見落とし

1484年5月


江戸城の一室に、風間元重、音羽半兵衛、望月彩芽、服部孫六、宇田川清勝と川上屋彦左衛門が集まっている。

宇田川清勝は品川湊の店を構え、堺、博多、最近では琉球にも拠点を置く商人であり、川上屋彦左衛門は俺が大泉を領していた時からの付き合いがある商人で、こちらも江戸湊に店を構え、堺、博多、蝦夷に拠点を置く商人だ。


宇田川、川上屋共に今は豊嶋家の御用商人のような状態であり、豊嶋家の大船を使い各地との交易をおこなっており、風魔衆と共に無理のない範囲で各地の情報を集めている。


そして、今日、風魔衆の幹部4人と大店の商人である2人が集まっているのには理由があった。


「彩芽の予測が外れ、当初は昨年の内に伊賀へ帰ると思われていた、百地権六とその一党が古河の足利成氏にまだ雇われていると言う事か」


「左様でございます、昨年末より百地権六との繋ぎが取れなくなりました。 それと同時に、古河のみならず、宇都宮家、小山家、小田家、結城家、那須家の者を調略し、豊嶋に情報を流させていたのですが、その者達の一部が捕えられ、一族共々首を刎ねられており、恐らく百地権六の手の者が動いているものと思われます」


百地権六の動向と古河方面を監視していた望月彩芽が申し訳なさそうに頭を下げる。


「謝る必要はない。 成氏が百地権六に命じ豊嶋と繋がっている者を調べ上げ、見せしめとしたのだろう。 連雀商人等に化けて潜り込んでいる風魔衆への被害はどうだ? 場合によっては引き上げるなりする必要があるだろう」


「それにつきまして、風魔衆への被害はございませぬ。 恐らくは商人に化けている者を下手に殺せば悪い噂が立ち商人が近づかなくなる事を恐れてかと」


確かに、連雀商人が数人殺されただけなら野盗の仕業で済まされるだろうが、連雀商人として多数入り込んでいる風魔衆を片っ端から殺せば治安が悪いとの噂が立ちかねない。


間者だとして殺しても商人達は間者との疑惑をかけられるのでは? と恐れて足が遠のく恐れがある。

ならば、調略され情報を流している者を見せしめとして一族共々首を刎ねれば、次は自分が…、と恐怖に駆られ情報を流さなくなる。


実際の所、各家で調略出来ている者は下級武士が多く、上役から聞いた話等を連雀商人に化けた風魔衆へ流していた程度だが、その程度の情報すら流さないようにしようとしているようだ。


「今後については、今まで通り連雀商人として風魔衆を潜り込ませるが、被害が出るようなら引き挙げさせろ。 幸いなことに古河と宇都宮に店を構えている風魔衆は今の所無事であろう。 その者達から水運を使った商いの際に情報を仕入れられれば良い」


「かしこまりました」


彩芽が頭を下げると、その後を継ぐように服部孫六が話を始めた。


「古河公方についてですが、現在再建中の三峯宮に来た修験者よりの情報になりまするが、どうやら豊嶋に悟られぬよう、密かに武具などを買い入れており、従う国人衆も同様に目立たぬように武具などを買い入れておりまする」


「密かにか…、それは宇田川、川上屋からの情報と一致しているな。 昨年は合戦せず兵糧を貯えつつ、こちらに悟られぬよう武具を買い集めている。 盲点であった! 一度で大量に買い付ければ直ぐに気付いたが、普段流通している量より多少増えた程度なら、さして気にも留めぬと見込んでの事だろうな」


そう、宇田川と川上屋の手代として情報収集や物資の動きを調べていた風魔衆の者が、最近になり、売られる兵糧の量が例年より少なく、反対に武具など合戦に入用な物が例年よりも多い事に気が付いた。


宇田川清勝と川上屋彦左衛門が申し訳なさそうにしているが、そもそも2人には豊嶋領に店を構える商人の取り纏めは任せてはいるが、古河方面への商売を禁止していないうえ、利根川の水運も封鎖していない以上、豊嶋領の商人全てを監視する事は不可能なのだ。


「ではそろそろ古河の成氏が動く可能性があるな。 上野国に居る関東管領上杉顕定と、相模の扇谷上杉定正の動きはどうだ?」


「それにつきましては、今の所、表立った動きはございませぬ。 ただ上杉顕定は越後より武具などを仕入れておりますが、こちらも普段より多少多い程度にございまする」


関東全体の情報を取り纏めていた風間元重が整理した情報を説明するが、多少多く武具を買い入れている程度、ぐらいの情報しか無いようだ。


「あの関東管領なら目立つ動きをしそうなものだが…、景春が情報統制をしている可能性があるな。 まあよい、何か動きがあれば即座に知らせよ。 それと、関東管領である上杉顕定の元に身を寄せている吉良成高の調略はどうなっておる? 豊嶋家の家臣となり旧領に復帰させる条件だ、悪い話ではないはずだが」


「はっ、吉良成高につきましては、未だ悩んでおり、このまま関東管領を頼っていれば旧領に復帰できる可能性を捨てきれぬ様子にございまする」


「そうか、なればもう一手、豊嶋と関東管領上杉顕定を天秤にかける事を許すと伝えよ。今、豊嶋が望むのは情報だ、その情報を流せとな。合戦の際は上杉顕定に従い豊嶋を攻めても良い、だがここが好機と見た時に寝返れとな」


風間元重は若干驚いた様子ではあるものの、関東管領である上杉顕定に近い人間から情報を得られる利点に納得した表情を浮かべる。


武蔵の吉良家は傍流とは言え、名家だ。

恐らく上杉顕定も、所領を追われ、己を頼って来た国人衆よりも厚遇しているはず。

その吉良成高が釣れれば、恐らく関東管領上杉家の情報が筒抜けになるはずだ。


「さて、音羽半兵衛、其方に命じた乱破働きの出来る兵だがどの程度育った?」


「はっ、風魔衆の者と比べれば劣るものの、道なき野山を駆けながら戦う事に加え、馬術や弓、鉄砲の扱いも覚えており使い物にはなるかと。今は、林などと同化し潜み、敵を襲撃する鍛錬をおこなっておりまする」


何故、この場に呼ばれ報告を求められたのか不思議そうな顔をしている音羽半兵衛だが、報告を聞いた他の者から、「その者達は、このような働きはできるか?」「あれが出来るようになれば、働きの場が増えるのではないか?」など色々聞かれ、助言を受けている。


そう、この場に音羽半兵衛を呼んだのは、風魔衆の補助的な役割を可能とする部隊がどの程度育っているのかを幹部に把握させ、場合によっては今すぐ風魔衆の手伝いをさせる事もあるかと思ったからだ。


どうやら今すぐ手伝いをさせられるような事にはならなかったが情報交換が出来たのは良い事だ。


まあ音羽半兵衛に兵を育てさせている本来の目的は俺直属の馬廻り兼、合戦時の乱派働きだ。

基本的に合戦の際、風魔衆は広域にわたり単独、または少人数の組に分かれ活動しているのが現状だ。

現在の所はそれでも何とかなってはいるが、今後、合戦の規模が大きくなった際、本陣に詰めている風魔衆だけでは手が足りなくなる可能性がある。

それを補う為の兵だ。


うん、成氏が伊賀者を雇った事で、風魔衆が伊賀者の対応で動けない場合に役立つはず? の人材だ。

順調に育っていてよかった。

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