40.Double

 どうしても、分からない。

 目の前の女の子が、何があって何を考えていて、どうしてこんな事をするのか。


 一緒にこの世界から出ようって、そうしたら話をしようって、多くはないけれど言ってくれた。


 わたしに言える数少ない本当のことだって信じて、その場を後にしたのに。

 ナイトメアと何があったの。

 わたしがいない所で、何を話したの。


 どうして嘘を吐いてまで、笑っていようとしているの。


 赤い月をって大剣を振りかぶるアリスさんに、心の底から聞きたい。


「なんで、どうして。わたしの前に立っては道を塞いで、貴女はわたしをどうしたいの!」


 アリスさんの答えは返ってこない。

 振るわれた大剣に弾かれて、地面を転がるも当たった二の腕が痛いぐらいで斬れてはいない。


 手加減されている。

 アリスさんならわたしがモルフェスを使って防いでも、その上から胴体を真っ二つにするぐらいのことは出来るはず。

 銃を使わないのも、それだけ余裕があるからだろう。

 以前の素手で対応された時よりかは、わたしが強くなっていると思われているはず。


「もう良いよ。ここで全部教えてよ、アリスさん」

『どうするどうする、アリス。昔話をするには、良い天気だよ今』


 もう訳が分からない。 

 現実ではナイトメアに邪魔をされて、今度は現実に戻ろうとしたらアリスさんに邪魔をされて。

 二人の考えは違うはずなのに、最後は同じ結論になって。


 だったらいっそのこと、ここで全てを明かして欲しい。

 攻撃でも何でも受けてみせるから、もう全てを教えて欲しい。


『……メア?』

「これ……絵の具……?」


 薄くかかった雲から赤い絵の具が降り注ぐ。

 バケツをひっくり返したように止む気配もなく、月は楽しそうに迷宮へ降る赤い雨を見届ける。


 これは、あのウサギたちの絵の具だろうか。

 周りを見渡しても影も形も無いウサギたちはいったいどこへ?

 アリスさんから離れて何十何百匹見かけたけれど、いったい彼らはどこへいったのだろうか。


 ううん。

 考えるまでも無いよね。


『まさか、あのウサギの大群を全滅させたメアか』

『正解だよぬいぐるみ。アリス一人では時間がかかるけれど、私といればほらこの通り』


 赤い月が大口を開いて、口に含んだものをだらしなく垂らしていく。

 月の三分の一は埋まる液体は、表面を伝って無造作に流れ落ちている。


 いったい何体のウサギを倒せばあの量になるのか。

 気持ち悪さがこみあげてきて、もう数なんて想像できない。


『さぁ、ナデカ。死ぬ・・にはいい日だよ』

「――……ッ! メア、逃げるよ!」


 メアの返事を待たずに反対側へと地面を蹴る。


 策なんてない。

 本能的にこの場から逃げたくなって、少しでも遠くに行きたくなった。


 それだけでもモルフェスが応えてくれて、空と迷宮を駆け巡る。

 それなのに。

 音を超える速さで空を走っていても、悪夢ナイトメアの世界は無情にも逃げることを許してくれない。


 いつまで経っても、猫の仮面は見えたまま。


『私のお膳立てはここまでだよ、アリス。――いや、アイカ・・・


 音の速さを超えているのに、当然の如く猫の仮面が目の前に現れる。

 周りには青い花びらが舞っていて、わたしはこれを知っている。


 何度も使ってきた、空間を飛び越える技。

 メアが言っていた世界に干渉するパンタスの力で、わたしが使っているところをアリスさんに見せた覚えはない。


「ねぇ、撫花なでか。昔の事、どれくらい覚えてる?」

「昔の事……?」


 剣で斬りつけては地面に落として、わたしの足を止めるアリスさんは一歩一歩近づいてくる。

 地面ではなくて、空に青い波紋を浮かべて。


 これも知っている。

 さっきからわたしが使っている空を跳ぶ方法で、わたしよりも何倍も使いこなしている。


「私の世界で、ずっとずっと一緒に遊んだこと。ナイトメアに無茶を言ってはきられて、撫花なでかは気の済んだ私を引き留めて、私以上に不器用だった貴女は何かあっては泣いて」


 私の知らない、私の思い出。

 あの時に見た遠い記憶の断片。


 すぐそこまで猫の仮面をかぶった死神が迫っているのに、どうしても聞きたくて立ち上がれない。


「忘れたんだ。私の両親が悪夢になって、アイツに貴女がさらわれた事も」

『待つメア。ナデカがさらわれたって、アイツって誰メア!』

「それに、アリスさんの両親が悪夢になったって……」


 それって、わたしの本当の両親は悪夢になったって事?


「……こんな事、忘れていた方が良かったのに」


 剣を強く握るアリスさんから、淡く青い粒子が漏れ出る。

 もうアリスさんの声からは、今までの冷たい印象は消えていた。


 今聞こえてくるのは、奥歯を噛みしめる悲しい泣き声。


「教えるよ、全部。楽しいことも辛いことも」


 大剣の側面にあるスペードのパネルが押し出されて、クローバーのカードが一枚投入される。

 見ているわたしも悲しくなるぐらいに、青い光が剣を包み込む。


「だからもう夢には来ないで。――私の一番大切な、悪夢の妹」


 剣の動きが見えなかった。

 青い光だけがわたしの体を横切って、アリスさんの想いが押し寄せてくる。


 斬れてはいない、痛くも無い。

 でも胸の奥が苦しくて苦しくて、張り裂けるくらいに痛い。


『ナデカが悪夢とか適当なこと言うなメア!』

『適当? 何のことだかさっぱりだ。証明が欲しいなら簡単簡単』


 胸を抑えるわたしを他所に、ナイトメアは口を開きだす。


 わたしが悪夢である証明なんて、できる訳ない。


『さっき二人の波長で招待状を送ったって言っただろう。ナデカが悪夢だから、これだけの悪夢が湧いたのさ』

『そんなのアリスが悪夢でも同じメア』

『いやいやアリスじゃ無理さ。だってそうだろう? 破滅が目に見えてる復讐鬼ふくしゅうきより、健気に歩む光の少女に惹かれるのは当然』


 歯を食いしばって立ち上がった所に、二回目の剣が振るわれて吹き飛ばされる。

 今度は胸以上に頭が痛み始める。


 濁流のように流れてくる灰色の記憶。

 何となくわたしの記憶だと分かるのに、実感が無くて他人の記憶を覗いている感じが気持ち悪い。


 常に早送りの画質の悪い動画。

 そんな感じの映像が、順番も考えずにただ流れていく。

 中には本当のお父さんとお母さんを見れたのに、記憶ではわたしに笑いかけてくれているのに。

 どうしても、わたしではない人に向けられたものだと思ってしまう。


撫花なでか、貴女自身が思い出しなさい。それが唯一絶対の証明だから」


 アリスさんの手元に、花が一輪作られる。

 赤紫と白の、小さな花。

 撫子ではない、もっと違う別の花。


 ――蓮華草レンゲソウ


 あの青い世界でいつも咲いていた、わたしの、大切な花。

 初めてお姉ちゃんに会った時に、手渡された大好きな花。


「……メア、ごめんね」

『ナデカ、違うメアよね。ナデカはぼうっとしていて平然と無茶する女の子メア。メアと同じドッペルな訳ないメア』


 ずるいよ、お姉ちゃん・・・・・

 初めて会った日の思い出を持ち出すなんて。


「ごめんね、メア。わたしドッペルみたい。全部思い出した訳じゃないけど、これだけはハッキリ思い出したの」


 直接お姉ちゃんの姿を真似した所は思い出せていない。

 でも、人間だとしたら間違いなくおかしい記憶が残っている。


「気が付いたらお姉ちゃんの夢の世界にいたの。それって、おかしいでしょう」


 両親の記憶がある。

 現実のどこにいたのか、何をしていて、どうして夢の世界を知っているのか。


 朧気おぼろげでも覚えている。

 だけど人間として、その後が致命的。


 そう。

 現実それまでのことが夢のようで、はっきりと意識したのが夢の世界だなんて。

 夢に生きる悪夢以外に有り得ない。


『ナデカ、しっかり考えるメア。ナデカがドッペルなら何で現実にいるメア』

『そんなの、試した奴がいるってだけだよ。中途半端に人間をコピーした悪夢を作って、悪夢としての自我を持ったまま人間にするって実験をね』

『そんなの嘘メア!』

「……嘘じゃないよ。メアも初めて目が覚めた時は、どうだったの?」


 言葉が詰まり、だけど返事はすぐに帰って来た。


『気が付いたら、あの人が目の前にいたメア』

「それと同じ。わたしも気が付いたらお姉ちゃんが目の前にいた」


 ほら同じだよと笑いながら立ち上がる。

 まだ頭は痛いし、心臓もドクドク言っている。

 ずっと思い出したくない記憶が渦巻いていて、今すぐにでも胸に抑えている感情を吐き出したい。


「――アリスさん」


 今この時だけは、昔の呼び方をするのを止めよう。

 このままだと元にも戻れないし、前にも進めない。


 わたしたちはオネロスなんだから、想いを伝える力モルフェスを使って打ち明かそうよ。

 アリスさんの気持ちばかりを受け取っていられない。

 わたしも伝えたいよ、知りたいよ。


 全身全霊過去も今も未来も、昔みたいに笑って話して、隠し事一切なし。


 そうだよ、昔もそうしてたよね。

 お姉ちゃん。


「わたし、意地でも夢の世界に来て見せます。だってここでしか会えない人もいるから」


 わたしは拳を握って、アリスさんは剣を握る。


 赤と青、白と黒、空と海。

 目の前にいるのは、合わせ鏡の先の先。


 たった一人の少女を映した、二枚の鏡わたしたち


「だから、アリスさんの言う事は聞けません」

「……そうよね。私の妹なら、そう言うと思った」


 迷宮の世界に赤と青の花びらが舞う。

 二人分の干渉が世界にひびを入れ、赤い月を残して足場が崩壊する。


 青い光をまとった大剣が振るわれるのが見える。

 元々避けるつもりは無いけれど、ただ当たる姿をアリスさんには見せたくない。

 少しは強くなったって、前に進めているんだって、伝えたいから。


 迫る攻撃が懐かしく感じて、つい彼を思い出す。

 花より団子のお菓子の人を。


『ナデカ、せめて今回ぐらいは避けるメア!』

「ごめんね、メア。それは無理な相談だよ」


 崩れる足場なんてお構いなしにアリスさんは大剣を振るう姿は、様になっていた。

 わたしも必死に練習すればあんな風になれるのかなと、淡い期待を胸に世界へ働きかける。


 わたしがすることなんてアリスさんにはお見通しだろうから、メアに教えて貰ったモルフェスの基本を思い出す。


 ――意思の強さ、気合と根性。


『ッ! ……ああ糞が。アイカいい加減にしろ。ナデカの攻撃わざとこっちに回してるだろ』

「殴ったのは撫花なでか。私に言われても困る」


 わたしの空間跳躍に合わせたのか、予想よりも振りが早くて横腹を斬られる。

 わたしの拳もアリスさんの顔に当たるも、仮面部分だったからナイトメアに痛みが走ったみたいだ。


 そのまま弾かれるように別れる。

 崩れた迷宮は浮かぶ足場になり、月から押し出されるように迷宮の破片が散らばっていく。

 わたしたちは別々の足場に乗っかるけれど、このまま離れ離れになるつもりは無かった。


 世界に働きかけて、世界の大きさを縮めていく。

 月から全てが弾かれるとしても、弾かれた分の空間を削れば大した距離にはならない。

 空間に作用するパンタスはすぐに効果が現れて、足場は行っては戻されてを繰り返す。


「まだ、足りない」


 足場を蹴って音を超える。

 それだけではダメなのは分かっているから、さらに拳に力をこめる。


 世界にばら撒かれた花びらを集めては、それをモルフェスで無理矢理圧縮する。

 紙を文字で凝縮していた、テンシさんのように。

 花びらという紙に、想いという文字をかき集める。


 突き出した拳はひらりと避けられ、背中へと剣を振り下ろされるけど、足場に当たった拳から今までに見たことも無い桃色の光が溢れて、アリスさんの邪魔をする。


 溶けていく足場。

 別の足場へと空間を跳んで移動するアリスさんに追い付くため、体を振るって宙を蹴る。


「まだっ……もっと……!」


 拳だけじゃなく、体全体に花びらの光を与えていく。

 距離を取っては、音速で迫るわたしを簡単に切り払って攻撃してくるアリスさんに、依然拳は届かない。


 散った足場をピンボールのように跳ねては追いかけて、時には足場ごと殴っても捉えられない。


 ウートさんみたいに柔軟な動きはできないから、わたしのできることはただ一つ。

 スカイの時と同じ、光を越える勢いで速くなるだけ。


「もっと…………!」


 青い花びらさえも巻き込んで、自分の力へと変えていく。

 赤と青が混ざっても構わない。


 むしろ混ざっている方がわたしらしい。


 そんなわたしの拳は、なぜか立ち止まったアリスさんの顔へ吸い込まれる。

 衝撃で仮面が外れ、暗色の空へとトランプとして消えていく。


『アイカ、何の真似だい』

「もういいよナイトメア。貴方がいると気が散るから、どっか行って」

『ったく詰まらないな。ならさっさと最後のピースきがかり、嵌めちゃいなよ』


 仮面の下は、冷たい眼差しのわたし。

 藍色の瞳が、鈍く赤目のわたしを映し出す。


「ねぇ、撫花なでか。本当に貴女が私に勝てると思ってる?」

「思ってない。でも、負ける気も無い」


 視界の端でダイヤのトランプが燃え尽きるのが見える。

 左手はクラブのカードを手にして、大剣へと装填していく。


 あっという間にお互いの息が白くなり、わたしの体の熱を奪っていく。


「負けない、ね。――それだけじゃ駄目なんだよ」


 わたしの出した赤い花びらも、自分の青い花びらも。

 区別なく凍らせてアリスさんはわたしの体に剣を振るう。


「家族を奪ったアイツを殺す為に、夢の世界で何百何千日も引き延ばして練習して、それでやっとこの程度」


 もう全身から青い光が溢れ出しているけど、アリスさんに向けて拳を突き出す。

 速さだけじゃ当たらない、前に進むたびに傷がつく。


 何度も何度も、アリスさんの想いが剣から伝わってくる。


全然足りないの・・・・・・・。何もかも。どれだけ血に染まっても、悪夢を滅ぼせない。どれだけ嘘を重ねても、大切な人は戻ってこない。どれだけ心を消そうとしても――」


 けっして冷たくない、痛くて辛い憎悪の想い。


 誰かへの復讐ふくしゅうと、悪夢を全て消し去る事。

 それがアリスさんの望みで、本心で、それをどうしようもなくアリスさん自身が嫌っていること。

 それと同じぐらいに伝わってくる想いが、わたしの足を重くする。


なでかがいるから無くならない!」


 自分が嫌いで他人も嫌い。

 唯一好きなのは、家族だけ。


 だから悪夢に関わらず、アリスさんのことを忘れて幸せになって欲しい。

 新しい家族と、友達と、優しいどこかの誰かと。

 泣いて笑って、悪意から離れた世界にちじょうにいて欲しい。


 わたしを苦しめる悪夢は全て、自分と一緒にいなくなればいい。


「そんなのっ……」


 握った拳を解いていく。

 これは速いと届かない、力を込めて伝える物じゃない。

 最初は姉妹喧嘩のつもりだったけど、口でも体でも勝てる気は今でもしない。


 ハートがあるから復讐ふくしゅうができない何て、言わないで。

 わたしたちは嘘が下手なんだから、自分も他人も気づいちゃうよ。

 一人じゃ辛いから、二人で手を繋ぐのがわたしたちだよね。


 言いたいことが多すぎて、まとまらなくて。

 だからこの想いを精一杯伝えよう。


「――……撫花なでか?」

『ナデカ、何をやってるメア!』


 アリスさんの大剣がわたしの体を貫く。

 熱い心に反して体は凍てつき、一歩引いて体を支えようとしたけれど、剣が離されて膝を着く。

 横へ倒れそうになったところを、慌てて駆け付けたアリスさんに抱きしめられる。


「何で……」

「んー、やっぱりアリスさんには勝てないなって。でも」


 体に刺さった剣が邪魔だけど、アリスさんの顔を見上げて笑ってみせる。

 苦虫を噛んだような顔には覚えがあって、きっとテンシさんの時も同じ顔をしていたのかな。


お姉ちゃんわたしには、ほら。こうすれば良いのかなって」


 暗色の世界に凍った赤と青の花びらが降り注ぐ。

 それは記憶にある青い世界で風が吹いた時と似ていて、あの頃はもう過ぎ去ったことを実感する。


 もう体も心も、記憶すらグチャグチャで。

 流れ込んでくるアリスの殺意つめたさと、お姉ちゃんの優しさぬくもりが。

 これでもかと、心の旋律に合わせて伝わってくる。


「馬鹿。これで死んじゃったらどうするの」

「馬鹿なのはどっちもだよ。お姉ちゃんの妹が、わたしのお姉ちゃんが。この程度で諦めると思ってるの?」

「それとこれとは……。ああもう、本当昔から私の言う事を聞かない」

「我がままだけは、お姉ちゃんに勝てたからね」


 ゆっくりと刺さった大剣が青い光へ還っていく。

 わたしもお姉ちゃんも傷を治す力が無いので、漏れ出る光が空へ昇るのを見届けるだけ。


「良いよ。今回は私が折れてあげる」

「やった。じゃあまずは――」


 ため息を吐くお姉ちゃんに、わたしは消えかけの剣を気にせず飛びつく。

 お姉ちゃんは抵抗しないし、むしろ頭を優しく撫でてくれる。


「これからも一緒に居て。もうどこかに行かないで。それに何もしていないドッペルには攻撃しないで。後は、えーと。オネロスも駄目だよ!」

「分かった。オネロスには攻撃しない。止めるようには言うけど」


 物言いは優しいのに、何か引っかかる言い方をお姉ちゃんはする。

 ナイトメアと一緒に居たせいなのか、わたしよりは悪だくみに慣れているみたいだ。


「他にはある?」

「他は、んーと。……あっ!」


 抱き着くのを止めてお姉ちゃんと向き合う。

 目をしっかりと見て、右手を差し出す。


「名前。八重咲撫花・・・・・に、貴女の名前を教えてください」


 名前も含めて、ある程度は思い出してはいる。

 でも、お姉ちゃんの妹としてではなく、オネロスとして名前を聞きたかった。


 アリスさんの本当の名前。


「――アイカ。有栖川ありすがわ藍花あいか。よろしくね、撫花なでか


 冷たい手がわたしの右手を包み込む。

 鏡写しで微笑んで、もう一度わたしはお姉ちゃんを抱きしめる。


『うわー駄目だったかー。まぁアイカの悪夢じゃこうなって当然か。エンプーサが殺せるなら何でもいいやもう』

『まだ何か企んでないメアよね、ナイトメア。お前がここで何もしないのはおかしいメア』

『どうだろうねー。有ったとしてもぬいぐるみに話す気は無いよ』


 二人の声が遠くなり、世界にひびが入っていく。

 硝子のように割れていって、元の病室が姿を現す。


 床で抱き合う形で戻って来たわたしとお姉ちゃんは、顔を見合わせては笑って、遠くなってしまった昔話を話していく。

 中途半端な悪夢と人間のお話を――

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