第3話


 きよしこの夜も相変わらず、酒場サルーン山獅子亭クーガーズ”は酒の匂いと煙草の煙、喧騒を辺りにまき散らしていた。板壁にいくつも掛けられたカンテラと、シャンデリアに灯る蝋燭ろうそくの光の下、男たちは飲み、食い、所構わず唾と噛み煙草を吐き捨てる。ある者は女を抱き寄せ、ある者は悪態を突きながら手にしたトランプをテーブルに叩きつけ、その向かいの者はにたにたと笑って賭け金を取る。そんな光景がカウンターでも、広間中のテーブルでも繰り広げられていた。男たちの腰には一様に拳銃が揺れ、テーブルや壁には無造作にライフルが立てかけられていた。


 ボスの右腕を自認する、ジム・ウィドックはカウンター席でグラスの中身をなめた。皿に置かれた七面鳥ターキーの腿肉にかぶりついてあらかた食らうと、骨にこびりついた肉を丹念に舌でこそぎ取る。蜘蛛足のように細長い指についた脂をなめ、革のベストで拭きながら言った。

「まったく、クリスマスらしいものといや七面鳥これだけだな」


 額に傷のあるバーテンダーが背を向けたまま、壁の鏡越しにウィドックを見た。

「あんたのおしゃぶり癖はいつもどおりですがね」


 昨年のクリスマスに店主を殺して以来、酒場は完全に煉獄団の根城になっている。店の者も団の一員だった。

 ウィドックは鼻で息をつき、紙巻シガレットに火を点けた。煙を吐き出しながら二階へ目をやる。一階の広間を囲む形の廊下にいくつかのテーブルがある他、奥には増築させた別棟へ続くドアがある。酒場につきものの娼館パーラーハウス――ここの場合は主に、略奪してきた女を売り飛ばすまでの味見場所――への入口だ。ボスも今はそちらにいるのだろう。自分も後で行くか、などと考えていたとき。酒場の出入口スウィングドアが、軋む音を立てて開かれた。


 ブーツの音も重く、入ってきた客の姿に。喧騒は波が引くように静まっていく。

 やがて足を止め、その男は口を開く。白い縁取りに彩られた赤い上下を着た、白髭の老人は。丸太のような腕で大きな袋をかついだまま、いわおのような顔をほころばせて。


「ホ~ホーホホ~ウ! 良い子のみんな、お待ちかねじゃ! サンタのおじさんがやって来たよぅ~!」

 男たちは動きを止めていた。誰も何も言わなかった。


 やがてウィドックは息を吹き、紙巻を吐き飛ばす。それに合わせたように、回りの者も吹き出した。ウィドックは喉を鳴らし、肩を揺する。笑いはやがて大きくなり、酒場全体に広がった。


 サンタクロースと名乗った男は満足げに髭をなで、にこやかに笑った。

「ホホ、ホッホホゥ。いやはやさてさて、チビっ子のみんなは元気じゃあのぅ。どうじゃ、この一年良い子にしておったか? 良い子にはさぁさお楽しみ、プレゼントがあるぞう!」


 驚きはしたが、ボスが余興に芸人でも雇ったのだろう。ウィドックは笑いながら席を立ち、サンタクロースの方へと歩いた。


「おいおい爺さん、家間違えてねえか。ここにゃいい子なんて一人もいないぜ」


 何言ってんだ、おれたちゃみぃんないい子ちゃんだぜ! おうさ、おりゃあお人形が欲しくてよ! そんな野太い声が回りから上がり、酒場女が笑って手を叩く。


 サンタクロースは嬉しげに眉を上げる。

「ホッホ、そうかそうかぁ、みんな良い子じゃあ。さてさてその前に、一つだけお願いじゃあ。おじさん、みんなに会いとうて会いとうての。急いできたもんで、すっかりお腹がペコペコじゃあ。クリスマスのごちそうを、おじさんにも分けてくれんかのぅ?」


 警戒するような顔を向ける者もあったが、ウィドックは笑った。近くのテーブルまで歩き、卓上の料理を示す。


 サンタクロースは袋を置くと両手をこすり、舌なめずりしてナイフとフォークを取った。

「ホッホゥ、ありがたやありがたや。さてさて、今日のメインデッシュは何かのぅ? 牛肉ビーフ? いいやノー――」


 ステーキ皿の上をナイフが通り過ぎる。フォークが別の皿に向けられ、しかしそれも通り過ぎた。

「――七面鳥ターキー? 違うなンノーオォォウ――」


 サンタクロースは変わらず笑っていたが。ウィドックはその片目が眼帯に覆われていることに気づいた。

 サンタクロースの笑みが消えた、いや。一層の笑みをたたえていた。獲物を前にした、肉食獣のような。


「――てめえらだイッツ・ユー腰抜けどもチキン


 振りかぶられたナイフとフォークが。ウィドックの脳天に突き立てられた。


 叫びながらウィドックは初めて聞いた、自分の頭蓋に、皮ではなく骨に何かが刺さる音を。それは鼓膜を通してではなく、骨を伝って直接耳の奥に聞こえた、こりり、ぺぎっ、と。その後何か、頭蓋の奥で柔らかい感触。

 そして。サンタクロースが抜き放った散弾銃が、自分の口に突っ込まれる。それがジム・ウィドックの見た、最期の光景だった。




 ナイフとフォークを突き立てた頭が、赤く粉々に吹っ飛ぶのを見た後。サンタクロースは即座に、分厚いオーク材のテーブルをつかんだ。


 男たちが腰の銃を抜き、サンタクロースへ向けててんでに撃つが。弾丸は全て、傘のようにかつぎ上げたテーブルに阻まれた。


 血の香りを消すほどに、辺りには火薬の匂いが満ちていた。互いの姿もおぼろげにしか見えない白煙の中、サンタクロースは背を向けたまま口を開く。

「おいおいクソども、急に曇ってきやがったな。どうやらにわか雨らしい。ずいぶんやわな雨粒だがよ」


 銃を向けたまま、男たちが声を上げる。

「てめえ何者だ、どこの差し金だ!」

「何しに来やがった!」


 サンタクロースは鼻で笑う。

可哀かえぇそうによ、頭が悪ぃのは見りゃ分かるが、目まで悪いときた。今夜が何の日か知ってんだろ? なら、見りゃあ分かんだろが」

「ふざけてんじゃ――」

 怒鳴る声をさえぎって続ける。

「俺はマジメさ、仕事に来たんだ。プレゼントを届けにな。これぞ賢者の贈り物、鉛玉をクソたっぷりとよ!」

 テーブルの陰から身を乗り出し、サンタは両手で銃を放つ。二連散弾銃の残り一発と、拳銃を連続で。


 何人かの者が倒されながら、男たちも銃を撃つ。ある者は立ったまま、ある者は床に伏せて、またある者は倒したテーブルの陰から。床に壁に弾丸が食い込み、流れ弾がカウンターに飛んで鏡を割る。

 やがて射撃音が止む。広間中に白く煙がこもり、互いに的が見えなくなったからだ。どころか、隣の者の顔すらおぼろげになる。


漂う煙の中、物音はせず。サンタクロースの隠れたテーブルの方にも動きはない。最前列にいた男は倒したテーブルの陰に伏せ、隣の者に言った。

「奴ぁ撃ち尽くしたはずだ……再装填リロードの音もしねえ。今なら踏み込める」

「ああ、そのとおりだ。冴えてんなお前」

 立ち込める煙の中でそう応じた、隣の者は。よくよく見れば、上下に真っ赤な服を着ていた。

「えっ……」

 ようやく理解した男が銃を向けるより早く。サンタクロースは相手の首根っこをつかむ。即座に引き寄せ、盾にした。他の者たちが放った弾丸からの。


 銃声が続く中、サンタクロースは再びテーブルに隠れる。盾にした男は体中を血に染め、それでも生きてうめいていた。片手で男をつかんだまま、サンタクロースは細巻をくわえる。その先を男の方へ突き出した。

「ん」

 男は魚のように口を開け閉めし、目だけで相手を見た。

 とたん、サンタの顔が歪む。

「使えねぇ……点けろっつってんだ火をよ!」

 音を立て、頭を床へ叩きつける。それきり男は動かなくなった。

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