神様と子供①

「結婚30周年のお祝いとして、家族旅行することを計画してるの!」


 すき焼きが短時間の間行方不明となった、通称「すき焼き事件」から数ヶ月ほど経った。すき焼きはすぐに見つかり、その件に関しては一件落着だったが、俺に関してはついに天界に繋がりそうな情報を得ることが出来た。


 俺が天界で新神の神楽を教育していた時。研修神の卒業試験を行っていた神楽は、あろうことか下界の出来事に手を加えてしまった。悪人に天罰を下す等、稀なケースを除いて天界の神は下界で起こる出来事に手を加えてはいけない。


 それにも拘らず、神楽は「下界で1人の人間と1匹の猫がトラックに轢かれそうになる」という出来事に手を加えてしまった。神の力を使ってトラックの軌道を不自然に変えてしまったのだ。

 下界では、なんとも奇跡的で幸運な出来事と捉えられて終わりかもしれないが、天界でそれは重罪に値する。

 しかし、下界と同じく少子高齢が進む天界において若くて有望な神は貴重なので、厳重な注意は受けたものの神楽が下界に落とされることはなかった。その代わりに教育担当の俺が責任を取らされ、下界に落とされたのである。


 この出来事の当事者である人間と猫というのが、紛れもない、凪沙ちゃんとすき焼きだったのだ。


 ではこの出来事に、何か不自然な点はないか?野生動物の保護が進んで野良犬や野良猫がいなくなった街で、あの場所にひょこっと野良猫が現れるだろうか?その猫はどこから?誰かが捨てた?

 しかし、この街ではペットを捨てると必ず捜査が入り、信じられないくらい重い処分が課されてしまうらしい。これでは怖くてペットを捨てたりしないだろう。

 うーん、分からない。これ以上は何を考えても進展しなかった。


 最近、居酒屋のバイトが軌道に乗ってきている。バイトリーダーにならないかと、鳥居家のお父さんに言われるようにもなった。ちょっと待ってくれ。俺はバイトを極めるために下界に落とされたんじゃないんだぞ……。


 進展したかと思いきや、また立ち止まって八方塞がりになっている所に、鳥居家のお母さんによる冒頭の発言である。


「実は私たち夫婦は、来月で結婚30周年なの。それでそのお祝いとして、鳥居家みんなで家族旅行に行こうと計画してるのよ」


「そうなんですね!おめでとうございます!どこに行かれるんですか?」


「家族旅行の定番、温泉に行こうとしてるわ。めったに取らない長期休暇を取って、海外にでも行こうかって話にもなったんだけど、そんなことしたら夫も私も休暇明けに働くのが嫌になりそうだからってことで却下になったの」


「お二人は働き者な印象があるので、働くのが嫌になるというイメージが湧かないですね。意外です」


「たぶん、働き者だからこそ、長い休みを取っちゃうとその反動で働きたくなくなっちゃうんじゃないかしら?」


「そういうものですかねぇ。しかし、この寒い時期に温泉に行くのは良さそうですね!留守番とすき焼きの世話は僕がやりますので、ゆっくりしてきてください。家族4人で行かれるんですか?」


「いえ、家族6人で行く予定よ」


「6人?あと2人は誰ですか?」


「凪沙の上にもう1人お姉ちゃんがいるの。その子と、この前8歳になった孫が1人。合わせて6人で行こうと考えてるわ」


 凪沙ちゃん、お姉ちゃんがいたのか。それに子供まで……。


「家族水入らずで素敵じゃないですか!もうみんなには話ししてるんですよね?いやぁ、素敵だなぁ……」


「それが1つ問題があるのよ。それも、大きすぎる問題が」


「へ?問題?居酒屋の休暇とみんなの休みがなかなか被らないとか、それとも行きたい温泉の宿の予約が取れないとかですか?」


「違うのよ……。実は凪沙とお姉ちゃんが1年くらい喧嘩してて、このままだと家族全員は難しそうなの」


「旅行の話し合いで集まる時に、2人で話し合いさせたらいいのではないでしょうか?」


「ああ見えて2人とも頑固なの。少なくとも神山さんから見て凪沙はそうには見えないでしょ?たぶんどっちも譲らないどころか、修羅場になるのは目に見えてるのよねぇ……」 


「たしかに凪沙ちゃんはいつもニコニコしてて、とてもそんな感じには見えないです。では、お父さんが話し合いの中心に入ればいいのでは?」


「うちの夫、昔から娘2人には滅法弱いの。だからどっちの肩を持つとか出来ないでしょうね」


「そうなんですか、困りましたね……」


「そこでね、神山さん」


「はい?何でしょう?」


「神山さんに仲裁に入ってほしいの」


「……へ?」

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