神様と神様⑦

 証人を見つける、証人を見つける、証人を、証人を、ショウニンを…………。


 うーん。完全に言い負かせると思ったのになぁ。神楽のやつ、いくら証拠を突き付けてもやけに余裕だなと思ったんだけど、なるほどそういうことね。証人がいないと俺は負けないよというパターンか。

 証人を見つけてくること、それすなわちお前には無理だろう、だからお前は俺には勝てない。そういうことですか、そうですか。


 通話が終わった後の、神村さんのなんとも言えない顔よ。俺だって勝利を確信してたから、まさかこんな風になるとは思わなかったし。俺の方こそなんとも言えないよ。


 さて、鳥居家に帰ってきたのはいいものの、これからどうしようかね。この感覚はアレだ。下界に落とされた直後のあの感覚に似てる。本当になす術がないというあの感覚。


 しかし、何もしないわけにもいかない。もう一度状況を確認してみる。


 まず、この街では野生動物の保護活動が進み、数年前から野良猫を見かけることが無くなったにもかかわらず、凪沙ちゃんが野良猫、今のすき焼きを見つけたこと。

 これについては、神楽が神の力を使って保護施設からすき焼きを脱走させたと言っていたから、まぁ良しとしよう。


 次に、道路に飛び出した猫と、それを見つけた凪沙ちゃんとの間には距離があった上、遊んでる子供から基本的に目を離さない凪沙ちゃんがその瞬間だけ道路の方を振り向いてしまったこと。

 これについても、すき焼きを道路に飛び出させた瞬間、凪沙ちゃんをそこへ誘導するために神の力を使ったと言っていた。しかも、そこへトラックがちょうどやって来るタイミングにだ。したがって、神楽の仕業ということで問題ない。


 問題は次である。タイヤがパンクしたり、ドライバーがハンドルを切ったりしたわけでもないにも拘わらず、トラックが不可解に凪沙ちゃんとすき焼きを避けるように軌道を変えたこと。

 これについては、下界でトラックを点検した人物に話を聞いているし、なんなら神楽自身も事故を回避させるためにトラックの軌道を変えたとも言っていた。


 しかし、神楽はトラックの軌道を右側に変えようとしたが、実際にはトラックは左側に軌道を変えていた。トラックの軌道を変えた事実については間違いないのだが、そこには軌道の向きの相違という食い違いがあった。


 天界の裁判は下界のそれよりも厳格でなければならない。それゆえ、ほとんど証拠は出揃っていたとしても、少しの食い違いがあるだけで証拠不十分として敗訴してしまう可能性が高い。


 だから、俺が神楽に勝つためには、神楽がトラックの軌道を変えたという事実に加えて、トラックの軌道の相違という食い違いを解消させるための新たな証拠、あるいはそれを証明してくれる証人を見つけなければならない。


 いや、どうやって見つけるんだよ……。これらの状況から考えて、軌道の相違はあるといえど、トラックの軌道は間違いなく変わっている。トラックの軌道を変えるなんて人間じゃ無理だろ。ということは、人間だらけの下界ではこれに関する証拠や証人は集まらないんじゃないか……? 


「神山さーん! 神山さーん!」


 凪沙ちゃんが俺を呼んでいる声がする。まぁ、いつも呼ばれて出ていく前に凪沙ちゃんが来てくれるんだが。


「神山さん、聞いてください! この間神鳴山で描いた風景画が評価されたんです! これで少しでも夢の画家に近付けましたかねぇー?」


「それは良かった、嬉しいね! お姉さんの夢も背負っているから、これを糧にして今後も頑張らないとね!」


「しかし、どういうわけか「風景画」を描いたのに、「絵本」としての高評価を受けたんです。不思議ですねー」


 うーん。まぁ俺としては妥当かな……? 風景画と捉えれば風景画なんだけど、あれは明らかに絵本風のタッチだったしなぁ……。


「でも、いいんです。私には元々絵の才能なんて無いから、それでも評価していただけるのであれば、たとえどんな作風で評価されようとも、その作風で誰かを楽しませたり、幸せにしたり出来るように頑張りますので!」


 なんて良い子なんだこの子は。俺はこの下界に来てからずーっと、凪沙ちゃんの優しさに触れている気がする。俺のすさんだ心まで浄化されそうだ。


 天界での俺は、業務中は一切情を入れることなく、何十年も区域担当神の業務をこなしてきた。担当する区域において、たとえ人が死にそうになっていても、自然災害で苦しんでいても、俺はそれらに情を入れることはしなかった。

 なぜなら、運命は成り行きに任せるのが自然の掟だからである。たとえ神様であっても、人間に天罰を与える時などの例外を除いて、その事実を捻じ曲げるようなことはあってはならない。


 さすがに業務外では普通に情を入れることもあったが、職業柄、俺は実に冷たい性格となってしまった。他の区域担当神も同じようなことは言えるものの、俺は特にそれが当てはまるだろう。


 それが、この下界に来て、変わった。凪沙ちゃんをはじめとする鳥居家のみんなはもちろん、居酒屋の仕事を通じて出会うお客さんや、休日に出掛けた先で出会うお店の人。まぁ、一部変な人もいるが、様々な人間の様々な優しさに触れることができた。

 そしてなにより、この街が気に入りつつある。ここに長く住んでいるわけでもないのに、妙に安心感を感じるのはなぜだろう。あの日神鳴山で見たこの街の風景も嫌いではなかった。


 今天界に戻ったら、以前のように区域担当神の業務をこなせるだろうか? 情を入れてしまうのではないか? あの非情な性格で恐れられたこの俺が。


 ……いやいや、何を言っているんだ俺は。天界に未練があるからこうして血眼になって証拠や証人を集めているのではないか。目を覚ませ! 自分! 


「……山さん? おーい、神山さーん? 聞いてますかー? 」


「あ、あぁ。聞いてるよ。あ、いや、正直言うと一部聞いてなかったかもしれない……」


「何ボーッとしてるんですかぁ? あ! 最近の居酒屋のお仕事で疲れているんですかね? よーし! じゃあ私が肩を揉んであげますね!」


「いや、大丈夫だよ! 凪沙ちゃん、優しいねぇ。本当に出来た子だよ凪沙ちゃんは」


「そんなことないですよ! 自分で言うのも変ですが、私、こういう性格なんです。悪く言えば、お節介ですかねぇ。何でもかんでも情が入るというか……」


 たしかに、普通は公園のゴミ箱に半身を突っ込んだよく分からないおじさんなんて、普通の神経では家に連れ帰って保護したりしないだろう。こんな優しい凪沙ちゃんは、天界の区域担当神にはなれないだろうなぁ……。


 あれ……? ……なんか引っかかるぞ……? なんだろうこの感覚……。

 なんか、こう、引っかかっているんだけど、この引っかかりを解消したくない気持ち……。


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