神様と神様①

「天界でのあの事件」に関する情報もだいぶ集まり、俺は1つの仮定を導くに至った。


 それは、この事件は偶然起きたのではなく、全て計画的に行われたものであると。


 この過程を導くに当たって、俺は改めて3つの出来事を整理した。

 この街では野生動物の保護活動が進み、数年前から野良猫を見かけることが無くなったにもかかわらず、凪沙ちゃんが野良猫、今のすき焼きを見つけたこと。

 道路に飛び出した猫と、それを見つけた凪沙ちゃんとの間には距離があった上、遊んでる子供から基本的に目を離さない凪沙ちゃんがその瞬間だけ道路の方を振り向いてしまったこと。

 タイヤがパンクしたり、ドライバーがハンドルを切ったりしたわけでもないにも拘わらず、トラックが不可解に凪沙ちゃんとすき焼きを避けるように軌道を変えたこと。


 これら3つは全て偶然に起きたのではなく、人間の力では到底起こすことの出来ない「何らかの力」が働いているに違いなかった。


 そして、あの瞬間にこのような力を同時に働かせることが出来たのは、俺が知り得る限りでは1人しかいない。いや、神様だから1人とは言わないか。


 神楽である。


 あいつは、あの時「下界で、一匹の猫がトラックに轢かれそうになりました。それを人間の女性が助けようとしたのですが、このままだとどちらも轢かれて死んでしまう。それをどうしても見逃すことが出来なくて、ついトラックの走る軌道を変えてしまいました……」と言っていた。


 つまり、情を入れることが御法度である区域担当神の業務にも拘わらず、人間と猫を助けたいという情を入れた結果、神楽がトラックの走る軌道を「意図的に」、つまり神の力を利用して変えてしまった。


 と、俺はずっと思っていた。


 しかし、これは間違っていた。いや、正確には合っていた部分もあるし間違っていた部分もあったと言うべきか。


 まず、人間と猫を助けたいという情を入れ、神の力を利用してトラックの軌道を変えたのは合っているだろう。

区域担当神の業務では情を入れてはならないとはいえ、やはり目の前で悲惨な事故が起きるのは神様であっても良い気持ちはしないからね。


 ただ、神の力を利用したのはこれ1つだけではなかった。神楽は、2神の力を利用していたのだ。


 おそらく、野良猫を用意して道路に飛び出させたこと、その瞬間だけ凪沙ちゃんをそこに振り向かせたことの2つに対しても、神の力を利用していた。偶然ではありえないと考えると、そう推測する他ないだろう。


 天界の神様は情を入れるか入れないかに関わらず、天罰を下す時など一部の例外を除いて、神の力を利用して「事実」を捻じ曲げてはいけない。


 つまり、神楽は天界における絶対的なルールを2つも破っていることになる。

 1つ目は、一部の例外に当てはまるわけではないにも拘わらず神の力を利用して「事実」を捻じ曲げていること。

 2つ目は、そこに全て情を入れ込んでいること。


 問題は、なぜ神楽がこんな事をしたかということである。

 このことについては、まぁ神楽の性格を考えれば容易に予測がつくのだが……。


 神楽はとても優秀な新神だった。業務を覚えるのが早く、自己研鑽も欠かさないと言っていた。あいつは、まさに「神がかり的」な才能を持つ新神だったな。

 そんな真面目で優秀な神楽のことだ。おそらく、出世欲が強かったのだろう。早く業務を覚え、結果を出し、区域担当神の中でも上の地位へ上がりたかったに違いない。


 そして、今考えればだが、あの時の神楽の発言で気になる点があった。

 それは、情を入れて事実を捻じ曲げるというルール違反を犯した結果として、俺と神楽の元に上層部がやってくることになった際、その直前に放った「本当に申し訳御座いません。特に神山さんには多大なご迷惑をお掛けすることになります……」という発言である。


 新神なのに、なぜペナルティの内容を知っているのか? 

 なぜ、自分の心配よりも先に、俺が下界に落とされることを心配して謝罪しているのか。

 これではまるで、自分が不祥事を起こすことで俺が下界に落とされることを事前に知っていたことにはならないか? 


 この発言から推測するに、これら一連の出来事というのは、自分がルール違反を犯すことで俺に迷惑がかかること、つまり、こうすることで俺が責任を取って下界に落とされることを、計画的な行いだったのだ。


 俺を下界に蹴落とすことで、まずは俺の地位から奪おうとしたのか。ふん。やるではないか。今に見とけよ神楽。天界に戻ったらアレがアレだからな。今は思いつかないけど。


 まだ仮定に過ぎないが、だいぶ真相に近づいてきたと思う。

 しかし、ここに来て俺は新たな問題に直面していた。それは、このことをどうやって神楽や天界の上層部に伝えるかだ。

 俺は今下界にいる。未だかつて、下界の人間が天界の神様と連絡を取ったなんて話を聞いたことがない。当然である。天界と下界を繋ぐ連絡手段なんて無いのだ。

 なんで今までこのことに気が付かなかったんだ……。


 困ったなぁ……。実に困った……。


「神山さーん!」


 凪沙ちゃんの声がする。すまないが、今は取り込み中だ。大事な考え事をしている。後にしてくれないか……。


「神山さーん! 5番テーブル呼んでますよー! オーダーお願いしまーす!」


 あ、今仕事中だった……。

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