18.塗り重ねられた赤は何色?

 白と赤の盤上が広がる、曇りきった世界。

 曇天どんてんの空からしきりに降るチェスの駒は、自身をひょうと思っているのか軽い音を立てて落ちていく。

 それを追うトランプのカードは、木の葉として気ままに降りていく。


 明るく照らす太陽も、優しく包む月も。

 本来世界を見下ろす光は、陰り閉ざされている。


 点々と大地を焼き、灰を天へ捧げる暗色の炎は、何かの物体を起点に猛り燃える。

 虫だろうと、植物だろうと、動物だろうと。

 それが例え人間だとしても、生ける悪は一刻も早く燃え尽きろと。

 哀れみの欠片もない葬送が、無情にも放置されている。


『終わり終わり、これで終わり。歯応え無いね、ねぇアリス』


 あざける声は、この世界で唯一の人物に声をかける。

 藍色のエプロンドレスを身に纏い、盤上で燃え盛る暗色の炎たちから目を背けている藍の少女。


 アリスと、彼女のポベトルであるナイトメア。


 紙のドッペルとの相対で手にしていた銃すら持たず、何かを気にしているのか、雨でも恵みでも無い無機質な物を降らせる、灰色の雲を見つめている。


 手に取るのは、白のポーン。

 彼女の手に触れた途端、色は反転し女王へと変わっていく。

 更に周りに漂うトランプは、気味の悪いジョーカーばかり。


『ナデカの事が気になるのかい、アリス』


 アリスの全身から藍色の粒子が舞い、仮面も尻尾も消え去る。

 消えた服は薄水色の半袖パーカーに、紺の膝丈まであるスカートに変わる。

 覗く手足は細く、肌色も決して健康とは言えない。


 アリスはすぐにフードを被さり、その場で膝を抱え込む。

 数瞬見えた髪は、変身時と大差はなく服装だけが大きく変わってるようだ。


 周りで燃え盛る炎のこと何てどうでもいいと、顔を膝に埋める。


「だったら何で行かないのさ。そんな躊躇ためらい、らしくない」


 アリスの膝を伝い背中に乗り、頭の上でくつろぎ始める青紫の猫。

 品種としてはロシアンブルーに近く、品無くにやつく顔には黄緑の瞳がアリスを写す。


「今更何やっても無駄だよ無駄。もうあの時にパーツがまって歯車が動き出した」


 半液状の如く体を伸ばし、頭上からフードの下を覗きこむ猫――ナイトメア。


「止まらないし、止められない。止まる気もないでしょう。だったら」

「だったらも何もない。やる事は、昔から変わらない」


 待ちに待った返答に、ナイトメアの口が三日月状になり、口角が左右の頬の端まで裂ける。


 立ち止まることは許されない。

 そう悪魔と契約を成したのだから、誓いを完遂すると悪しき夢語りへ哭き叫べ。


「では行こう、我が飼い主よ。あかを、あかを、あかを。夢に満たして黒を喰らい、白で染まるその時まで」


 無口な主を代弁すべく、あの日掲げた宣誓せんせいを謳い上げる。

 血で満たせ、嘘にまみれろ、心を亡くせ。

 いつか夢見た光輝く世界にちじょうが、満天の大花を咲かせるその日まで。


 ――悪夢の花を摘み続けよう。

 この手は悪い花を無くす為に在るのだから。

 真紅の三日月を狂い曲げ、哀歌を奏でてわらい続けよう。

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