第22話 先人のものは私のモノ、私のものも私のモノ

「んじゃ、炒めるのはほかの三人に任せて、生地担当は離れよっか」


 ルーにあとを頼み、ヤックを連れて冷蔵庫に。すると丁度よく固まっている生地のお出ましです。


 作業台に小麦粉をまぶして、伸ばし棒にも粉を付けているとヤックが私を止めた。


「ケイ様!?あの、それは食べ物では……っ」

「あ、ごめんごめん。これは、打ち粉という作業です」

「打ち粉……です?」

「うん、これをしないと生地がくっつくんだよ」


 経験があるのか、ああ!と声を出して納得したヤック。そうだろう、あのグルテンの塊を思い出しただろう!


 私は固まった生地を伸ばし棒でゆっくり伸ばしていく。

 この時バターの塊が見えたら成功なのだけど……


「ケイ様!バターが!バターが混ざってません!」

「いいんだよ、それで。成功です!」

「こ、これがです!?」


 パイ生地にしたいので、バターはある程度残ってるのがいい生地の証拠なんだけど。

 自分の知ってるものと違うと戸惑うよね。

 ヤックは戸惑いつつも私を真似してどんどんと作業を進めていく。


 伸ばしては三つ折りにし、また伸ばしては三つ折りにして……を繰り返す。


「よっし、これでおっけ!」

「これが……パイ生地……」

「そうだよ。バターと生地が何重にも重なってるから焼くとサクサクした物になるんだ」

「確かに、何度も重ねて伸ばしましたね……それが焼くとバターが解けて層になる、という事です?」

「おー!理解早い!理屈はそうだよ!そしてこれ、重ねないで一口大に切ってやけばスコーンっていう甘くないお菓子になるよ」

「スコーン……作りたいのです!」


 ヤックは食べるより作る方が見たい子なのかな?理屈や技術の質問を何度もするので、理系男子ってところかな。


 パイの中に入れるフィディングはまだ完成してないので、明日の私のために今日のわたしが頑張ろう。


「ヤックの方の生地はまた冷蔵庫に戻して、私の方の生地でクロワッサンもどきをつくろーう!」

「おー??」


 言われてない突然のレシピにヤックは困惑してるけど気にしなーい。


 打ち粉をして、重ねてた生地を伸ばす。

 長方形にしたら二等辺三角形を作るようにナイフで生地を切る。それを頂点に向けてクルクルっと底辺から丸めればあっという間にクロワッサンの出来上がり。


 作り方としては正規の作り方があるからこれはもどきになってしまうけど、これはこれで美味しいので大量に作っておく。


「これは作ったら明日焼くから冷蔵庫に保存しておこうね」

「形が可愛くて焼くのが楽しみです」


 私は思わず明日の朝ごはんが出来たので満足です。ズボラ料理はいかに効率よく明日の私のために、そして今の私も楽をするかの料理だからね!


「ケイ様ー!全て炒め終わりましたー!」


 ルーからの合図で再び魔道コンロへ。

 その間にヤックには生地を伸ばして貰う。


 鍋いっぱいに炒められた食材たち。味付けはシンプルにしようと思ったから塩と酒、元の世界のスパイス……――は、黒田のスパイスにしてみた――隠し味の少しの砂糖。そして……


「トマトー!……を、入れます!」

「え!?果物ですよ!?それを煮るんですか!?」

「うん、煮るよ。煮込むと甘酸っぱくなるからね」

「うっわ、マジで入れた……信じらんねえ」


 こちらの世界ではトマトは果物扱いで、しかも少し小ぶりだ。味は濃くて濃縮された果実の甘みがあってとっても美味しい。


 これでトマトケチャップを作ったら美味しいだろう、という感じの味だ。

 パンが出来たらジャムとトマトケチャップを作る、私は決めた。


 トマトを潰しつつ、しばらく水気が無くなるまで煮込んで味を染み込ませたらフィリングは完成。


「ここまで来たら後は先人の残したこのパイ型に伸ばしてもらった生地を貼り付けて、フィリングをたーぷりのせて……あ!アレンジに焼いたナスとかチーズなんかものせてもいいね!」


 言いながら見本として作っていく。

 パンプディング作った陶器の焼き皿でも作れるんだけど、先人の忘れ物を今回は使おうと思います。

 先人の忘れ物は私のモノ、私のモノも私のものだ!というジャイアニズムを行使します!


「最後に細長く切った生地を格子状にして、艶をだすための卵を塗って……焼くだけ!」

「格子状……む、難しいですね……」

「げ!破けだぞ!?」

「簡単そうにしてますけど……凄すぎなのです……」

「ぼくはチーズのせちゃうよお」


 各自ぎゃあぎゃあ騒ぎながら作ってますが楽しそうなのが何よりです。


 四人も、何個か作れば要領は分かったのか最後は完璧に自分のものにしておりました。ポールなんかアレンジしたりチーズ入れる余裕みせてるからね、やっぱりこういう事はポールが得意だね。


 魔道コンロのオーブンをフル活用して作ったパイを焼いていく。

 その間にサラダをいつも通りに作ってもらった。ルーが用意していたベジブロスは炒めた玉ねぎを利用して簡易オニオンスープにした。

 最後にコショウをぱらっとすれば優しい味のスープになる。

 今日のお昼はメインがミートパイで味が濃いので全体的に副菜は優しく。

 ミートパイのサワークリーム添え、オニオンスープ、サラダと軽めの仕上がりです。(騎士達にとっては、だけどね!)


 みんなの手際がいい為か意外と早くできたので、お腹を空かせた騎士達がくるまで休憩している四人に隠れて夜の準備開始。


 ダンが切ってくれた肉はステーキ肉になっているので、それをバットに並べ……なくてもいいのでみじん切りした玉ねぎをドバっとかけて軽く混ぜておく。

 これで準備完了!夜までつけておくと……ふっふっふ、夜が楽しみよのぅ。


「……なにをされてるのですか……?」


 はっ!

 ルーにバレてしまった!


「え?んーと、夜のお楽しみ、かな!」

「はあ……」

「びっくりするようなご飯だからね!」

「今も十分びっくりしておりますよ?」


 深く聞いてこないルーはきちんと空気を読む子なので、それで勘弁してもらった。


 そしてミートパイの出来上がりと共に空腹を湛えた野生の騎士……ではなく、訓練を終えた騎士達が殺到してきた。


「んじゃ、私は団長さんにお昼を持っていくから後はよろしく!」

「「「「行ってらっしゃい!」」」」


 もはや地獄と化している厨房に別れを告げて……というか逃げ出した。

 私にはー団長さんにー昼食を届けるというー大義名分がーありますのでーーー!


 死して屍拾うものなし!です!



*************



「団長さん、いらっしゃいますかー?」


 片手にお盆を持ってノック。本日二度目のご訪問でーす。


 ……返事がない。屍のようだ。

 いや、違うけど。どうしてもゲーム脳になってしまうこの思考が恨めしい!

 

「昼食の時間と思って逃げたか?」


 食べない理由は知らないけれど、積極的に物を食べようとしない雰囲気は感じ取っていた。

 庭で出会った時はあんなに食べていたのに、宿舎に戻ってからは最初の日以外、団長さんが食べているところを見たことがなかったのである。

 だから出会ったあの日は本当に、限界だった、と言うのが分かった。


 宿舎に来てからは私のお付き合い、お茶菓子は私がサプライズ的に差し入れしたから食べた、という所だろう。


「仕方ない、部屋に置いておくか……」


 置いておけば食べるだろう。

 出されたものは残さず食べる、という気がします。なんとなくね。

 要らなかったらさっき断りを入れるだろうしね。


 片手で重々しいドアを開けて部屋に入るとやはり団長さんの姿はなく、自室へと続く扉の方に耳を向けても音もしなかったので外へ行ったのだろうと推測。

 執務を行う机には食事を置くのを忍ばれたので応接用のテーブルにお昼のお盆を置いておく。


 なんとなく窓辺に近付いて階下を覗くと裏庭に森が広がっていた。鬱蒼としていてちょっと怖い。

 こんな所あったんだな、なんて思いながらしばらく鬱蒼としている森を眺めてみた。王宮らしくない、そんなイメージの森。


 すると突然、何かが反射して光った。


「……っ!?眩しっ!」


 いきなりの眩しさに驚いて目をつぶったけど、その光の正体が気になったので急いで閉じていた瞼を開いて、まじまじと光った所を探る。

 遠くてよくわからないが、木々の隙間から金色の何かが、居るような気がした。


「犬……いや、獣?」


 確信はない。

 けれど何か、獣がいるのは分かる。

 獣は私の視線に気付いたのか、キョロキョロと周りを見渡したかと思えば、すいっと空へと視線を向け地上から宿舎の方へと流す……そして。


 チラ、と私をみた……――気がした。



 それはほんの一瞬で。

 目が合った、と思ったのと同時に直ぐに掛けて行ってわからなかったけれど。


 心に残るくらいの衝撃を、私に与えたのであった。



 

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