神様とこの街⑦
神鳴山に絵を描きに行ってから1週間を経過しても、未だに腰を中心として全身がズキズキと痛む。以前のキャッチボール後の筋肉痛の比では無いなこれは。
もう「火事場の神力」は出さんぞ……。次は本気で死んでしまう気がする……。あ、でも、死んだら違う意味で天界に戻れるのか……。
「神山さーん、そろそろ行きますよー」
「は、はーい! 今行くよー!」
今日は鳥居家の車を車検に出す日である。さらに、先日ぬかるみにタイヤが嵌ってしまい、その結果車体に多くの泥が跳ねてしまっていたため、車検ついでに洗車もしてもらうという。
この間、凪沙ちゃんが言ってたことが本当ならば、天界でのあの事件の真相にまた一歩近付けるかもしれない。
どうしても付いて行きたいと言う俺の必死の姿に少し困惑しながらも、凪沙ちゃんは了承してくれた。
また、俺が付いて来ることについて、凪沙ちゃんがお父さんへと伝えてくれていたため、そこも了承を得ることが出来た。
「体はだいぶ良くなりましたか? 神山さん絶対辛いだろうに、居酒屋のお仕事も休まなかったから……」
「大丈夫! ほら、こんなことだって、さらにこんなことだって出来るようになっ……、あいたたたた……」
「ダメですよ! 無理しちゃ! 何度も言いましたが、神山さんは家でゆっくり休んでいても構わないんですよ? それとも、何かそこまでして行きたい理由があるんですか? 」
「い、いや……。あー、ほら、家の中でゴロゴロしてるよりも、少しでも身体を動かした方が、全身もほぐれていい感じになるんだ! 実に良い感じにね!」
「神山さんがそれならいいですけど……。無理はしないようにして下さいね。では、行きましょうか。お父さんが外で待っててくれています」
俺と凪沙ちゃんは、お父さんが待つ車へと移動する。
「おう、来たか。神山さんも、休日なのになんか悪いねぇ」
「いえいえ。どーせ家の中にいてもダラダラと過ごしてしまうだけですから。こちらこそ、勝手にお邪魔してしまってすみません」
「いいってことよ! じゃあ行こうか!」
俺たちは車へ乗り込む。車の整備工場までは、だいたい15分くらいで着く距離らしい。
先日車がぬかるみに嵌って大変だったことや、車を俺1人で持ち上げたことなどを、凪沙ちゃんが身振り手振りでお父さんに話してる。
しかしお父さんは運転中である。肝心の身振り手振りを見てもらうことができない。それでも話している凪沙ちゃんは実に楽しそうだったので、これ以上何も考えないことにした。
しばらくして、車は整備工場に着く。今回は車検と洗車をしてもらうことが目的であったため、駐車場ではなく工場の中へ車でそのまま入った。
「こんにちは。ご無沙汰しています、鳥居です」
「こんにちは、鳥居さん。お久しぶりですね。今日は凪沙ちゃんも一緒なんですね、珍しい! 高校生の時以来かしら?」
「こんにちは。もう久しく来てないので、そのくらいになりますかねぇ。今は画家になるために美大に通っているんですよ!」
「それは素敵ね! いつか凪沙ちゃんが画家になったら、私の似顔絵も描いてもらおうかな! それで、えーっと……そちらの方は……?」
「あ、どうも突然すみません。私は……」
「この方は神山さん! 私たちがやっている居酒屋で最近働き始めた人で……」
この流れはどこかで……。なんだか凄く嫌な予感がするぞ……。
「少し前に私が公園のそばを通りかかった時、ゴミ箱に半身を……」
やっぱりこうなった。凪沙ちゃん、ゴミ箱の紹介はいい加減やめてくれ……。
「そ、そうなんですね……」
受付けの女性の眉間のシワが、これでもかというほど寄っていく。もう寄る所がないというほどに。
「ま、まぁとにかく、まずは車検場に案内しますね! 予約していただいているし、その上今日は待ってる人も比較的少ないので、午後過ぎには終わるでしょう。そこから洗車の時間を入れても、今日中には終わると思います。その間、近くのお店に行ったり、食事をしたりしていただいて構いません。時間になりましたら電話かメールにてお知らせ致しますので、宜しくお願い致します」
「せっかく久しぶりに街へ出て来たから、俺はちょっとブラブラしてくるよ。凪沙と神山さんはどうするんだい?」
「私はお母さんから頼まれた日常品を買いに行く。あと、美術雑誌を買わないといけないから本屋さんにも行ってくるわ」
「えーと、じゃあ僕は車検の様子を見学しようかな。なかなかこういう機会もないし、これを機に改めて車のことを知ろうと思って」
「神山さん、勉強熱心ですね! 私も神山さんのそういうところ、見習わないといけません!」
凪沙ちゃんのそういうところこそ、見習わなければいけないとだろうと思う人物が1人浮かんでくる。「は」で始まり「と」で終わる人物だ。
「では、私たちは頃合いをみて戻ってきますので、私たちの車を宜しくお願いします」
そう言って、凪沙ちゃんとお父さんは街へ繰り出して行った。
2人が行ってしまったのを確認し、俺は先程の受付けの女性へ話し掛ける。
「あの、1つお伺いしたいのですが、先日トラックを点検した整備士さんは、今日はいらっしゃいますか?」
「トラック……ですか? トラックといってもいろんなトラックを整備していますので……」
「危うく凪沙ちゃんを轢きそうになったところ、間一髪軌道が変わったという「不思議な」トラック、といえば分かりますでしょうか?」
「あぁ、そのトラックでしたら、確かにうちの整備士があの後点検を実施しました。今日も普通に出勤していると思いますよ」
「その方と少しお話出来ませんか?」
「うーん……、ちょっと本人に聞いてみないと……。少々お待ち下さいね」
そう言うと、受付けの女性は奥へと消えていった。怪しまれてもおかしくない。いきなり来た奴が、いきなり会社の者と話をさせろと言っているようなものだから。誰だって不審に思うだろう。
しばらくして受付けの女性が奥から戻ってくる。1人の男性を連れて。
「私がそのトラックの整備を担当した者だが、何か私に用かね?」
「あの、えーと……。実は、車の整備の極意を知りたいんです!!」
「……は? それだったら別に私じゃなくても良いだろう」
「あなたじゃないとダメなんです! お願いします!」
もはや自分でも言ってて意味がわからなかった。理由も無しにこのパワープレイである。やってしまったか。これでは話すら出来ないだろう……。
「そんなに私から聞きたいか! よーし、その熱意に応えて、少しだけ話をする機会を設けようではないか!」
……奇跡って起きるもんだな。
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