第37話 2つのパンと砂時計 1 失われた少女
冬の季節
アドベントはすでに始まりを告げている…
ほんの少し昔の話、欧州の雪深き森の国の物語
少年は一年前に幼なじみの少女を失った
厚い氷の湖に落ちるはずはなかったのに
湖はひび割れて
少女を凍てついた水の中に飲み込みこんだ。
嘆きの中でも時間は過ぎ去り
少年はいつものように教会の慈善の手伝いをしていた…
仕事の一つとして
浮浪者を一人、慈善院に連れて来て施設の与えられた食事以外に
ボンヤリと呆けた顔をした哀れな浮浪者…
彼に
そっと…少しだけ自分自身の食事用のパンやスープを与えたのだ…
そして…数日後の事…
ある日の夕暮れに
慈善院の裏庭で雪の降り積もる中で
彼は立つていた
彼は少年を見つめる
まるで、数日前と違う男のようだった…
男の金色の瞳は生気を得て
輝いていた…
彼は少年にそっと話かける
「少年よ
優しき者よ…その善行に贈り物を授けよう…」
懐から取り出したのは砂場時計
廻りの木彫りには異国の文字に飾り縁取り
砂は虹色の光りを放つ不思議なもの
「これは時の砂時計
ただ一度だけ、時を戻してあげよう…」
浮浪者の姿をした者
長い銀の巻き髪に シワに刻まれた高い鼻
彫りの深い顔立ち
そして金色の眸(ひとみ)を輝かせ
静かに笑う
「あの時間だ…そう
そなたの大事な少女の時間だ
少女が自らの時を終わらせた時間…」
アリスンという名前の
可愛らしい少女
いつも笑いながら、飛び回ってた明るい少女
森の奥の慈善院に
頼まれたクリスマスの祝いの為の御菓子に品物を少々、籠に詰めて
小さな子供達に病で苦しむ者達の処へ…
アリスンは…近道に
いつものように
凍りついた湖の上に歩いて通り抜けようと…
だが…氷は…
あの日
厚く層をなしてたはずの湖の氷は…
音をたてて崩れ落ち
少女は、凍てついた水の中に飲み込まれ…
少女は…
少年は、少女の笑顔と笑い声を思い出し…
そして 凍りついた湖から引き揚げられた少女の姿を思い出し…
「少年よ…憐れみ深き者よ
そなたは、記憶を失い さ迷い…飢えた我に
浮浪者として町の裏通りに うち棄てられた、この身に
憐れみをかけた
施設に連れてゆき
リンゴに
二つのパンに温かなスープが命を繋いだ…
それが…例え、教えられたクリスマスの慈善の行為だとしても…」
「そなたが我を救った事に変わりない」
静かに笑い、男は言う…
「だが…少女を救うのは そなただ…
我は時を巻き戻すのみ、そなたが救わねば 少女は助からぬ」
「よいかな…」
「それに…くれたパンは二つ」
「故に…もう一つ同じ日の15年後に…
馬車に気をつけるがいい、これも、そなたが救わねば二つ失われる」
「まずは…最初の「一つ」を取り戻すがよい…」
男は光りを放ち、砂時計をひっくり返した
眩い光りに少年は目を閉じて
次の瞬間
夕暮れの時間だったはずなのに…
昼間の時間だ
場所も慈善院でなく…
街の中に僕はいた
手の中に…あの砂時計
「ヨハン」後ろから誰が声をかける
「お、おばさん」
少女、アリスンの母親…
確かアリスを喪い、病で山の向こうの街の病院に行ったはず…今だに入院中のはず
彼女は元気に明るく笑いながら
少年に話かける
「アリスンなら、森の奥の慈善院に御菓子などを持って出かけたよ!
一足違いだったねヨハン」
「え!」
「お…おばさん!!今日は何年の何月何日?」
そう…一年前の悲劇の日
あの男は不思議な魔法をかけたのだ
時をさかのぼり
ここは、過去の時間だ…僕は森の奥へと駆け出した
雪の積もった森の中を歩く少女はクリスマスの歌を口ずさみながら 森の奥の慈善院に向かっていた
手に持っていた籠には沢山の緑色や赤色のリンゴに御菓子の山
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