成氏の憂鬱

■川越城


川越城を大軍で囲んだ足利成氏は太田道真に対し、降伏の使者を向かわせ、拒否をされた翌日から3日に渡り総攻めをおこなっていた。


結果は、深い水堀に囲まれ、攻め口と言えば、門に続く限られた道しかない川越城を前に、城門に取り付く事すら出来ず、死者、手負いを増やし、千人以上の兵を失っていた。


3日目の総攻めの後、毎夜、本陣とした豪商の屋敷で軍議を開くも、初日、2日目、3日目と勇み立っていた諸将も、3日連続で寄せ手に多数の被害が出た事で、日に日に国人衆達も消極的となり、今では「我こそが!」 と名乗り出る者も居なくなった。


今、本陣に居る国人衆達は、ただ周囲の者達の顔色を窺い、自分に城攻めを命じられない事を祈っているような感じだ。


そんな諸将を前に、総大将である成氏は、これ以上、力攻めを行うべきか、川越城には抑えの兵を残し江戸へ向け進軍をするか悩んでいた。


だが、川越城を攻める前、太田道真に降伏を促す使者を送った際、道真より「敵わぬ迄も公方様が率いる大軍を相手にして一歩も引かず、城を枕に討ち死にし、死に花を咲かす所存。 公方様には、道真最後の花道、最後まで、とくと御照覧あれ」との返答があり、諸将の前で成氏自身が道真を坂東武者の鑑と賞し、「川越城を落とし、道真の首を獲るまで兵は進められぬ」と、そして道真に対し、「足利成氏が道真殿の死にざま、とくと見届ける」と、宣言をしてしまった以上、たった3日に渡り総攻めをしただけで、その後、暫くの間、城を囲んだだけで城攻めを諦めれば公方として、そして武将として、自身の言葉が軽くなるのではないかとの思いが圧し掛かっていた。


「誰ぞ、川越城を攻め落とす妙案がある者はおらぬか?」


悩んでいる事を顔に出さぬよう注意を払い、普段と変わらぬ表情で成氏は諸将へ問いかける。


「恐れながら申し上げます。 城方は火を放ち城下を燃やしております。 本来であれば家、屋敷を取り壊し堀を埋めるのが定石でございますが、それも叶わず、また土を掘り起こし堀を埋めるにしても、城からの印地打ちや鉄砲での狙い撃ちにされる事が予想され、難しいかと…。 なれば、このまま城を囲み、兵糧攻めを行いつつ、城内の者に内応を促すのがよろしいかと…」


成氏の問いに、祇園城(栃木県小山市城山町付近)、城主、小山成長おやま しげながが、おずおずと答える。


「内応を促すか…、して? 内応に応じそうな者が城内におるのか?」


「い、いえ、おりませぬが、大軍にて城を囲み、兵糧攻めを行えば、内応したいと申す者も現れるかと…」


「ぬるい!! これだけの大軍で攻め寄せておいて兵糧攻め? 城兵を内応させるだと? 公方様に恥をかかせるつもりか!!」


小山成長の話を聞いていた常陸太田城、城主、佐竹義治さたけよしはるが苛立ちを隠す様子もなく、成長に食って掛かる。


「なれば佐竹殿は、どうされるのが良いと申すのだ?」


「ふん! 力攻めで攻め落とすに決まっておろう! 城門を攻めつつ、水堀を埋めるのだ。 如何に城の守りが頑強と言えど、守る兵はたかが知れておる。 城門を力ずくで破ろうとすれば、城兵は門に兵を集めよう。 その隙に堀を埋めるのだ!」


「それで堀が埋められると? 堀を調べた兵の話では相当深いと聞く、堀を埋める前にこちらの狙いを読まれ、裏をかかれたら如何するのだ! 堀に水を引き入れている川は堰き止めた、にもかかわらず水は引かぬ、水が湧いているからであろう。 仮に埋められたとしても、ぬかるんだ地に足を取られ、良い的にされるだけではないか!」


小山成長は自身の策を「ぬるい!」と言われた事で、反対に苛立つ、佐竹義舜に食って掛かる。


佐竹義治が苛立つ原因、それは留守居の家臣から、那珂湊、大洗湊が海賊衆に襲われただけでなく、人的被害はほぼ無いものの、領内の村々が野盗に襲われているとの知らせが届いており、許されるのならば、今すぐにでも兵を纏めて所領に戻り、野盗を討伐し、治安の維持と湊の復興をと思っているからであった。


そして、それは、佐竹だけでは無く、常陸に所領を持つ国人衆の多くが思っている事だ。

一部、大掾氏への抑えとして兵は残しているが、多くの国人衆達は、所領から根こそぎ村々から男を集めたため、残っているのは、ほぼ老人や女子供だけのため、野盗達にやりたい放題されている。


野盗の被害を受けていない下野国の国人衆が口にする悠長な策を聞いて、苛立ちが頂点に達し、常陸の国人衆を代表する形で佐竹義治が、小山成長に食って掛かった感じだ。


感情的になった2人に、このまま言い争いをさせていては流石に拙いと感じた成氏が声を発しようとした時、本陣へ大手門の前に布陣する国人からの使いが駆け込んで来た。


「申し上げます。 川越城の太田道真よりの書状を、公方様へ届けて欲しいとの事で、預かって参りました」


本陣にいた諸将は、道真からの書状と聞き、一斉に使いの者に目を向ける。

目を向けられた使いは、どうしたら良いのか分からず、その場で固まるが、成氏の近習が「ご苦労である」と声をかけ使いの者より書状を受け取り、書状を成氏に渡す。


書状を一読した成氏は、深くため息をつき、目を瞑る。


「恐れながら、道真よりの書状には何と?」


「書状では無く、歌だ! ぬるい城攻めを続けられ、勇ましく死に様を見届けると言われたが、このままでは討ち死にする前に、床で死を迎えそうだ。 との事が歌に込められておる」


成氏に対する挑発ともいえる、歌が書かれた書状を成氏は、国人衆達に回し読ませている間に思案に暮れる。


川越城を落とし、太田道真の首を挙げねば、公方としての沽券にかかわるのではと…。

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