神様と女神④
「神村さん、凪沙ちゃんが元女神だったこと知ってたんですか?」
「うん、知ってたよ。めちゃくちゃ「優しい女神」だったから、特に目立っていたからね。天界でも何度か見かけてたし。まぁ、向こうは私のことなんて知らなかっただろうけど。逆に、神山くんは知らなかったのかい?」
お、おかしいな……。そんなに目立ってたなら俺にも情報くらい入っててもいいのに……。
……あっ。よく考えたら聞いたことあるじゃないか……。神村さんが退神し、神楽が入神してくる少し前に。
あれ凪沙ちゃんのことだったのか……。
「それで、どうするつもりなんだい? 神山くんは天界に戻りたいんだろう? 凪沙ちゃんを証人として天界に連れていけば、神楽くんに勝てるのは明らかなんだ。簡単な話ではないか」
「しかし、凪沙ちゃんはこの街をすごく気に入っている様子なんです。一度下界に降りた神様や女神が天界に戻ると、その後再び下界に降りる時には、以前いた下界の同じ場所には戻れないんですよね? つまり、凪沙ちゃんが天界に戻ると、もう二度とこの街には戻ってこれなくなる。それは凪沙ちゃんにとってとても酷な話ではないですか……」
「まったく。天界に戻りたいのか戻りたくないのか、よく分からないね君は」
「まさかこんな展開になるなんて、思いもしなかったものですから……」
「以前、神鳴山で会ったときに話したこと、神山くんは覚えているかな?」
「へ……?」
唐突に話を変えてきた神村さんに驚いてしまい、思わず拍子の抜けた返しをしてしまった。
「神鳴山で話したこと……ですか? えーっと……」
神村さんに神鳴山で会ったとき、何話したっけ? あの時は確か、凪沙ちゃんの学校の課題だった風景画を描きに行ったんだったか。凪沙ちゃんの絵は風景画というより、絵本みたいなタッチだったけど。
「えーっと……、うーん……、あっ!!」
「思い出したようだね」
「神鳴山名物、神鳴まんじゅうが美味しいって話ですよね? !」
「…………」
「たしかに名物というだけあって、美味しかったです。生地とあんこが絶妙にマッチし、あんこはコクがありながらも甘すぎず主張しすぎない。あれはまた食べたいなぁ。でも神村さん。今してる会話と神鳴まんじゅうが、どう関係しているんですか?」
「君はバカか」
「へ?」
「君はバカか、と言ったんだ。では逆に問おうではないか。今してる会話と神鳴まんじゅう、どう関係すると思うんだ? お? 甘すぎない神鳴まんじゅうだけに、天界に関する君の話も甘くはないってか? お?」
そ……、そこまで言わなくても良いじゃないか……。
「す、すみません……。神鳴山での会話で一番に思い出したのがこれでしたから……」
「まったく……。まぁ、たしかに神鳴まんじゅうの話もしたがね、今回はそれではない。私が思い出してほしかったのは、私が君に言った「君が気付いていないだけで、実は下界、とりわけこの街を気に入り始めているのではないだろうか」という言葉だ」
あぁ……、そんなことも言われたなぁ。思い返すと、たしかにあの頃は、このまま下界に住むのも悪くはないかなって感じ始めたんだっけ……。
「すみません、その話だったんですね。今思い出しました。たしかにあの頃から、正直下界での生活も悪くないなって思い始めてました。僕がお世話になってる鳥居家のみんなをはじめ、下界のみんなは良い人ばっかりだし、ご飯も美味しいし自然も綺麗だし。だから、最悪天界に戻れなくてもいいかなって、思う時もありました。でも……、でも僕はやっぱり天界に戻りたいんです。天界にいれば、あと数十年後には普通に定年で退職して、その後はアドバイザリーとして報酬得つつ、悠々自適な生活を送ることが出来ます。納得のいかない理由で下界に落とされ、それをみすみす逃すなんて悔しすぎます。それに……」
「それに?」
「それに、いつまでも鳥居家にお世話になるわけにもいきません。そうなると、下界においてキャリアも何も無い中年のおじさんが生きていく術はないでしょう? そういう意味でも、僕は天界に戻るべきなんです」
「まぁ、君の気持ちも分かるよ。君はほとんど仕組まれたと言って良い、神楽くんの罠にかかって下界に落とされているんだ。そんなの納得いかないに決まってる。しかし、天界に戻りたいと思いつつも、やはりまだ下界に残る選択肢を捨てきれないのには、別に大きな理由があるじゃないか」
「大きな理由? さっき言ったこと以外に、下界に残る理由なんて……」
「凪沙ちゃんのことだよ」
「……あぁ。凪沙ちゃんか……」
神村さんって本当に凄いな、神様みたいだ。元神様なんだけど。そうか、そうかもな。下界に残る理由って、今ではそれが一番かもしれない。俺が天界に戻ることによって、結果的に凪沙ちゃんも天界に戻らないといけなくなってしまった。そして、もう二度と鳥居家には戻れないのに等しい。おかしいな。以前の俺だったら……。以前の「情に流されない」俺だったら、こんなこと気にせず迷わず天界に戻るという選択を選んだのに……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます