第30話 ついに完成!かもすぞ!酵母!


「んー……やること無くて暇だなあ」

「日課の団長さんとお茶会もありませんもんね」

「……まあ、それもあるけど」


 団長さんが討伐に出て三日ほど経ちました。

 お茶会が無くなると、私がやることと言えば三食のご飯作りと午前午後のおやつ作りだけ。

 あとは自由時間なのだけど、やること無くて手持ち無沙汰なので机に突っ伏して目の前に座るルーに無駄に絡んでいる。


「こういう時何をしたらいいか分からないの」

「魔法の勉強します?」

「……頭使うのはいやっ!」


 そう、わたしはダラっと過ごしたいのだ!穏やかにぼーっとできるあの時間!

 何も考えない無の時間を欲しているのだ。

 一人でも過ごせないことは無いし、それもしているけど、そうじゃなく。

 誰かがいる上で、何時でも何かを話しかけられる状態で、ぼーっとしたいのだ。

 つまり贅沢な時間の使い方をしたいの!

 その時間が無くなったので、今ではこうして、1人暇している訳だけど……。


「恋人が居ないから寂しいのは分かりますが、しゃんとしてくださいです」


 私のあまりにもふやけたぐでぐでさに呆れ顔のヤックが言う。スルー出来ない一言にムクっと起き上がる。


「……今、聞き捨てならない単語を耳にした気がする……」

「え?違うのですか?」

「ヤック……そういうのはもっとオブラートに包まなければいけませんよ」

「そぉだよー、デリケートな問題なんだからあ」


 ルーとポールがヤックを諌めています。

 ヤックはやっちゃった、と己の頭をこつんと叩く仕草。あざとい。お前は反省しているのかいないのか。

 このトリオにこういうことでからかわれたらろくなことにならないのは分かりきっているので。怒る気にもならない私はため息しか出ない。


「どっからそうなるのかわかんないけど、団長さんは私の身分保障と保護をしてくれてるだけであって、断じてそういうのじゃないからね!」

「騎士団の皆はそう思ってませんけどね」

「知らぬが仏なのです」

「芽が出る前はお触り禁止だってばっちゃが言ってたよお」


 私は植物か何かか!

 目の前に座るトリオの女子よりも女子な恋愛トークにうんざりした私であった。


「なんだケイ様、なんか育ててんの?大変なら手伝おうか?」

「ダンー!私の癒しー!」


 今日は私の隣に座っているダンが会話の流れと言うか会話の意味がわからないと始終黙っていたのだが、ポールの言葉に私が何かを育てていると推測、勘違いしたのだろう。


 その純粋さに感動した。


「私の癒しはもはやダンだけだよ~!」

「んん?なんかよくわかんねーけど、そりゃよかったな」


 へへっとはにかむその笑顔が可愛すぎる。

 最初こそつんつんしていたけど、慣れてくれば心を開いてくれたし、こうやって無邪気な笑顔を見せてくれる。


 ああ、いつまでもそのままの君でいて……。


「もー、ダンはこれだから駄目なのですよ」

「村でも女の子泣かせでしたです」

「ニブチンだよねぇ」


 こら!うるさいぞ!恋愛脳トリオ!!

 これ以上ここに居てはなんか精神的に耐えられない。私がからかわれるだけで、このもやもやっとした気持ちは晴らせなさそう。

 こういう時は何かに没頭するのがいいんだけど……植物か。

 ……芽が出る……育つ……ん??

 そうだ、私には育てていた“アレ”があったでは無いか!


「よし、私はいまからパンを焼く!」


 ガバッといきなり立ち上がった私に四人はびっくり。


「パン、て……クロワッサンですか?」

「それなら僕の出番なのです」

「でも、仕込みしてなかったあ?」


 そう、ミートパイを焼いた後についでに作っていたクロワッサンもどきを翌日の朝食に出したのがすごく好評で、今では硬いパンの代わりの主食に変わっていたのだ。

 やっぱり皆様硬いパンよりサクッとした方が良いですよね。

 朝は早く訓練に行きたい騎士達には大好評。

 今では硬いパンをスープに浸して食べていたのだが、そうすると時間がかかるし何より食べ辛い。

 サクッと食べられてしまうクロワッサンはスープに浸す時間を無くし、消化も良くてすぐにエネルギーに変えられるから丁度いいらしい。


 だけど硬いパンも根強いコアなファンが居るのでそれと併用して出してる。

 出し方も工夫して、パンを大きめのカゴに入れて好きなだけ食べてね!の、バイキングスタイルにしたらこれまた好評で。

 種類増やさないのか、とかの要望が来ていたのだ。


「時期的にも丁度いいし、やっちゃうか!酵母パン!ダン、着いてきて!」

「え、俺!?なんで?」

「ダンは手が暖かいから」

「はあ?」


 ハテナがいっぱい飛んでるダンの腕を掴んで立ち上がらせる。

 まあ、ダンを指名したけど、当然恋愛脳トリオもついてくるのでみんなで厨房に移動した。



***************



「はい!取り出したるは天然酵母~!」


 作業台の上にどどどんっとここに来て準備していた果物入りビン達を並べる。

 リンゴ、干しぶどう、柑橘系……等など数種類ある。


「……おい、それって……」

「腐ってるやつですね」

「捨てようとしたら怒られたやつです」

「毎日揺らしてたやつだあ」


 うんうん、そんな反応ですよね。

 私がこれを育てるまで、紆余曲折ありました。

 腐ってると勘違いしたルーが一度捨て失敗。

 捨てようとしたヤックに激怒した二度目。

 やっと育って毎日揺らした日々……。


 ……ああ、ここまで来るのは長い道のりだった……!


 私は今、ようやくパンを作れるのです……!


「これは天然酵母と言って、パンを作る為の種。言わば赤ちゃんです」

「赤ちゃん……」

「腐った赤ちゃん」

「捨てられそうになった赤ちゃん」

「揺らしてた赤ちゃん」

「気にするのそこなの?」


 信じられないという顔の四人はほっておいて、ビンの蓋をとる。

 すると、シュワっと空気が出てくる。

 その匂いは少しお酒の匂い。果実酒と言ってもいいほどの出来栄え。底に沈殿物、上に果物が浮かぶこの状態。

 完璧に完成だ。


「これも化学というか生物に近いですね。醸すという言葉を使います。果物に付着している菌と呼ばれるいきものが頑張ってくれた証拠がこの天然酵母です」

「全然わかんねえ」


 今回の助手であるダンは頭を使うことを嫌うのでこの説明はルーとヤック用。

 説明しながら中の果物を取り出し捨てる。

 出来栄えとしては干しぶどうが優秀だったので今回はこれを使ってパンを作ることにした。


 全てのビンの果物を取り出し、不純物を濾して戻す。沢山作ったのでしばらくは大丈夫そう。


「いまから種菌……元種、っていうかな。それを準備します」

「パン作るんじゃねーの?」

「まだまだ、道のりは遠いのだよ」


 そう、天然酵母パンは元種を作るまでが大変なのだ。

 まずはパンを作る元となる元種作り。

 これがまた時間がかかる作業なので今回は暇な時にガッツリと基礎を叩き込もうという魂胆です。

 私の暇つぶし&四人組の成長……というまたもや一石二鳥。いや、騎士達も喜ぶから三鳥以上だな。


 清潔なボールに、煮沸消毒したスプーンを用意。余計な菌が入らないようにするためだ。

 小麦粉は香り高くきめ細やかな強力粉を選び、濾した干しぶどうの天然酵母と1:1の割合で混ぜる。

 そしたらゴミが入らないように布で覆って暖かい場所に放置。


「ほい、終わり」

「え?まじで?」

「一回目はね?……あと、6時間後に同じ作業をして、翌朝も同じ作業をして6時間後完成です。……覚えた?」

「お、おう」


 今回は珍しくダンもメモをとっております。

 まあ、私が言ったからね。


 ダンは火魔法を得意とする攻撃型の騎士なんだけど、火魔法が使える人は体温が高い人が多い。そこを利用して今回はダンを指名した。

 次からは君がこの作業の責任者なのだ、と無言にお伝えしたのである。


 パン作りは手が暖かい人が適任だからね。

 逆に製菓などは冷たい手の人……ヤックが適任。

 適材適所、って訳です。


「さあ……ここから地獄のベンチタイム周期が始まるよお……ふふふふ……」


 私の脅しにダンをはじめ、他の三人も戦いていた……。

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