28.砂漠の前夜

「アリスに会ったって……。あの夜合流できなかったと思ったら、またドッペルと会ってたのね」

「うん。しかも助けて貰っちゃった。もしかしたらもう優月ゆづきさんにも何もしないかも」

「どうだか」


 ここは優月ゆづきさんの世界。

 いつものお城の一室ではなく、城下町の建物にテラス付きのお店みたいな建物があったので、そこで優月ゆづきさんと一緒に作戦会議。


 世界の主は優月ゆづきさんだけど細かい所は把握していないらしく、本人も初めて知ったらしい。


「何ならアイツをぶつければ、二人の救出も楽になりそうだけど、そんな都合の良いことは無いわよね」

「わたしたちでやるしかないから、仕方ないよ」

「そうなったの、貴女のせいでしょう。プーケすら戦力にならないって、それでどうしろっていうの」

「えーと」


 わたしたちのできることははっきりしている。

 まずわたしは、正面から突っ込むことしかできない。

 優月ゆづきさんはあの眠気に耐えられるかだけど、それさえできれば色んな事ができる。


「正面突破、かな」

「考え無しね、知ってたわ。良いからソイツのこと洗いざらい教えなさい」


 あの時は眠っていた優月ゆづきさんに眠くなること、それに彼の見た目とかを伝える。

 世界の見た目は参考になるかは、いまいち分からない。


「……たぶん一定以上のモルフェスの力が無ければ、眠気に襲われるのね。略奪者って言われるぐらいだから、リングのことも含めて奪う対象は様々。戦闘スタイルは超接近戦として」


 色々と考えた結果、優月ゆづきさんは深くため息を吐く。


「――撫花なでかの上位互換って所かしら。世界からの影響を突破すれば、後はモルフェスの殴り合い。奪取能力が厄介だけど、そんな小手先の技を多用する奴じゃ無いわね、そいつ」

「なら優月ゆづきさんがメアたちを助けるのが一番かな」

「どうかしら。それだと私が起きれているかどうか、それで白黒はっきりしちゃうわ」


 わたしだけ起きていても、助けられる確率はそうとう低い。

 かといって確実に優月ゆづきさんが起きている可能性も、高いとは言えない。


 あの眠気は彼への挑戦権とも取れる。

 起きていたわたしが挑まなかったから攻撃されただけで、眠っていた他の人には目もくれなかった。

 眠ってしまえば安全とは言えるが、それではメアたちは助けられない。


 もしアリスさんにこの事を頼んだら、受けてくれるだろうか。

 出会った時にそれを思い付かなかったのが悔しい。


「……そうだ」

「何よ私の顔を見て。何を思い付いたの」


 席を立ち、優月ゆづきさんの後ろへ回る。


「ちょっとごめんね」

「髪? 貴女不器用なんだから下手なことはしないでよね」


 優月ゆづきさんの髪を一度と解どき、黄色のヘアゴムとは別に色違いのヘアゴムを作り出す。

 淡い桃色の、同じヘアゴム。

 それを使って、結った髪を一束から二束に変える。


「これ、どういうつもり」


 結った髪を前に移すと、優月ゆづきさんはバラついた髪を持って振り返る。

 出きり限り慎重にやったつもりだったけど、とても綺麗にできているとは言えない。


「その、ヘアゴムを見て元気を出してるって前に言ってたから。二つにしたら二倍元気になるんじゃないかなーって」


 失敗をごまかすようにわたしは笑う。

 そのつもりでやったことだけど、こうなったら言い訳臭くなってしなった。


優月ゆづきさん?」


 こっちを振り向いたまま、固まってしまった優月ゆづきさんの目元から、雫がこぼれる。

 心の赴くまま手を伸ばして拭うと、慌てて顔を逸らされてしまう。


「なる訳無いでしょう。こんな下手くそで」

「ごめん、やっぱり駄目だよね」


 わたしとは違い、慣れた手つきで髪を結い直しているけど、決してもう片方を外さず形を整えるだけ。

 崩れた髪型は瞬く間に戻されていく。


「――まぁ、やる気は出たわ。有り難う」


 小さな一言だけど、とても気持ちが熱くなる言葉。

 頬が緩むし、優月ゆづきさんを抱きしめたくなる。


 一度自分でも雫を拭った優月ゆづきさんは、わたしへ向き直る。


撫花なでか。十秒で良いからソイツを止めなさい。私、モルフェスは自信が無いから短期決戦で行くわよ。二人を助けたら速攻プーケの力で逃げる。それでいい?」

「もちろん!」


 念入りに作戦を考えそうな優月ゆづきさんがそう言ってくれたのだから、言われずともやり遂げる。

 あの銀色の鎧のことだから、パンタスを使った途端に妨害してくるだろうけれど、一回や二回なら耐えて見せる。


 十秒。

 たった十秒だ。

 それだけで、丸く収まるのならいくらでも立っていられる。


「こんなの作戦でも何でもない。だから貴女はひたすら敵を止める事だけに集中して。他は私とプーケに任せなさい。――良い? 振り向く必要はないから」

「……うん!」


 振り向かず、ザント=アルターを止める。

 何があっても振り向かない、それは信頼や信用と言えるのかは分からない。

 もし他に敵が現れたら?

 彼に仲間がいて、優月ゆづきさんが危ない目にあったら?


 その時は――

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