45.月下に集う悪夢たち
「これ、どういうこと……」
三人でゆったりと話す夜は呆気なく終わる。
何かを悟ったウートさんを追って外へ出たわたしたちが見たのは、崩れて別の色に侵食されていく
世界が終わり悪夢が広がる、何て光景はこういう事を言うのだろう。
月が欠けて、夜空の先に二種類の空が空間に穴を開けて姿を覗かせる。
色味の無い灰色の空と、気色の悪い青緑の空。
流れ込む黒と緑の風は着々と街をそれぞれの世界へ書き換えていく。
黒の風は建物を脆くボロボロにし、緑の風はそもそもの素材を鈍く光る金属へと変えていく。
時間が経つほど形を変えていく街に、わたしたちは呆然と見ているしかなかった。
「お嬢様の世界へこうも容易く侵入し、その上世界すら乗っ取り始めるとは。そうとう強いモルフェスを持った相手のようですね」
「あの灰色の空は嫌でも覚えあるわ。片方はプーケね。だとしたらもう一つはいったい……」
この世界のどこかに彼女が来ているのは間違いない。
そうなってくると分からないのは、もう一つの穴の主。
プーケさんよりは及ぼしている影響は少ないけれど、それでも同じように出来ているのだから彼女と同じくらいの力を持っている人だろう。
そうなるとプーケさんを追ってきた乱暴なオネロスだろうか。
答えは考える間もなく、お姉ちゃんの口から絞り出すように告げられる。
「――"捕食者"エンプーサ=モロス」
前にウートさんが言っていた"
プーケさんやザント=アルターと同じく強力なドッペルで、わたしが唯一知らない……
(
一度消えて未だ曖昧な記憶が、お姉ちゃんの
連れ去られるわたしに、ボロボロの姿で泣きながら手を伸ばすお姉ちゃんの姿。
そして、息が詰まるほど嫌な目で見てくる赤髪の女性。
「……変身」
パンタスで見慣れない柄のカードを作り出すお姉ちゃん。
ハートに剣が刺さった藍色のスペードのトランプは、静かに怒りの籠った声に合わせて炎を噴き出す。
あっという間に全身を包んだ暗色の炎を置き去りにして、お姉ちゃんは走り出す。
ナイトメアの仮面は付けておらず、炎と共に揺れる猫の尻尾が生えた背中は、どんどん先へと進んでいく。
「
「あのプーケって痴女が、ナデカたちと仲良さそうにしてたのがバレたメアとか」
「少なくとも仲間意識とか無さそうだけど、
「とにかく行ってみよう! プーケさんがピンチなら助けなきゃ。――行くよ、メア!」
「捕食者って奴はいかにも悪者っぽいメアからね。張り切っていくメア」
わたしの肩にメアが乗り、
桃色と金色の粒子が浮かび上がり、花と扉が作り出されていく。
「――変身、
「――
夢に咲く花は開き、月明りの扉は閉ざされる。
ウートさんは変身の終わった
わたしもすぐ行こうと思ったけれど、途中で立ち止まり用意した椅子へ座る
こんな非常時の時に何を
それでも言っておきたいと思った。
「行ってくるね、ゆーちゃん」
「そんなこと言ってないで、さっさと行きなさい
「うん!」
ウートさん以上に足の速いお姉ちゃんの姿はもう見えない。
こんな時に使うとしたら、お菓子の人から思いついた空間を跳ぶやつだよね。
わたしは舞い上がる花びらを集めて、一気にお姉ちゃんの下にまで跳んでいく。
*
激変していく街の中。
黒のドレスにベールで顔を隠す
転々と夢の世界を逃げ回り、彼女の配下である烏や羊たちが襲い時間を稼いでいたが、それでもプーケを見失う事は無かった。
結局なし崩し的に
「知ってるつもりだったけど、実際にやられると本当に嫌らしい。どうして得意分野で来ないの」
「そりゃだって、才能は君の方が上だからね。君の苦手って他人から見ると十分優秀なんだよ。だから警戒する」
「無駄に長生きしている変態め……」
「嬉しいねぇ。普段眠そうにしている君からそんな言葉が聞けるなんて。ゾクゾクするよ」
嫌悪感の拭えないプーケは
風化した金属の地面を走る灰色の炎は、エンプーサを中心に街へ円を描いていく。
「ナデカには会わせないよ、エンプ」
送られた言葉は巻き上がる業火によってかき消される。
街の原型など残らないほど高熱を放つ灰色の炎は、エンプの影すらも飲み込んでいく。
それでも足りないとばかりに、プーケは次の力を炎へと与えていく。
月夜に開いた穴から吹く風を炎へ注ぎ込む彼女は、限界を知らない業火を街ごと
溶ける青銅の街を持ち上げるのは、膨大な枯れた土。
エンプーサが居た場所目がけて街はひっくり返され、灰色の炎は高熱を残して地下へと消える。
「……」
どこからともなく流れてきた汚水は、熱を帯びた地面を冷やしていく。
朽ちた青銅の街に突如できた金属混じりの枯れた大地。
普通なら生きている方がおかしいこの状況だが、プーケはこれで終わるとは思えず無言で両手に炎を灯す。
尚も広がる世界の浸食を見渡し、姿を消したエンプーサを探す。
「何だこの技知ってたんだ。見せたことは一度も無いはずなんだけど」
「性格の悪いエンプならこういうの好きそうと思ったから」
今まで溶け込んでいた世界から弾かれるように姿を現すエンプーサは、プーケの背後から青銅の細剣で斬りかかる。
プーケが宿す灰色の炎は、蛇のように曲線を描いて細剣へ立ち向かう。
炎の蛇は切り払われるも復活し、エンプーサは剣を振るうたびにプーケから距離を離されていく。
「っと、危ない。君も大雑把に見えて姑息な技を使うよねー。やり方はなってないけど」
「持久戦になればアタシの勝ちだから。それに……」
炎の蛇を立て続けに出してエンプーサを近寄らせないプーケ。
その視線が一瞬だけ別の何かに移ったその時、青い閃光が街を駆け抜ける。
「――……死ねッ!」
エンプーサの遥か後方、まだ遠くにいると思っていた藍色の少女が驚く速度で跳躍する。
右手に大剣を手にした少女――
柄尻に猫の尻尾が接続され、暗色の炎が刀身から吹き荒れる。
エンプーサ目がけて振るわれた剣閃は、プーケが掘り起こした大地以上の範囲を火の海へと変えていく。
朽ちた青銅の街は灰へと還り、闇夜の炎は次々と仇のように青銅を貪り溶かしていく。
「やぁ"死神"。アレの近くに君がいるのは当然か。えーと4年ぶりかな」
「うるさい黙れ、さっさと消えろ。お前と話す事なんて何もない!」
続く連撃をエンプーサは細剣で受け止めるも、容易に砕かれる剣ごと右肩から先を斬り飛ばされる。
妖しい緑の液体を体から噴き出しつつ、回転しては撒き散らす彼はそのまま
降りかかる液体を気にせずエンプーサを追う
逃げの体勢に移るエンプーサの前を黒い風が走り抜ける。
「手伝うよ、死神さん」
「だそうだけど、悪夢の提案を受けるのかい死神」
「知らない、勝手にして。私はお前を殺せれば何でもいい」
エンプーサの残る片手が握る細剣の攻撃も、彼の動きを邪魔するプーケの炎と風も。
憎悪を向ける相手へ一歩でも近くへ行くために、暗い炎へ沈めていく。
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