第7話
ジョシュアは震える銃口を、無理矢理酒場の中へ向ける。妹の仇、ねじくれた縫い傷の男は目を見開き、肩の傷を押さえてただ後ずさっていた。
銃を構え、三つ編みの女が声を上げる。
「少年。やめておけ、あれらは我々が――」
ジョシュアは歯を剥いて叫ぶ。息が白く舞い上がる。
「うるせえ、おれが悪いんだ、守れなかった、弱くて……! だからおれが、
撃鉄を起こす金属音が、
ジョシュアの震えは止まっていた。仇へと銃口を向け、引き金に添えた指を、ゆっくりと絞った。仇は力なく震え、血走った目をいよいよ見開いていた。
引き金を絞り切る。瞬間、反動が両手を打った。乾いた音が夜に響く。
外しようのない距離だった、それでも。仇は死んでいなかった。
「なんで……」
つぶやくジョシュアの前には。仇をかばうように両腕を広げた、眼帯のサンタが立ち塞がっていた。その腹から弾丸が一つこぼれ落ちる。
もう一度撃鉄を起こすより早く、眼帯のサンタが腕を振るう。ジョシュアはそのまま地面に叩きつけられた。丸太で殴られたかのような平手で。
顔だけをどうにか起こしたところへ、眼帯のサンタの声が降る。
「なぁおい。おめえは随分覚えがいい、確かに俺ぁ言った。力のある奴が全部取る、力のねぇ奴が全部悪い。力がねぇなら泣き寝入れ、とよ。だが」
屈み込み、ジョシュアの目を見ながら言う。
「言ってねぇぞ。それが正しい、なんてよ」
ジョシュアは何も言えなかった。ただ、サンタの目を見ていた。
息をついてサンタは立ち上がる。背を向け、つぶやくように言った。
「正直、俺のせいかもしれねえ……
眼帯のサンタは散弾銃を抜く。仇へと歩み寄り、頭へ向け引き金を引いた。悲鳴を上げるその部下へ向け、もう一発。銃身を折って空薬莢を取り出し、弾丸を込め直す。残りの部下も全て撃った。
衣の裾をひるがえし、音を立てて銃を納めた。
「
女サンタへ向き直り、姿勢を正してそう言ったが。女は呆れたように息をつく。
「たわけ。貴様は何者だ? 従来よりの任務が完了しておらんぞ、慌てん坊め」
今気づいた、といったように、眼帯のサンタは口を開けた。硝煙と返り血に汚れた手を慌ててズボンで拭き、放り出していた袋を取る。
そこから取り出したのは。明らかに袋の大きさを越える量の、さまざまなおもちゃ。身を起こしたジョシュアの前に、照れたように笑ってそれを置く。
「ほれ。全員のリクエストどおりだが、大分色つけといたぜ。ガキどもに配ってやれ、ああ、お前も余ったの好きなやつ取れよ」
大きな手が、砕くような力でジョシュアの頭をなでる。その手に腕を取られて立ち上がった。通りの端、酒場から離れた所へと共に歩く。女サンタは手ぶらで悠々と歩き、残る二人のサンタはそれぞれの袋と、出されたおもちゃを抱えてついてきた。
眼帯のサンタが歯を見せて言う。
「さあて。景気づけだ、いっちょやるか!」
銃帯を巻いたサンタが楽しげに口笛を吹き、刀を帯びたサンタは歯を見せた。女サンタもうなずいている。
眼帯のサンタは自らの袋へ両腕を突っ込む。何か重いものでも引っ張り出そうとしているかのように腰を落とし、うなりながら後ずさった。やがて地面を擦る音を立て、引きずり出されたものは。明らかに、どうやっても、袋に入り切る大きさではなかった。
「むううぅ……ほッ!」
かけ声と共に、眼帯のサンタが肩にかついだのは。大砲。軍隊で使われたり船に取りつけられる、黒々とした大砲だった。大人の身長ほども長さがあり、一人でかつげるような重さではないはずだった。
女のサンタが指示を飛ばす。
「
刀のサンタは自らの袋へ手を伸ばした。取り出したのはこれも入るはずのない、長く大きな手桶。そこに入っていた黒い粉粒――黒色火薬だろう――を、砲口から流し入れる。さらに取り出した棒状のものを中へ突っ込み、突き固めた。ぼそりと言う。
「
女サンタは酒場を指差す。
「十二時の方向、目標
投げやりな指示に苦笑いしつつ、眼帯のサンタが砲を持ち上げる。酒場へと向けた。
「指向よぉし」
「装填せよ!」
指示を受け、銃のサンタが取り出したのは。短い筒状の台座のついた、黒々とした砲弾。その上部に据えられた太短い紙の塊――導火線というやつか――に火をつけた。そのまま台座の方から砲口へと落とし入れる。素早く砲の後ろへ回り、後部から伸びる紐を握った。
「装填完了!」
「ッ
紐を引くと同時、撃鉄の作動音がして。それをかき消すような轟音と共に、砲身を、眼帯のサンタの足腰を揺らし、空気を震わせて砲弾が飛ぶ。
派手な音を立てて酒場の壁を破ったそれは数秒後、思い出したように炸裂した。炎が壁の隙間から噴き出し、屋根をなめる。煙を上げ、軋む音を立て、ゆっくりと酒場は崩れ落ちた。
砲を放り捨てた眼帯のサンタらが口笛を吹き、叫び声を上げる。
「ハッハァ、イィッハー!」
女が無邪気に顔をほころばせ、三人の男が互いの手を叩き交わす横で。ジョシュアは何も言えず、目を瞬かせて立ち尽くしていた。
この騒ぎに、さすがに様子を見ていたか。町の家々の窓が開き、通りに姿を見せる者も出てきた。
ジョシュアはサンタらに声をかけようとしたが、何を言うかも分からず煙にむせた。その間に四人はそれぞれ、一際長く口笛を吹いた。合図だったのか、町の外から蹄と鈴の音を響かせて四頭の馬が駆けてくる。袋をかついで馬に跳び乗り、サンタクロースたちは駆け出した。
遠ざかりながら、眼帯のサンタが振り向いた。
「
口を開けたまま、ジョシュアは何とか手を振ることができた。
町の人々は通りに出て、燃える酒場の炎を見ていた。やがて雪が降り、燃え広がる前に火は治まった。
蹄と鈴の音が荒野を駆ける。雲の行く手からそれ、降り出した粉雪は止んでいた。振り向いても、もう町の火は見えなかった。
先頭を行くニコラウスが口を開く。
「
「そういう言い方もできまさあな。それより、ちぃと手間取った。次は――」
クリスが言いかけたとき。四人のものではない声が後ろから響いた。離れた場所からかけられた声に違いなかったが、くぐもって響くそれはまるで、耳元でささやかれたかのようだった。
「
四人は手綱を強く引く。馬は悲鳴に似たいななきを上げながら足を緩め、止まった。振り向けば。
月を背に、馬に乗った男がいた。ありえなかった。男がいるのは今、自分たちが走り抜けてきた場所だ。辺りに人影もなかったはずだった。
男は四人に向け、ゆっくりと馬を歩ませる。目深にかぶったテンガロンハットと口元を覆うマフラーのせいで人相は分からない。体は荒野の色をしたポンチョにゆったりと包まれていた。
ニコラウスが口を開く。
「貴方は」
男は無言のままマフラーを下げた。くわえた
ニコラウスが息を飲んだ。
「貴方は――」
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