考えておこう。
「ヤック達は行くの?」
「んー……先月行ったので特に用事が無いですー」
「俺もパス。人混み苦手だし」
「ぼくもー」
そうか、三人組は行かないか。
ちらっと横のルーを見ると、 茶色の髪が揺れてこくり、と頷くのが見える。
「僕はケイ様について行きます」
いつもありがとうございます!
今日の訓練は行商人が来るのでほぼお休みとの事。自主練をする騎士はやる、という緩やかな日らしいので朝食後はやる事なし。
晩ご飯を作る事も無いので今日はこれから一日フリーなのだ。
「あ、でも……王宮の中庭、か……」
王宮……嫌な事を思い出してしまった。
もしかしたらあの馬鹿王子が来る……?
いや、王子は腐っても王子だから来るとしたらその取り巻きか……?
色々と思案し、難色を示していると、ルーが私の背中をぽん、と叩く。
「大丈夫です、王宮は王宮の行商人が来ますので。中庭は僕らみたいな下の者向けですから」
私の個人的理由もルーはわかっている。
そうだよね、王宮の人が来るんだったら事前にルーがやんわり止めてるもんね!
それに、ルーの話だと私を召喚した奴らは王宮外には滅多に出ないし身分も上でこちらに来ないから鉢合わせはないとの事。
それならば、と急いで朝ごはんを食べる私をダンが呆れた顔で見ていたけど、欲求に素直な私は全く気にしなかった。
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