38.悪夢に憑かれた少女
赤い軌跡が笑いの絶えない月へと昇っていく。
舞い降りる花びらを背に、私は右手へカードを作り出す。
パンタスで作り出した特別なカード。
描かれた柄は、剣で貫かれた藍色のハート。
心に刃を突き立ててスペードとしているカードからは、瞬く間に暗色の炎が噴き出し腕を伝って全身を包んでいく。
そんな光景を意にも介さず飛び付くウサギたち。
「――……変身」
呟かれた言葉に私の身を焼く炎が霧散する。
目と鼻の先にいたウサギは熱で溶け、我先にと溶けた奴を乗り越えるウサギへ、私は手を伸ばす。
拳なんて握らない。
こいつらに伝える言葉なんて、持ち合わせていない。
向ける想いも、一つだけ。
「退いて」
触れたと同時に藍色の花びらが、相手の体へ巻き付くように舞う。
一枚一枚が燃料となり、
昔から、何百何千と相手にしてきたナイトメアの玩具。
例えそれぞれ元が違うとしても、この姿になったのだから結局は同じ。
悪夢の狂気に取り付かれた、ただ死ぬだけの
焼く前に命を散らして、飛び散った赤い絵の具がかかっても、だから何だとしか思わない。
皮膚にかかろうが服にかかろうが、触れた時点で送られてくる負の感情。
――痛い、苦しい、怖い、助けて。
弄られた自然体の悪夢が泣き叫んでいるから助けたい、なんて気持ちはもう捨てた。
私はお前らを滅ぼすって、あの日に誓ったから。
『良いのかな良いのかな。ナデカを先に行かせてさ。一緒に行った方が良かったんじゃない?』
「うるさいよナイトメア。貴方が言ったんでしょう」
ついた絵の具は青い粒子となって消えていく。
ポーチから取り出したスペードを私の身長程もある大剣に変えて、周りを埋め尽くすウサギと残骸を薙ぎ払う。
剣の腹には銃と同じスペードのパネルが取り付けられた実用的ではない玩具の大剣だけど、私のモルフェスが乗って血を吸い呪いを凝縮する魔剣へと変貌する。
そのまま空から聞こえてくるナイトメアの笑い声ごと月への道を青い剣閃で斬り払い、姿を現さないパートナーへ
「――私の
『そうさそうだよ、その通り。こんなにも
四方八方に赤い目を光らせるウサギが現れる。
永遠に出口の無い迷宮に敷き詰められた悪夢は、数えても切りがない。
何千か、何万か。
それでもこの世界にいる悪魔の半分にも届いていないだろう。
『正真正銘、
こうなるのが分かりきっていたから、
それに私は
今から始まるのは、あの子には一生見せてはいけない、無情で残酷な大量
特定個人を殺すために、障害となるもの全ての排除。
この
最後にアイツを殺せれば何でもいい。
結局同じことをしている私は、
「……嫌なくらい、同じだ」
玩具感覚で大剣を振るい、近寄るウサギを十数体
相手は心臓の音を聞き取って動くので、その場に留まっていても勝手にやって来る。
斬る度に跳ねる絵の具は、飽きもせず同じことを繰り返すのみ。
悲痛な泣き叫びが、頭の中に響いてくる。
あの日と同じで、違うのは自然発生か元人間かだけ。
『さてさて、アリス。本当に君はナデカと仲良くできると思っているのかい』
「どういう意味」
苦手な銃は使わない。
強力な悪夢には有効だけど、こういった細々とした相手には全身を使う武器の方がやり易い。
悪意以外は、猫の毛玉程しかない軽い言葉を吐き捨てる奴だから。
『だってエンプーサと同じことをしてるんだよ? 例えナデカが許しても、君自身が許すわけ――』
「……まれ」
尻尾を体験の柄尻へ繋げて、スペードのパネルを展開する。
ポーチから四枚のクローバーのカードを取り出して、まとめて装填しては力任せに剣を振るって反動でパネルを閉じる。
何度かの着火が起こり刀身には瞬く間に炎があがる。
花びらの形状をしている火の粉は、触れたウサギを容易に溶かしていく。
「これ以上あの子を巻き込む気なら、こいつらよりも先に貴方を殺す」
一閃と共に月を横切る青い炎は、対角線上に有った迷宮を藍色に染まる。
暗色へと変わる炎は、その場にいた何十体ものウサギを灰へと変えていく。
『おお怖い。でもでも私が手を出すまでもなく、関わってくるよあの子なら。だって、ねぇ。にゅふふふふ』
「……くっ」
含み笑いをするナイトメアの声への苛立ちを、ウサギへとぶつける。
憂さ晴らしにもならない斬撃は、確実に数を減らしていく。
何もかもが分かっていて、その上で他人に悪意をばらまく悪夢の猫。
分かっていても、あの子が絡むと熱を持ってしまう。
『だーかーらーさー。このパーティーは最適なんだよ』
いつもの悪夢の
録でもないことを思い付いては、誰彼構わず
『ナデカを二度と夢の世界に来させない為に』
悪意しかない笑い声は、私に最低な方法を囁いてくる。
もっとお互いに良くなる方法が有るはずなのに、私は心の隅でそれしかないのかなと、猫の手招きに引き寄せられていく。
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