第16話 君が、笑うまで、

「……ごめんコレット」


 俺は、すぐさまミラベルの回復に取り掛かった。


「【熾天使の祝福セラフィム・ブレシング】」


 アークエンジェルスライム4体と協力し、ミラベルの治癒に取り掛かる。切り裂かれた喉は見る見るうちに復元され、顔色に暖色が戻り、呼吸が穏やかなものに回復する。


「……ほら、やっぱりそうだ。ジーク様は、私なんかよりその女の方が大事なんだ」

「違う! コレットのことも大事だと思ってる」

「信じられませんよ、そんな空言。ジーク様。あなたに出会えたことが、私の一番の幸せでした。あなたを失ったことが、私の一番の不幸でした。さようなら」


 そう言って、コレットは自分の首をかき切った。

 何のためらいもなく、一息の間に。


 ぶしゅっと、鮮血が吹き上がる。


 刹那――


「【熾天使の祝福セラフィム・ブレシング】」


 コレットに回復魔法をかけた。

 引き裂かれた喉が、一瞬のうちに再生する。


「……は?」

「俺は、コレットを大事に思っている」

「……何を、いまさら。もう遅いんですよ! あなたはそこの女を選んだ! それがあなたの本心だ!」

「違う!」

「違わない!」


 怒声と共に、コレットは再び喉をかき切った。

 間髪入れずに【熾天使の祝福セラフィム・ブレシング】で蘇生する。


 コレットがたじろぐのがわかった。


「いいや違う。覚悟しろ、コレット。わからず屋のお前だろうと関係ねえ。お前がどれだけ死のうとしても、俺が絶対に死なせない」

「そんなの……意味がない! 私は、あなたの一番になれないなら生きている理由がわからない! 死なせて、もう嫌なの」

「この……バカメイドっ!」


 聞く耳も持たず、自害しようとするコレット。

 そのナイフの刃をつかみ取り、今度は阻止する。


「あ……あぁ、ジーク様、手が、血が」

「コレット、よく聞け」


 コレットの持っているナイフが、いくら切り裂くことに特化しているとはいえ、握れば当然皮は切れる。肉も割かれる。だけど、それでは骨を断つには至らない。

 俺がいる限り、お前は死ねないんだよ。


「どうでもいいやつのために、こんな必死になるわけがないだろ!」

「……っ」

「どっちも大事だ。コレットにもミラベルにも、俺は死んでほしくない。どちらにも生きていてほしいと思ってる!」

「そんなの、傲慢だ!」

「ああそうだ。だから俺は俺のわがままを押し通す。ミラベルも、お前も、俺の勝手で死なせない!」

「そんな、そんなの……」


 コレットは力なく首をふるふると横に振る。

 及び腰になって、その場から離れようとする。

 だけどナイフは決して手放さない。

 そしてそのナイフは、俺が掴んで放さない。


「無理ですよ……、もう、この醜い内心をジーク様に晒してしまった。もうそばにはいられません」

「コレット」

「嫌です。聞きたくありません! お願いです! もう十分です! 罪は私が自分で裁きますから、これ以上私を――」

「今まで、ごめんな」

「……は?」


 ナイフを握った手を、ぐいっと引き寄せる。

 つられてコレットが俺の胸に飛び込む形となり、もう一方の手で抱きしめる。


「ずっとそばにいてくれたのに、俺はお前が苦しんでること、気づきもしなかった」

「な、何を」

「秘密を抱えて、辛かったよな。ずっと、苦しかったよな。気づいてやれなくて、ごめん。ごめんなぁ」

「どうして、どうして、ジーク様が、泣いているんですか」


 俺も、辛かったから。

 天職が『スライム召喚士サモナー』だと判明して、父のような剣聖になれないと知って、周りの期待に応えられないと知って、全部を失ったような気がした。


 諦めた。諦めたんだよ。

 剣聖になることを、俺はあの日諦めたんだ。


 だけど、コレットは違う。

 天職が判明しても、メイドをやめなかった。

 秘密を抱えてずっとそばにいてくれた。


 コレットは、俺と比べ物にならないくらい強い。


 だからこそ、その支えになれなくて。

 ごめん。ごめんな。


「コレット」

「……なんでしょうか」

「秘密を打ち明けてくれて、ありがとう。ずっと、そばにいてくれるか?」

「……ジーク様は、ずるいです。そんな聞かれ方をして、断れるわけ、ないじゃないですか」

「ありがとう。ありがとうな、コレット」


 もう一度、やり直そう。

 ここから、何度でも。


 大丈夫、俺はさ、やり直すのが得意なんだ。


「ふぅん。そういう感じになるのか。ま、別にいいけどね」

統魔師モンスターマスター。いつからそこに」

「やだなあ。つい今しがただよ、到着したのはね。もっとも、話の全容はきちんと把握しているけどね」

「えっち」

「えっち⁉」


 日本でテメエみたいな覗き魔をなんて呼ぶか教えてやろうか。変態っていうんだよ。覚えておけ。


「さて、スライム召喚士サモナーよ。君も見ただろう? これが『天職』が全てを定める世界のほころびだ。そこの彼女のような人たちが、世界中いたるところに存在している」


 ああ、そうだろうな。そうだろうさ。


「だから、作り変えようよ。ボクと君の手で。この腐敗した世界を一度ぶち壊すんだ。だから、ね?」


 統魔師モンスターマスターが、こちらに手を差し伸べる。


「ボクの手を取ってよ。スライム召喚士サモナー


 ああ。俺の答えも、決まったよ。

 耳の穴かっぽじって、よく聞きやがれ。

 いいか?


「お断りだ。ばーか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る