49.マッカナフクシュウ
白と黒の世界が暗色の炎に呑み込まれていく。
大鎌と細剣がぶつかり合うたびに、炎の勢いは増していく。
一歩、また一歩と。
死神の鎌は捕食者の喉元へと近付いていく。
「異常だ、ふざけてる。何で十とそこらの君が、ここまでの力を引き出せる。たった十数年で出せる技じゃないぞ!」
エンプーサはあからさまに危険な大鎌を
武器の扱いもだろうけれど、まず体術で
数百数千年生きている相手の動きを視線や心理、さらには重心とかの体の動きで先読みし、その上でパンタスを使った世界干渉で空間操作を行い動きの幅を制限している。
十数年?
それどころか現実だとたったの四年だけ。
その程度で不器用な私がこんな技術を身に付けられる訳ないでしょう。
お前に大切な家族を奪われ奪わされ、あまつさえ妹すらも
元々起きている時間よりも寝ている時間の方が長かった私は、夢の世界で更なる時間を欲しがった。
本来なら妹と一緒に居る時間を延ばす為のものを、必死にお前への
何千何万……もう数えることが無理なくらいまで。
ひたすら呑み込みの悪い自分に
それで手に入れた力を、そう簡単には超えさせない。
「そもそもモルフェスが異常すぎる。ザントどころかネームレスにまで届いてるぞ」
『ああそうだろうねぇ。でもでもこれは他でもない君にしか向けられない。
ナイトメアの軽口で出来た隙を、私は片っ端から付いていく。
軽薄なナイトメアが隙を作り、そこに私が一撃を入れる。
人と話すことが苦手だった私に一人いつまでも話しかけてくるナイトメアとの、自然と出来あがった戦い方。
……そもそも。
こいつとは喋りたいとは一切思わない。
『早く逃げないと
「……本当にイライラするなナイトメア」
さっきからアイツが世界から逃げようと試みているのは知っている。
何度も世界干渉を受けているし、自傷による体液をかけて体を鈍らせようともしている。
だけど、それがどうかしたのだろうか。
体液に含まれている毒は、皮膚を溶かすものに神経を麻痺させるもの。
目にかかれば失明し、気化したものを吸えば肺が侵される。
――
相手の行動を
逃がさない、壊させない、傷付けさせない。
お前に出来る事はたった一つ。
『さっさと死になよカマキリ野郎。これがお前の末路だよ』
「舐めてんじゃねーぞ、クソ猫! 笑ってられるのはそこまでだ!」
青銅で出来た大量の細剣とナイフが世界中に出現する。
押し寄せる凶器の束を振り払おうと思ったけれど、似た光景を思い出して私は構わずアイツに向けて鎌を振るう。
大鎌や地面から噴き出る炎で一部は溶け落ちるけど、あまりに多すぎる凶器は寸分たがわず私を串刺しにしていく。
無駄な抵抗。
届いた刃は虚しく折れて、暗色の炎へとくべられていく。
「君までザントみたいな事を……!」
左腕を斬り飛ばして、直りかけていた右腕も蹴りを入れて体勢を崩し、
あの日、あの時。
全てを奪われたから、今度は私が全てを奪ってやる。
全身全霊、
「……ははっ、殺すのならいっそすっぱりと」
『綺麗に終わらせる訳ないだろ、ばーか』
胴体を真っ二つにしようと振りかぶった所で、ナイトメアの仮面が外れて視界が開ける。
大鎌を振り切るよりも先に、相手の喉元へ牙を立てるナイトメア。
エンプーサの声は途絶え、下半身を置いて体は宙に舞う。
撒き散らされる緑の液体。
残された下半身は炎へ瞬時に呑まれ、飛んでいく上半身は仮面と共に大火となった暗色の地面へと落ちていく。
「――ナイトメア?」
『ちょっとの間バイバイだよ、アイカ。このキモい変態をしっかり焼けるまで見張ってくるよ』
いつもうるさいと思っていた声が聞こえなくなる。
残ったのは私だけ。
ずっと憎んできた相手は、この暗い炎の中に今いるはず。
ナイトメアが付いている以上、逃しはしないだろうから殺せたと思う。
ここまでやって殺せなかったら、いったい私はどうすれば良いのだろう。
そう思いながら、いつまでも燃えている炎の揺らぎを見つめる。
その内来るはずの猫なで声を期待して。
心は晴れず、空と同じ色のまま。
「……ナイトメアも、死んだのかな」
大鎌を適当に捨て置いて、その場に座り込み膝を抱える。
変身を解除すると今まで感じなかった嫌な熱気が
アイツと一緒に落ちたのだから、考え事態は間違っていないはず。
死んだのなら、晴れて私は悪夢から解放された事になる。
私は変身できなくなって、このまま目を閉じれば現実に戻るのかな。
……
それはない。
だからこうしてナイトメアを待って――
(……違う)
この気持ちは誰かを待っている物じゃない。
どうして私が生きているのか、疑問なだけだ。
だからこうして私の胸で焦がされ続けた炎に引かれて――
「いや本当、詰まらないぐらい危ない子だよ君は」
「むぐっ……」
弱くなっていく炎に手を伸ばし、あと少しで触れられる所で、上から降ってきたそこそこ重いものに頭を押さえられる。
そのせいで額を打ち、更には追い討ちとばかりに後頭部を叩かれる。
「やるだろーなーと思って見てたけど、ここまで来ると自己犠牲じゃなくて破滅願望だね。死ぬならせめて不幸になれよ」
「ナイトメア、生きてたんだ」
「ネームレスが死ぬまで死ねるか馬鹿。あーんな変態と心中も嫌だね」
「そっか……」
叩き続けていたナイトメアは、炎が消えるとようやく頭から降りてくれる。
そのまま仰向けに転がり、空をぼんやりと眺めていると、にやついたナイトメアが覗き込んでくる。
「あれー? もしかして死んでなくて残念?」
答えは言わなかった。
疲れたし、ナイトメアの笑い顔も今は普通の猫と大差ないように見える。
雲の隙間から光も差して来て、心なしかあの日の青空が見えた気がした。
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