メリークリスマス、カンパニェーロ
木下望太郎
第1話
――十三歳のそのクリスマス、少年はサンタに願った。
サンタさん、お願いだから。おれに殺されてくれ、と。――
ぶちまけた砂のように空の一面で星の瞬く夜。軒下の暗闇で少年は白い息を吐き、冷え切った足の指をブーツの中でうごめかした。父が遺したブーツはまだ大きすぎたが、隙間に布を詰め込んでサイズを合わせている。いざというとき、しっかりと駆けられるように。寒さに足踏みした踵の下で、板張りのテラスが音を立てる。その失態に身をすくませ、体中全ての動きを止めた。そのままの姿勢で数秒いたが、家の中から物音はない。家族はよく眠っているようだった。
町並に目をやる。月明かりに白く浮かび上がる通りに人の姿はない、土埃を立てる馬も馬車も。通りの両脇には少年の家と同じく、二階のベランダを兼ねた軒とその下に板張りのテラスを備えた、木造の家が建ち並ぶ。そのどれにも明かりはない――ただ一軒、野太い笑い声と
そちらに目を走らせ、少年はひどく顔を歪める。路地へと唾を吐き、右手を腰にやった。革のホルスターに包まれた、腿の外側に下がるものに触れる。それは刺すように、全てを拒むように冷たく、だからこそ頼もしく思えた。
風が吹き、丸く絡まった
鈴の音。しゃんしゃんしゃんと揺れ響く、澄んだ音色。
古の聖人、全ての良い子の願いを聞く者。毎年来てはイヴの夜、全ての――ぐっすり眠った――子供の家を巡り、枕元にプレゼントを置く者。サンタクロース。
歯を
やがて、砂煙の向こうで鈴の音が大きくなる。それと共に妙な音が聞こえ出した。ひどく聞きなれた、しかしそぐわない音。馬の、
さらに鈴の音は大きくなり、砂煙は止み。月明かりの下、少年の前にそれは姿を現す。
馬。橇などはどこにもない。今しがた荒野で捕まえてきたかのような、砂埃にまみれた
筋肉。ふわふわとした白い縁取りのある温かげな赤い衣、それを破かんばかりに膨れた、巌の如き筋肉。それを備えた、老年の男。片目は黒い
「え……」
さすがに少年は言葉を失う。目にするのは初めてだがサンタクロースとはこんな、なんというか、凶暴そうなものだったか? 妹の、仇は。
サンタクロースは片手で手綱を持ち、片手に瓶を持っていた。それを口に当て、星空へ掲げるようにして中の液体を飲む。月明かりの下、琥珀色に揺れる瓶の中身はバーボンだろう。やがて白い息を大きく吐き、長い白髭の生える口元を拭う。ゲップの音が聞こえた。
少年が身動きできずにいるとサンタクロースは手綱を引き、馬の脚を止めた。目の前で、見下ろすように。
酒の臭いと共に低い声が響く。
「んだぁ、ガキ。イイ子なら寝てろ、それか死ね」
少年は口を開けていた。何度か開け閉めし、ようやく言葉を絞り出す。
「あ、あんたが、サンタか」
サンタクロースは鼻を鳴らす。
「ったりめぇよ。だからどうだってんだ、ガキ」
少年は顔を引きつらせ、噛み合わない歯を鳴らし、やがて言った。
「死んでくれ」
表情を変えず、サンタクロースは懐に手をやる。
「ふン……おめぇ、ジョシュア・ウォーデンだな。リストにある……『サンタクロースを殺したい』だと? クソみてぇな願い事しやがってよ、
ジョシュアの頬がひどく引きつる。
「うるせっ、死――」
ジョシュアの指が銃を握るよりも早く。
ゆっくりと顔を上げると。馬から下りたサンタクロースが手にしているものが見えた。銃。右手には
表情の消えた顔のまま、ジョシュアはゆっっっくりと手を上げる。サンタクロースの顔をうかがいながら、空気を動かすのも怖れるように。
サンタクロースは鼻で息をつき、長い上衣の裾をまくった。そこに交差して下がる二本の
「で?」
ジョシュアは何も言えず、鼻血を滴らせながら目を瞬かせた。
身を乗り出したサンタクロースが細巻を揺らし、ジョシュアの頭に灰を落とす。
「
飛び上がったジョシュアに向けて、サンタクロースは煙を吹いた。
「で、つってんだろガキ。言えよ……なんでまたこの俺様を、良い子の味方のサンタクロースを、よりにもよって殺そうってんだ」
ジョシュアは何度か小さくうなずき、口を開いた。こわばった笑みを浮かべて。話すうちにやがて笑みは消え、顔を歪め、時折奥歯を軋ませて。
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