第11話 Scrap and Build.

 手を組まないか、だと。

 何を考えている。


「そう警戒しなくてもいいさ。言っただろう? ボクは近くにいる魔物の能力を自在に扱える。君は任意の能力を持つスライムを召喚できる」

「……俺たちが組めば、敵無しってか」

「そういうこと。どう――」

「断る」

「――ふぅん? 一応、理由を聞かせてもらってもいいかい?」


 にらみ合い、互いに間合いを保った状態で言葉を交わす。


「殺人鬼と仲良くするつもりはない」

「あっはは!」

「何がおかしい」

「あっはっは。いや、気にしないでくれていいさ。そうだなぁ、質問を変えようか」


 なんだろう。

 少し違和感があったような。


 だけど、何が?


「君はさ、この世界を生きづらいと思ったことは無いかい?」


 いや、今は目の前の状況をどうするかを考えよう。


「『天職』が女神の祝福? それは恵まれた『天職』を授かった奴だから言えるんだろ」

「グギャァ」

「ボクはさ、そういう奴が嫌いなんだよ。大した努力もしてこなかったくせに、たった一度の幸運で成り上がるような奴が」

「グギガッ、グゴッ。グブゴッ」

「あはは! もっと泣きわめけよ」


 統魔師モンスターマスターが乱雑にタイダを踏みにじる。恨みつらみを吐きこぼす。まるで世界そのものを呪うように、呪詛を唱えるように。

 感情が読み取りづらい?

 とんだ勘違いだった。


「君も、そうだったんだろう?」


 ……わかりたくない。

 こんなやつと同じだなんて思いたくない。

 だけど、俺は、俺は……。


 こいつの気持ちが、痛いほどわかる。


『……貴様には、ほとほとあきれ果てた』


 剣聖の父は、『スライム召喚士サモナー』を授かった俺をすぐさま見限った。


『ぷっ、スライムを召喚するだけだってさ!』

『あははは! これはとんだ笑い話だ!』

『なぁんだ。すごい天職を授かるようなら恋人になってあげようかと思ったのに、期待して損した』


 父だけじゃない。

 周りの奴らだってそうだ。


 これまでどう生きてきたかなんて関係ない。

 これからどう生きていくかなんて関係ない。


 天職天啓の儀で授けられた『天職』に一生とりつかれ、生きていくしか俺たちにはできない。


(こいつも、そうだったんじゃないだろうか)


 統魔師モンスターマスター

 俺が知っているのは、こいつが統魔師モンスターマスターとして恐れられるようになってからのことだけだ。

 それだって、俺はほんの少ししか知らない。

 ましてこいつが『天職』を授かる前のことなど、わかるはずも無いのだ。


(こいつも、『天職』で人生を狂わされた被害者の一人なんじゃ――)


「……ク、ジークッ‼」

「っ」


 ぐるりと、世界が捻転した気がした。

 ほどなくして歪曲が止むと、ふたつの目が俺を覗き込んでいる。

 誰の目だ?


「……ミラベル?」

「なに統魔師モンスターマスターの口車に乗せられそうになっているのよ! しっかりしなさい!」


 うすら寒いものが、胃の底から湧き上がってくる。


 なんだ、今の感覚は。

 精神攻撃でも受けていたのか?

 いや、だけど今のは、植え付けられた感情なんかじゃなかった気がする。


「ジークはあんたとは違う!」

「ボクはさ、今彼と話してるんだよ。邪魔しないでくれるかな」


 統魔師モンスターマスターは袖口から黒いはこを取り出し、乱雑に放り投げた。

 地面にぶつかったそばから匣の口が開かれ、中から瘴気があふれ出す。


 そして、そこには――


「なっ⁉ エルダートレント⁉ どういうこと⁉」


 巨大な樹木の化け物が生まれ落ちていた。


「ボクは魔物をこのひつぎに封印して持ち歩けるのさ。そのうちの封印のひとつを解除してあげた。締め上げろ、エルダートレント」

「きゃあっ⁉ ジーク‼」


 エルダートレントの枝が伸び、ミラベルの四肢を絡めとる。だけではない。ミラベルの利き手である右手はひときわ強く締め上げられていて、その手から杖がこぼれてしまう。

 まずい……っ。


「ミラベル――」

「おっと、君はその場を動かないでくれるかな。なに、ボクが望むのは対話だけだ。おとなしくしているなら命までは取りやしないさ」

「……お前は、何を企てている」


 タイダという無限再生の脅威。

 底知れない実力を誇る統魔師モンスターマスター

 魔物の中でも上位種とされ、水属性の魔法に対する完全耐性をもつエルダートレント。

 そしてとらわれたミラベル。


 状況は最悪だ。

 こいつが対話という手段を取ってくれている間は時間を稼ぐんだ。そして稼いだ時間で、現状を打破する算段を組み立てて――


「ボクの望みはひとつ。『天職』が全てを決める世界構造を破壊し、新たなる秩序の再構築する」

「な……っ、そんなこと、できるわけ」


 ――思考が、停止する。


「できるさ、君とボクが手を組めば。『天職』による優劣を、差別を完全に消滅させられる」

「いったい、どうやって――」

「こいつと戦ってみてどうだった」

「は?」

「ここにいる『剣神』だよ。おかしいとは思わなかったかい? 不自然な再生能力、人体構造さえ組み替える適応力。疑問に思わなかったかい?」


 疑問に思わなかったわけじゃない。

 だけど、考えたところで答えなんて出やしない。


「ボクはね、魔物の能力を自分のものにするだけじゃなく、誰かに付与することもできるんだ」


 迷宮入りすると思っていた謎は、あっけなく本人によって開示されてしまった。

 固唾をのむ。

 ……それが、本当なら。


「なあ、スライム召喚士サモナー。一体どれだけの人が、望んだ職に就けずに悩んでいると思う? 剣の才能があれば、魔法の才能があれば、商人の才能があれば、職人の才能があれば。そう悩んでいる人がどれだけいると思う?」


 俺のスライムが持つElementは、レベルが上がるたびに種類を増やし続けている。今やその種類は多岐にわたる。


 ソードスライムは剣の才能。

 メイジスライムは魔法の才能。

 ゴールデンスライムは商才。

 クラフトスライムは創作の才能。

 それぞれがそれぞれの才能を持っている。


 もしそれらの才能を、自由に付与できたなら。


「言っただろう? ボクと君なら、この腐った世界構造を変えられる。変えられるんだよ」


 もう二度と、苦しい思いをする人を生み出さずに済むのではないだろうか。


「さあ、もう一度聞かせてもらおうか。スライム召喚士サモナー


 ――ボクと手を組む気は無いかい?


 統魔師モンスターマスターの口が動くのを、俺は見ていることしかできなかった。

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