神様とこの街⑤
ひとしきり絵を描き終えた俺たちは山頂を後にする。降りる前に、神村さんから貰った神鳴まんじゅうの美味しさに感動した俺は一箱買うことにした。いや、マジで美味いんだこれが。
「しっかし、びっくりしましたよー! 神山さん、絵がお上手なんですね!」
「そんなことないよ。絵を描くこと自体は嫌いじゃないけど、もう久しく描いてなかったからね。ちょっと緊張しちゃったよ」
「またまた、そんな謙遜してぇー! 美大生の私が言っているんですよ! お上手です!」
「凪沙ちゃんも上手だよ! あのー……、独特な感じというか、なんていうか……。し、素人だから上手く表せられないけど!」
「えへへー、そうでしょそうでしょ。風景画は自信あるんですよぉー!」
素人から見ても分かる。あれは風景画というより、絵本風タッチだと。さすがに本人の前では言えないが。いや、言ってあげたほうが本人のためか……?
言うか言わないか迷っている間に、車のある駐車場へ辿り着いていた。もしかすると絵が完成したら風景画っぽくなるのか? いや、そうに違いない。そうじゃないと困る……。そう信じて、完成を待つことにしよう……。
画材を車に積み込み、薄暗くなる前に凪沙ちゃんが車を走らせる。神村さんという意外な神物、いや、今ではもはや人物か、意外な人物に出会えたし、神鳴山からの綺麗な景色も拝むことが出来た。久しぶりに絵を描いて心を落ち着かせることも出来た。良い一日だったなと感じる。
ガタン。
急に車が振動した。振動と同時に、車体の左後ろあたりが少しだけ「沈み込んだ」気がした。
「あ、あれ? いくらアクセルを踏み込んでも車が動かないです!」
凪沙ちゃんは必死にアクセルを踏み込む。しかし、エンジン音がけたたましく鳴り響くだけで、その音も空しく山の中へ吸い込まれて消えていく。
「もしかすると、後ろのタイヤがぬかるみに嵌ってしまったのかもしれません! 昨日の雨で水溜りやぬかるみが残っていたので、気を付けてはいたのですが……」
「ちょっと僕が降りて見てくるよ」
車を降りて車体の後方を見ると、ぬかるみに左後ろのタイヤが見事に嵌っていた。こういう時どうするんだっけ? 天界ではそもそも雨が降らないから、水溜りとかぬかるみとか無いんだよな……。
しばらくアクセルを踏んでいた凪沙ちゃんも、諦めて一旦車の外に出てきた。
「どうしましょう……。ここは神鳴山の裏の方の、いわゆる「抜け道」なので、表の方の道よりも車の通りが少ないんです。だから、他の方の助けはあまり期待できそうにないですね……。まぁ、気長に待てば他の車も通りそうですが……。そもそも他の方に手伝いを頼むのは気が引けるし……」
「たしかに、こっちの道で他の車はほとんど見かけてないね。凪沙ちゃんが持ってるスマホで誰かを呼べないのかい?」
「ギリギリ圏外では無いので電話は出来るのですが、レッカーを頼んで来てもらうのも時間がかかると思います。最終手段はそれになりそうですが……」
「人力の場合、車を持ち上げたり押したりするんだっけ?」
「普通はそうですが、私はアクセルを踏む係になるので、神山さん一人になっちゃいますよ? 一人じゃとても無理だと思います……。ここは大人しく、他の方の車が通るのを待つか、レッカーを頼んで待つか、どっちかになりそうですね……」
一人じゃ無理……か。なるほど。しかし、ここにいるのが「元」神様ならどうかな? 今こそ「元」神様の力を発揮する時ではないか?
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