2章 統魔師

第1話 お姉さまばっかりずるいですわ!【メイドのコレット】

「ずるいずるい! お姉さまばっかりずるいですわ!」


 また始まった。

 妹の癇癪だ。私は聞こえないフリをした。


「お姉さま! 聞いているの⁉」


 いっそう怒気を言葉に込めて、妹が言う。

 聞こえなかったのではなく、相手にしていないだけだとどうして気づかないのでしょう。

 泣き言を言いたいのはこっちなのに。


「お姉さまばっかりずるい! 私もウィッシュアート家に仕えるメイドになりたいわ‼」


 平時なら、相手にしなかったでしょう。

 ですが言い訳をするならば、ここ数日のウィッシュアート家での私の待遇は最悪の一言に尽き、鬱憤が溜まっていたのです。


 売り言葉に、買い言葉。


「ねえ、ルーナ。それなら――」



 私――コレットはウィッシュアート家に仕えるにメイドです。ウィッシュアート家と言えば、剣聖ザシオン様を輩出した名家です。


 そんな名家に私が雇われることになったのは、ただの慣習でした。

 私の家系は当時、2代に渡りウィッシュアート家に仕えていたのです。


 ですから、私にも同じこと――すなわちウィッシュアート家に仕えることが期待されていたのです。


 ジーク様が生まれた時、私は5歳。

 母から、「コレット、あなたはこれから生まれるザシオン様の子供にお仕えするのだよ」と言われるのが嫌で嫌で仕方ありませんでした。


(私の人生は、生まれた時から決まっていたの? そんなの、嫌だ!)


 自分の生き方くらい、自分で決めたかった。

 5つも年下の子供の顔色をうかがって生きていくしかないなんてあんまりだ。

 当時は自分が何を嫌がっていたのか言葉にできませんでしたが、今思えばそんな理由だったと思います。


 まあ、そんな思い、一瞬で吹き飛んだのですが。


「コレット。ジーク様よ。寝ていらっしゃるから起こさないようにね?」


 ……ひとめぼれ、というらしいです。

 生まれたばかりのジーク様の寝顔は愛くるしく、母の静止がなければ抱きしめていたかもしれません。


「お母さま。私、立派なメイドになって見せます。ジーク様のおそばに仕えられる、立派なメイドに!」



 そう。

 私は別に、ウィッシュアート家のメイドになりたかったわけじゃなかった。

 ただただ、ジーク様のそばにいられれば良かったのです。


 ――けれど。


『ジーク殿。あなたの天職は――『スライム召喚士サモナー』です』


 今からひと月と少し前。

 ジーク様がいよいよ天職を授かる、そんな折。

 私の全てが狂いました。


『……貴様には、ほとほとあきれ果てた』

『黙れ! スライムしか召喚できない貴様に何ができるッ‼』

『もはや貴様に父と呼ばれる筋合いはない! 早々に目の前から消え失せろ!』


 ただ、女神さまからの祝福を得られなかった。

 それだけのことで、ザシオン様はジーク様を追放してしまったのです。


(どうして? なんで?)


 私はただ、ジーク様のそばにいたかっただけなのに。

 それが、どうして離れ離れにされなければいけないの?


「おい! 聞いているのか!」

「ええ、もちろんです」

「返事をするときはタイダ様と呼べと言ったはずだぞ!」

「……申し訳ございません。タイダ様」

「ふん! 不出来なメイドだな! お前みたいなダメな奴をそば仕えとしてやってる僕に感謝するんだな!」

「ありがとう、ございます、タイダ様」


 私に声をかけてきたのは、ジーク様と入れ替わるように養子としてウィッシュアート家に迎え入れられたデブ。名前をタイダという。


 わけが分からない。

 どうしてこんな奴に仕えなければいけないのでしょう。私の仕えるべき主人はただ一人、ジーク様だけだというのに。


 いっそ殺してしまおうか。

 そうしてしまおうか。


(ううん。いつかジーク様にあった時、胸を張っていられるようにするんだ)


 湧き出た殺人衝動を押さえつける。

 もとより、私の中での一番の欲求は「ジーク様のそばにいること」なのだ。

 それ以外の衝動は、全て「ジーク様のため」なら押さえつけられる。

 どんな屈辱も耐えられる。


 ……そんな折のことでした。


 いつもの、妹の癇癪が起きたのは。




「ずるいずるい! お姉さまばっかりずるいですわ!」


 タイダの不等な要求に耐え、精神的に参りながら家に帰った私に妹が詰め寄りました。

 またいつもの癇癪です。

 相手をするだけ不毛です。


「お姉さま! 聞いているの⁉」


 いっそう怒気を言葉に込めて、妹が言う。

 聞こえなかったのではなく、相手にしていないだけだとどうして気づかないのでしょう。

 泣き言を言いたいのはこっちなのに。


「お姉さまばっかりずるい! 私もウィッシュアート家に仕えるメイドになりたいわ‼」


 ぷつん、と。

 頭のどこかで何かが切れる音がしました。


(ずるい? あんなデブにかしづき、顔色を窺わないといけない生き方が、ずるい?)


 ふつふつと何かが沸き上がる。

 ジーク様がいなくなってから、ずっとずっと、腹の奥底に隠し続けてきた感情だ。


(ふざけないでよ! こっちの気も知らないで!)


 売り言葉に、買い言葉。

 私は内に秘めた怒りをおくびも出さず、営業スマイルを張り付けた。


「ねえ、ルーナ。それなら、取り換えっこしてみない?」

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