体育祭 お昼休憩
退場門で綾香のことを待つ予定だったが来る気配がない。というか明らかに綾香がいるであろうテントに人だかりが出来ている。それに俺のことをチラチラと見てくる生徒もいるし……
「はぁ、面倒な……」
綾香との時間が減っていることに若干苛立ちつつ俺はその人だかりの中心へ向かう。ついでに1つ連絡もしておく。
人だかりに近づくと俺の前の人達がどんどん勝手に避けていってくれる。そのお陰で綾香のところには直ぐにたどり着けた。
「綾香」
「あっ、冬夜くん!」
タタタっと俺のとこに駆けてくる。その動作全てに意味を見出そうとするかのように視線が集中する。
さっさとこの人だかりを抜けたいが……簡単にどいてくれるだろうか。
「七草、用事とはなんだ」
「ナイスタイミングです、先輩」
その声で一瞬隙が出来る。その瞬間を逃さず俺は綾香の手を引いて一気に抜け出す。白石先輩も直ぐに後ろを着いてきてくれた。
「おい……まさかとは思うが」
「ええ、抜け出すのに利用させて貰いました」
「……まぁ報酬が報酬だし何も聞かないことにしよう」
「ありがとうございます」
「報酬……?」
「綾香には関係ないから大丈夫だよ」
「それ冬夜くんにだけ関係するってこと?」
「そうだな」
「何を約束したの」
「ちょっとお弁当を分けるだけだ」
「……それぐらいなら、まぁ」
綾香としてはどんな約束をしたのか気になったのだろう。綾香の許可なく俺を差し出すとか、俺が何かをするという約束をすることはしないから安心して欲しい。
「お昼はどこで食べるの?」
「とっておきの安置があるからそこで食べよう」
「わかった」
「安置……とはなんだ」
「ゲーム用語で安全な場所です」
白石先輩はゲームをそんなにしないので知らなかったのだろう。物珍しいそうな顔をしていた。安置という言葉使うゲームも最近増えてきたし以外に知ってる人は多いと思うが。
「さ、ここだよ」
「……冬夜くん」
「どうした?」
「ここは私がいちゃいけないとこじゃない?」
「多少は場違い感があるかもな」
「卒業生に囲まれるのは多少じゃ済まないよ!?」
「生徒に囲まれるより安全だろ?」
「そうかもだけど……というかまた女の人が増えてるし」
「その人が駿河先輩だな、んでもう1人のガタイのいい男が大輝だ」
「……大丈夫そうだね」
「何が……?」
綾香の目が怪しく見えたが気の所為だと思わせるぐらい一瞬だったのでスルーする。
「七草は愛されてるな」
「どういう事ですか、駿河先輩」
「わからなくてもいいんじゃないか?」
その一言に綾香は完全に安心した表情になって駿河先輩に近づく。
「駿河さん……!!」
「な、なんだ」
「ありがとうございます!!」
「何が何だかわからんが……どういたしまして?」
「綾香は何をしてるんだ」
「だって冬夜くんのことが好きじゃない女の人なんて久しぶりに見たんだもん」
「「は?」」
ハモった声は春人と大輝のものだ。それをスルーして綾香は話を続ける。
「まず私でしょ、それで白石さんに春香さん、で花梨さんは……半々かな。ほら、冬夜くんの知り合いで恋してない人なんて珍しいよ」
頭の中で思い返すと確かにそうだ。綾香が会った俺の知り合いは大体何かしら俺に特別な感情を持っている。舞先輩の嫉妬とか翡翠の親愛とは違うものを。
「さ、お昼食べよ」
1人自分のペースで弁当箱を開ける。レジャーシートの上に弁当箱が置かれて綾香が手を合わせ「いただきます」と言い食べ始める。
最初に場違い感がどうとか言っていたがそんなものはどこへやらと言わん具合だ。
「俺たちも食べるか」
「だな」
春人の声でそれぞれがそれぞれのお昼ご飯を取り出す。俺は綾香の分と一緒に作ったお弁当。他は全員コンビニのおにぎりやパン、弁当だ。
「じゃあ七草、私にはその唐揚げをくれ」
「容赦なくメインを取りますね、どうぞ」
「どうも」
弁当箱を差し出すと唐揚げを摘んでそのまま口に放り込む。
「ん、やっぱり君の作る料理は美味いな」
「ありがとうございます」
「あーあ、綾香ちゃんはこれを毎日食べれるのかー」
その綾香は今夢中で弁当を食べている。綻んでいる顔を見れば美味しく出来ているのがわかる。それを見て俺もつい頬が緩む。
「七草くん、そんな顔をしないで下さい」
「急になんですか」
「なんというか恋人にだけする表情って感じがします」
「そうですかね?」
「ふふーん、冬夜くんは譲りませんよー?」
「くっ……」
春香先輩が悔しそうに顔を歪める。それもまた絵になるな、と思いつつこちらに擦り寄ってきた綾香を見る。
「どしたの?」
「動くなよ」
「うん」
口元に付いてたご飯粒を摘んで取る。
「全く、変に話すからそうなるんだ」
「むぅ……不覚」
「武士かよ」
「って、ちょっと!?」
「……なんだ?」
「今取ったの食べたよね!」
「だって落ちた訳じゃないし」
「なんか恥ずかしいの!」
「えぇ……」
口元にご飯粒がつく方が大分恥ずかしい気もするが……なんてことを考えていると、綾香が自分の箸で俺の弁当箱の中の玉子焼きを取る。
「はい、あーん」
「えっ?」
「あーん」
「見られてるんだが……」
「あーん」
「……あむっ」
綾香の有無を言わさない圧力に負けてその玉子焼きを食べる。
「どう?」
「美味いな」
「そうじゃなくて」
「……ちょっと恥ずかしいな」
「そうだよ、だから人前でさっきのはやめてね?」
「2人きりならいいのか?」
「当然だよ?」
「じゃあ夜だな」
「うん!」
あーんの瞬間に一瞬思いだした周囲の状況は再び意識の彼方へと追いやられる。
けどそれもたった一言で引き戻される。
「君らやっぱり別のとこで食べてこい」
「私達が移動した方がいいと思いますよ」
「私もそう思うな」
「俺も」
「俺はあれぐらいいいと思うけど?」
「「「「既婚者は黙ってて」」」」
「……はい」
可哀想な大輝……と視線を送る。
「七草もだぞ」
「えぇ、七草くんも今は発言権はありません」
「私も今はちょっと喋って欲しくないぞ」
「俺もそう思うな」
「春人さっきから同意しかしてないな」
「うるせぇ彼女持ち!」
「お前は直ぐ作れるだろ」
「出来ねぇんだよ!」
「知らんがな」
見た目爽やかイケメンなせいで中身とのギャップが凄いんだよな……ちょっと落ち着けば出来ると思うけどなぁ。
相手がいる組を疎外する不穏な空気は直ぐにお昼の喧騒に飲まれて消えていく。
結局どんどん騒がしくなって最初の空気はどこへやら、皆高校生の用にお昼を楽しんだ。
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