恋は酔わないうちに(3)

 柔らかな音楽がなる個室に勇気はいた。心療内科の先生がいろいろな解決方法があるから、慌てないで治療しましょうと優しく語りかけ、笑顔を向けた。だが、勇気にはその笑顔が「期待に応えねば」というメッセージに聞こえてしまう。休暇を取って二週間が過ぎ、その間にカウンセリングも受けてきた。今日で三回目だ。酒は休暇を取った日から絶っており、そのせいか頭が少しボーッとしている。会話は作り笑顔で答えるだけで、何一つ気が抜けない。自分が自分でない感じだった。


「もし、何か好きなことや趣味があるならそれに時間を使ってみると良いです。ないのであれば何か見つける良い機会です」


 カウンセラーの提案に勇気は成る程と頷いた。時間はいくらでもあるのだ。退屈はしたくなかった。


 手始めに軽く運動をする事から始めた。規則正しい生活が大切なことは懇々と説明されたこともあるが、汗をかくことは嫌いではなかった。高校までは剣道をやっていたこともあり、ランニングや素振りなどの軽い運動をこなした。おかげで朝の目覚めも快適になり、健康的な顔色になった。


 次に手をつけたのが、ホープの相手だ。子猫の頃は手の掛かる猫で、行くとこ行くとこついてきた。オモチャを獲物と見立てては、投げてやると喜んで咥えて持ってくるのでよく遊んだ。最近は、あまり遊ぶ機会もなく、お互い自由行動といったところで、何となく慣れた恋人同士な感じだった。


 運動の後は、ホープと一緒に食事をした。ホープは晴れているときは、窓辺に行き日光浴をする。少し暑い日は、黒猫ゆえすぐにのぼせて陰で寝ていた。そんな様子を観察しているうちに勇気はホープの行動に興味を持ち始めた。ひとしきり遊ぶと食事をして昼寝。ホープと同じように行動する。結構、癖になりそうな生活だった。


 ホープの観察生活を続けるうちに、不思議な行動を発見した。夜に出て行くのだ。それも月水金と決まった曜日に出て行く。猫の集会でもあるのかと初めは考えていたが、どうもそうではないようだ。気がついたのは一週間前、もう着ることがないジャケットが物置部屋に転がっていたので片づけようとしたとき、カードの明細が何枚も出てきた。調べてみたら、きっちり月水金だ。しかもホープが出かけてからの時間帯に使用されている。場所は近所のコンビニがほとんどで、買っている物は猫缶に水に酒まであった。勇気自身もこの品なら買わないこともないが、コンビニで買い物することはあまりなかった。なので自分でないことは確信できる。


(ホープを尾行してみるか)

 

 そう思うと冒険心からワクワクしてきた。


 金曜の夜、いつもの時間に布団に入った。あくまで寝る振りである。子供のときに親に内緒で夜更かししたときの感じだ。ホープが布団から抜けて出て行くと玄関が開く音がした。(不思議だ)猫用の出入り口があるはずだった。

 勇気は素早く着替えると外に出た。この時間帯なら明細から推測すればコンビニに向かうはずだ。カードもないことは確認している。


(猫がどうやってカード使うんだよ?)


  勇気は、猫がカードを咥えて決済する姿に驚く店員の姿を想像して笑った。

 コンビニの入り口から中を眺めると客は数人いるのが確認できた。ホープの姿を探すが見あたらない。


(猫の姿のまま買い物するのか?)

 考えただけで馬鹿らしいことは分かる。となれば、人になる。それしか考えられない。今までの物的、状況証拠から考えられる答えはこれだ。合理的な判断だ。


 勇気は客の買う商品に注目した。いた! 猫缶に酒を買う男の客を見つけて頭で叫んだ。この時間に珍しい組み合わせだ。つまみにする品物じゃない。顔は見えないが雰囲気は二十歳前後というところか。よく見たら、見覚えのあるズボンをはいていた。勇気は、スマホを見る振りをして、動画を撮影した。男が出てきたところを、しっかり撮影した。声をかけようかとも考えたが証拠が無いことから後をつけることとしたが、角を曲がったところで男の姿は消えていた。尾行は終わった。暗く静かな空間で勇気は夢でも見ているかのように立ち尽くした。


 

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