武士
武士。
丁髷を結ったガタイのいい男が二人と、長いポニーテールの着物の女が二人。四人とも腰には刀を二本差している。二本差しが許されるのは武士だけと、ヤトが耳打ちする。
その四人が、エルクとヤトを囲んでいた。息子だとかいう子供は一歩下がって様子を見ている。
「財布、出しな。怪我したくねぇだろ?」
「えっと……」
さて、どうするか。
すると、ヤトが小声で言う。
「ここはヤマト国。しかも、政府直属の武士相手に喧嘩を売ったら面倒なことになるわよ。私たちがガラティン王国の使者だとしても関係ない……ここは、そういうところ」
「どうする? 財布渡すのヤダぞ」
「私も嫌。殺すのはわけないけど」
「あ、そうだ」
エルクは、ポケットから小銭入れを出す。
それを武士に渡すと、武士はひったくるように取り、中身を確認した。
「あぁ? これっぽちか? てめぇ、異国から来たんならもっと持ってるだろうが!! 隠してんじゃねぇだろうなぁ!?」
「いやいや、ここに来るまで野盗に取られちゃって。命からがらここまで来たんですよ」
「………
と、エルクの目の前にいる武士が、仲間の女武士に聞く。
「嘘ね。懐に財布を隠してるわ」
「え」
「は、『異能』は知ってんだろ? こいつの異能は《
「あらら、バレた」
エルクは指をひょいっと動かすと、小銭入れが武士の手からエルクの手へ戻る。
ヤトがため息を吐き、仕方なくウェポンリングから武器を取ろうすると、エルクが遮った。
「……?」
「任せておけ」
「テメェ!! 武士を愚弄するとは許せねぇ!! 死刑に処す!!」
エルクが人差し指を立て、念動力を発動。
武士四人が刀に手を掛け、抜こうとする───……が。
「「「「!?」」」」
刀は抜けなかった。それだけじゃない、履いていた草履が地面にぴったりくっついていた。さらにさらに、四人の口がぴったりと閉じてしまい、喋ろうにも喋れない。
エルクは、武士の男に言う。
「迷惑かけてすみませんでした。あの、許してくれます?」
「し、カタない!! ゆるシ、テ……や、ロう!……!?!?」
武士の口が勝手に開き、喉が勝手に動き、声が勝手に出た。
武士の声は大きく、周囲の住民たちにもよく聞こえた。
エルクは頭を下げ、ニコニコしながら言う。
「ありがとうございます!! そこの子……悪かったな」
「ひっ……」
「じゃ、行くか。メシ食おうぜ」
「ええ」
エルクとヤトは、何事もなかったようにその場から去った。
ちなみに、武士たちが動けるようになったのは、深夜を過ぎてからだったそうだ。
◇◇◇◇◇
お昼を食べながら、エルクとヤトは話をしていた。
お昼はラーメン、話題はもちろん先程の武士だ。
エルクは、麺を啜りながら言う。
「武士って、あんな感じなんだな……うめぇ、この麺」
「政府が後ろ盾だからね。飲食代や買い物代を支払わないなんてザラだし、肩でもぶつかれば問答無用で斬られたりするわ。ほんと……武士も、それを放置している櫛灘家も、どうしようもないわ」
「……お前の家だろ」
「昔の話。私はヤマト国出身だけど、こんなクソみたいな国、故郷だなんて思ってない。家族も、櫛灘家の連中じゃなくて、式場家の人たちよ」
「式場家……」
「傭兵一家よ。私は、櫛灘家の人間として戦場に出たの。でも、櫛灘家を欺くチャンスだと思ってね……死を偽装して逃げ出したのよ。少しヘマしちゃって、そこで救ってくれたのが式場家のみんなよ」
「へー……」
「救われて、一緒に傭兵稼業をしながら暮らしてたの。いろいろあって式場家を出て、ガラティーン王立学園の入学試験を受けて、学生になったんだけどね」
「お前も、いろいろあるんだな」
エルクは麺を食べ終え、スープを飲み干す。
ヤトは、レンゲで上品にスープを掬って飲んでいた。
「でも……見つかった。留学生として来たカヤに指令が来た。私を、連れ戻せってね……」
「……戻るのか?」
「何度も言わせないで。戻るつもりはないし、私がここに来たのは、櫛灘家との因縁を終わらせるため。はっきり言ってやるのよ。私はもう、式場家のヤトだってね」
「……大丈夫なのか?」
「ええ。戦いになる可能性もあるけど……エルク、頼りにしてるわよ」
「俺かよ……」
「ふふ。冗談よ」
ヤトはいたずらっぽく微笑み、残ったスープを飲み干した。
◇◇◇◇◇◇
ヤマト国。アサシン養成所に併設されているアサシン本部。
カヤ、アカネの二人は、本部に来ていた。
向かったのは、本部長の執務室。
ドアをノックすると、中から「入りなさい」という硬い女性の声が聞こえた。
中に入り、二人は敬礼する。
「御庭番衆所属、カヤです。一時帰還しました」
「第一アサシン部隊隊長アカネです。ただいま帰還しました」
「ごくろう」
窓際に立っていた女性が振り返る。
五十代前半の女性だ。立っているだけなのに隙がまるで無いことから、熟練のアサシンだということがわかる。
アサシン教団本部長、シャクヤク。
現在、最強のアサシンの一人と呼ばれている。
「御庭番衆カヤ。任務ご苦労でした。櫛灘家の三女を連れて帰ったようですね」
「…………そのことですが」
「わかっています。死んだはずの三女をなぜ今更……ということですね?」
「そうです。本部長、私は」
「その前に……カヤ、あなたはガラティーン王立学園でサクヤ様と接触していながら、なぜその事実をすぐに報告しなかったのでしょうか? 我々がサクヤ様のことを知ったのは、よりにもよって、夜祭遊女から得た情報ですよ?」
「そ、それは……」
「カヤ。あなたは本日付けてガラティーン王立学園を退学処分、情報の隠ぺいをした罪により、謹慎処分となります」
「なっ!? そ、それはどういう」
「サクヤ様も同様に退学となり、明日以降から櫛灘家の三女として戻ることになるでしょう。あなたへの話は以上……下がりなさい」
「しゃ、シャクヤク様!! 私は」
「下がりなさい」
「っ……」
すると、カヤの背後に現れたアサシンが、カヤの両腕を掴む。指にはめていたウェポンリング、アイテムボックスが外され、さらに口を押さえつけられ首に何かを注射された。
カヤは、即座に意識を失い、引きずられながら退室した。
アカネは、一部始終を見ていたが何も言わない……言えなかった。
「アカネ。あなたに聞きたいことがあります……ガラティーン王立学園のアサシン、エルクのことです」
「……はい」
「アサシンは世界中に存在します。ヤマト国がルーツでないアサシンも多く存在しますが……ガラティン王国のアサシン、『
「……彼は、爆弾です」
「……ふむ」
「恐ろしく強い。対峙してわかりましたが……あれは、火が付いたら終わりです。死を運ぶカラスとなり、我々に牙を剥く。その牙はおそらく、櫛灘家だけじゃない。このヤマト国すら飲み込むでしょう」
「……大げさな」
シャクヤクは吐き捨てるように呟いた。
だが、ヤマト国は知ることになる。
死の遣いであるカラスが、本来持つことのない牙を剥いた時、どうなるかを。
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