第18話 堕ちて来いよ。最底辺まで。

「少し、痛い目を見ないと分からないみたいだね」


 統魔師モンスターマスターが手を天にかざし、フィンガースナップで小気味よい音を立てた。


「グルルルルラララァァァ‼」

「っ、タイダ」


 次の瞬間、ベランダの窓ガラスを突き破って四足の巨漢が押し入ってきた。


「コレット……コレッドォォォ‼」


 部屋の入り口側に統魔師モンスターマスターが立っていて、俺はその向かいに立っている。その斜め後方にはコレットとミラベルがいて、ベランダはまさに彼女たちの間近にある。


 まずい、この奇襲に対処するのは……


「【ウォータースライダー】」

「ぶべらっ⁉」


 突如、室内に大量の水が溢れて、襲い掛かった暴漢をベランダから外へと押し出した。

 この水魔法は、間違いない。


「ようやくお目覚めかよ、眠り姫」

「おかげさまで。最悪の目覚めね」


 コレットに受けた傷で意識混濁の状態にあったミラベルが、ちょうどいいタイミングで復帰してくれた。


「悔しいけど、統魔師モンスターマスターと渡り合えるとしたらそれは多分ジークだけ。あの巨漢は私が時間を稼いであげるから、あんたは目の前の相手に集中しなさい」

「だけど……」


 今のタイダは、簡単な相手じゃない。

 それは昨日、直接対峙した俺がよくわかっている。


「ミラベル様、私もともに戦います」

「へ?」

「あなただけに、いい格好は見せられませんので」


 コレットが、メイド服の裾からナイフを取り出してベランダの方を向いた。


「待て、コレット――」

「ジーク様。私はあなたの勝利を信じております」

「……っ」


 それから、コレットは一度だけ俺の方に振り返った。その瞳に揺らぎはなく、ただ穏やかな色を宿している。


 ――あなたは、私を信じてくださりますか?


 そう、問いかけられている気がした。

 戦場に赴く私を止めないでいてくれますかと、問われている気がした。


 彼女の求める答えはわかった。


「ああ、頼りにしているぞ」


 だから、俺はそう答えた。

 コレットは微笑むと、4階から地上に向かってフリーフォールを開始した。

 引っ張られたミラベルは悲鳴をあげながら落下していった。

 多分コレットはさぞ楽しそうな笑顔を浮かべているに違いない。


「よかったのかい? 彼女らにあれの相手を任せてしまって。あれはそう簡単には倒せないよ?」


 統魔師モンスターマスターが言う。

 人の心配している場合じゃないだろ。

 俺も、お前もな。


「その前に俺がお前を倒す。それでゲームセットだ」

「愚かさもここまで突き抜けていたら驚嘆に値するよね。何度でも言うよ。君ではボクに敵わない」

「そう思いたければそう思っているがいいさ」


 俺は一度、スライムの召喚を解除した。

 統魔師モンスターマスターの眉がピクリと動く。

 ははっ、なんだよ。

 口では無駄だと言っておきながら、はっきりと警戒してんじゃねえか。

 それじゃあ、期待に応えねえとな、今度こそ。


――――――――――――――――――――

【SUMMONS;レッサースライム】Lv64

――――――――――――――――――――

Activation

【Link;スキル】

 └【Port;2】―【Minus;虚弱体質】

  └【Port;2】―【Minus;虚弱体質】

   └【Skill;暴食】

――――――――――――――――――――


「行くぜ、最弱の魔物スライム。力を貸せよ」


 俺は一匹のスライムを召喚した。


「レッサースライム? スライムの中でも更に劣等種のスライムを出してどうするつもりだい?」

「すぐにわかるさ」


 【Skill;暴食】は捕食した獲物のスキルを低確率で入手できる代わりに、常時飢餓状態になるペナルティを背負ったアビリティだ。

 【Link;スキル】でスキルを共有している今、俺にも同等のペナルティが課せられている。


 本来なら【Link;スキル】を切った状態で扱うべきアビリティ。だが、それでもスキルを共有しなければいけない理由が俺にはあった。


――――――――――――――――――――

【SUMMONS;グラトニースライムA】

【SUMMONS;グラトニースライムB】

 Lv64

――――――――――――――――――――

Activation

【Link;スキル】

 └【Port;2】―【Minus;虚弱体質】

  └【Port;2】―【Minus;虚弱体質】

   └【Skill;暴食】


【Link;スキル】

 └【Port;2】―【Minus;虚弱体質】

  └【Port;2】―【Minus;虚弱体質】

   └【Skill;暴食】


Unique

【Skill;悪食】

――――――――――――――――――――


 召喚したスライムに、スライム召喚スキルを付与するためだ。


「そんなスライムを召喚して、どうするつもりだッ」


 統魔師モンスターマスターが目に見えて狼狽する。

 おいおい、いつもの余裕はどうした。


――――――――――――――――――――

【SUMMONS;ベルゼビュートスライムA】

【SUMMONS;ベルゼビュートスライムB】

【SUMMONS;ベルゼビュートスライムC】

【SUMMONS;ベルゼビュートスライムD】

【SUMMONS;ベルゼビュートスライムE】

【SUMMONS;ベルゼビュートスライムF】

【SUMMONS;ベルゼビュートスライムG】

 Lv64

――――――――――――――――――――

Activation

【Link;スキル】

 └【Port;2】―【Minus;虚弱体質】

  └【Port;2】―【Minus;虚弱体質】

   └【Skill;暴食】


【Link;スキル】

 └【Port;2】―【Minus;虚弱体質】

  └【Port;2】―【Minus;虚弱体質】

   └【Skill;暴食】



Unique

【Skill;坐食逸飽】

【Skill;蚕食鯨呑】

【Skill;廃寝忘食】

――――――――――――――――――――


 かまわず、スライムを再帰的に召喚する。


「やめ、ヤメロォッ‼」


 統魔師モンスターマスターが悲鳴を上げる。


「やっぱりな。お前は近くの魔物の能力を自在に扱えるが、能力の取捨選択はできない。俺と、同じでな」

「くそ、ふざけ、ふざけるなぁぁぁ!」


 だからバッドステータスである【Skill;虚弱体質】やペナルティのある【Skill;暴食】を意識してオフにできない。


「ははっ、ずいぶんと苦しそうだなぁ? 統魔師モンスターマスター


 苦しいのは俺も同じだけどな。


「堕ちて来いよ。最底辺まで。最弱を決めようぜ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る