おぞましい提案

耐え難い現実に放心状態のルディアを気にする事なく、ロジャースはつらつらと言葉を述べる。


「ワシは亡国の由緒ある王家に連なりし高貴な身分であり、女王陛下も崩御されて一年が経ったため喪も明けておる。そなたは、今後はワシの伴侶として公爵夫人の座をくれてやろう。ワシ好みに躾直してやるから感謝するがよい」


 ロジャースの言葉に放心しているルディアを他所に、アリアーナは一気にテンションを上げてにこやかに微笑んだ。


「まぁっ……! お義父様はなんて慈悲深いのかしらっ! 身分だけで大した取り柄もなく、その上罪人の娘として連座されてもおかしくないお立場のルディア様を娶って差し上げるなんてっ! これ以上ない幸せですわ……ねぇ?」



 あまりの悍ましい展開に会場にいる貴族も引いているのがわかるが、所詮は他人事。

 次期皇帝とその父親を止められるものなど、ここにはいない。


「もちろん、そなたは皇帝となるルーベルトの誘いがあれば必ず受けねばならん。ハートナーの娘は心広き女性ゆえ、自分の地位さえ揺るがなければ、そなたの元へルーベルトが通っても一向に構わんと言っておるしな。ワシとせがれに跨り、毎夜許しを乞うがよい」


 アリアーナは、どこか勝ち誇ったようにルディアを睥睨しルーベルトに胸を押しつけながらしなだれかかっている。


 ルディアは生まれたその時から古の伝統を持つ公爵令嬢であり、将来は皇帝と共にこの国のために身を捧げる皇后となるべく教育されてきた。

 母親はルディアが幼い頃に儚くなってしまったが、尊敬出来る父親と素直で利発な弟に恵まれて、愛情込めて育ててもらったという自負がある。


 "貴族たるもの、常に気高くプライドを持ち、迫り来る困難に立ち向かうべきである"と、父親からの教えを忠実に守り育ってきたのだ。


 こんな扱いを受ける謂れはない。


「……ルーベルト殿下、カルカロス卿。私はこの国の民を守る皇后へ即位するために、この身を捧げてまいりました。そんな、ふしだらで意味のない婚姻を結ぶくらいならば、私は喜んで死を選びます」


 ルディアはワインが滴る中、見事なカーテシーをして拒絶を示した。

 まさか、あの穏やかな気性のルディアがここまではっきりと固辞してくるとは思っていなかったロジャースとルーベルトの顔は、見ていられないほど真っ赤に染まった。

 周囲からも、その一部始終を嘲笑うかのような含み笑いが聞こえる。


「くっ……生意気な……っ! 罪人の娘の分際で、少し情けをかけてやれば調子に乗りおってっ!! 不敬罪にて処罰したいところだが、早速躾が必要なようだな。死ぬより酷い目にあわせてやる。おいっ! この女を拘束しろっ!!」


 ロジャースとルーベルトの周りに控えていた近衛騎士が動き、その一人がルディアを拘束した。

 床へと無理やり平伏させられたルディアを嘲笑いながら、それまで父親の所業を傍観していたルーベルトはルディアを見下ろした。


「──ふんっ、いい様だなルディア。この僕を拒み続けた罰だ。……まぁ、その気位の高さも今となってはなかなかそそるな。死ぬより酷い目にあいたくなければ、精々僕と父上に媚び続けろ」


 ルディアなりにルーベルトに対して心を砕いてきたつもりだったが、結局何一つ伝わっていなかった事に深い絶望と虚無感が襲う。

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