入城

「胤兼!! その方は何をしに行ったのだ!! そのような条件をワシが呑むと思うてか!!」


本佐倉城の広間に千葉孝胤ちばのりたねが、豊嶋の陣から帰り、豊嶋家に突き付けられた和議の条件を伝えた原胤兼はらたねかねを怒鳴りつけている。


「恐れながら申し上げます。 臼井に留まる豊嶋軍は5000、対して我らは500に満たぬ兵しかおらず、それに加え、この本佐倉城はまだ築城の途中、籠城すらままなりませぬ。 今は恥辱を甘んじて受け入れるしか…」

「ふざけるな!!! 香取郡、海上郡、匝瑳郡は安堵する。 ワシは千葉家の正統な当主でないから、千葉の名を返上し元の岩橋姓を名乗れだと!! 何様のつもりだ!!」


「お怒りはごもっとも、なれば今はそのお怒りを心の内に収め、捲土重来を期すのが最善かと…」

「捲土重来だと!! 下総の大半を失い、千葉の威信をも失うのだぞ」


千葉孝胤自身、現状は理解をしてる為、次第に冷静になりつつあるが、その顔は不機嫌そうな表情を浮かべている。


「某も原殿の申される通り、今は条件を呑み恥辱を受けようとも捲土重来を期す方が良いと存じます」

「利久、其方も原と同じことを申すか!」


利久と言われた千葉家、重臣の1人である柳沢利久が千葉孝胤の問いに頷く。


「豊嶋は未だ下総を従えたとは言えませぬ。 豊嶋の圧力に屈する国人共は多いと思われますが、それは表面上の事。 殿が兵を挙げれば必ずや兵を率い馳せ参じましょう。 それに古河公方様に要請し上総、常陸から援軍を出して頂ければ、下総から豊嶋を追い出すことも出来ましょう」

「だが、千葉の姓を岩橋に改めれば、千葉家に従う国人衆達はどう思うか。 命惜しさに千葉の姓まで捨てたと思われるであろう」


「確かにそう思う国人共も居るとは思われますが、再起を図り兵を挙げる際、古河公方様から殿が千葉家の正統な当主であるゆえ千葉姓を名乗り下総を平定せよとの書状を賜ればよろしいかと。 それに今から各地に陣触れを出し、上総、常陸に援軍を要請しても兵は集まらぬかと…」

「公方様頼みか…、しかし此度の負け戦は公方様のせいでもある。 確かに援軍を出す事も千葉姓を名乗るよう命じる事も公方様は拒めぬか」


「左様でございます。 此度、公方様はいち早く兵を退き、殿の元に豊嶋とは合戦をせず兵を退くように、との書状が届いたのは昨夜、表立って責める事は出来ませぬが、此度の負け戦は公方様が兵を引き上げたのが原因でありますれば」

「なれば、意地を張り、今、豊嶋と争うのは得策ではないか…。 和議を結ばず引けば豊嶋に追撃する口実を与える事になるが、和議を結べば豊嶋は我らに手を出せぬ。 胤兼! 豊嶋の陣に向かい和議の条件を呑む旨を伝えよ」


「ははっ!!!」

命を受けた原胤兼は、その場で頭を下げるとそのまま立ち上がり豊嶋が陣を張る臼井へ向かう。


翌朝、千葉孝胤が本佐倉城から退去したのを確認した後、豊嶋軍が本佐倉城に入城した。

引き渡しの際に千葉孝胤に会えるかと思ったが、俺とは顔を合わせたくないようで、城の引き渡しは原胤兼が対応していた。


本佐倉城に入城した後、広間に諸将を集めると、即座に今後について命を下す。

一方的な条件の和議を千葉孝胤に押し付け本佐倉城から追い出しはしたが、急に兵を退いた足利成氏の動向が気になるうえ、下総の大部分もまだ豊嶋家が完全に掌握したとは言い難い。

出来得る限り手を打っておかなければ、いつ奪い返されるか分からない状況だからだ。


「まず、此度の合戦、大儀であった。 千葉・真里谷の兵を数多討ち取り下総、上総を手に入れる事が出来た。 これも皆の働きがあってこそ。 豊嶋家当主として皆に礼を申す」


上座に座った俺が、その場で思いついた事を口にすると、広間に集まった諸将が平伏する。


「此度の合戦で得た土地は多いが、未だ豊嶋家に従わぬ者もおろう。 そして千葉…、いや岩橋であったな…、岩橋孝胤も所領奪還を目論んでおるであろう。 故に暫くの間、下総、上総の所領は一部を除いて豊嶋家の直轄とする」

「恐れながら申し上げます。 一部を除いてとは如何なる事で?」


今回の合戦における功労者ともいえる平塚基守が広間に居る諸将を代表するかのように口を開く。


「言葉のままだ。 本佐倉城と佐倉一帯を千葉実胤ちば さねたねと弟の千葉自胤ちば よりたね兄弟に与え、成田、印西一帯の代官を命じる。 平塚基守は合戦続きで悪いが、俺の専業兵士2500に鉄砲隊100付けて預ける故、一帯で豊嶋に従わぬ者共を追い払え」


「承った! 従わぬ者も多くおりましょう。 手柄の立て放題という訳ですな」

更に手柄を挙げられると笑みを浮かべる平塚基守だが、本佐倉城と佐倉一帯を与えられた千葉兄弟の兄である千葉実胤は神妙な顔をしている。


「畏れながら申し上げます。 某は合戦には疎く、佐倉を治めるには力不足故、お許し頂けるのであれば弟の自胤に千葉家当主の座を譲り隠居したく…」


元々、千葉家の宗家復帰を諦めていた節がある兄の千葉実胤が、宗家復帰を諦めず合戦に明け暮れていた弟に当主の座を譲りたいと言い出した。

当の弟は突然の事に驚き口をパクパクさせているが、兄である実胤は真剣な表情をしている。


「許す!! しかし隠居は認めん! 弟である自胤を千葉宗家の当主として盛り立てよ。 下総の多くを制圧したとはいえ、まだ岩橋孝胤に従う者、心を寄せる者も多かろう。 その方は自胤を助け千葉家を盛り立てよ。 本佐倉城と佐倉一帯を与えたとはいえ、やる事は多いぞ」

「ははっ、必ずや自胤を千葉宗家の当主として盛り立てます」


「では、千葉自胤! 千葉家の当主となった其方に命を下す」

「は、ははっ!!」


兄である実胤が突然当主の座を自分に譲ると言い出し、俺がそれを即答で認めた事で驚き、頭が一瞬真っ白になっていたであろう自胤が、ハッとしたような表情で平伏する。


その後、俺が自胤に命じた内容を聞き、驚いたような表情を浮かべている。

そう、俺が命じたのは…。


与えた佐倉一帯、そして代官命じた成田、印西一帯の検地を実施し、その上で年貢を再来年まで3公7民にする事。


下総各地の国人衆達に対し、岩橋孝胤は自身が千葉宗家で無い事を認め、千葉姓を捨て岩橋姓に戻し、千葉自胤が正統な千葉宗家の当主となった事、千葉家は豊嶋家の傘下に属するので、千葉家に刃を向ける事は豊嶋家に刃を向ける事、そして豊嶋家に刃を向ける事は千葉家に刃を向けると同じである、との旨の書状を送る事。


佐倉の諸城へ家臣を配置し防衛網を構築する事。


即座に兵を募集し専業兵士を最低でも1000人は雇い訓練を施す事。


の4つだ。

築城途中である本佐倉城については豊嶋家が築城を引き継ぎ完成させるので千葉家に負担はかからない為、命じた4つの事に集中させる。


因みに本佐倉城の築城に関しては、佐倉、成田、印西の領民に日当だけでなく昼飯付き、という条件を提示したうえで雇い、一気に築城を進める。


そして平塚基守は俺が預けた専業兵士を率い、豊嶋家、千葉家に従うのを良しとしない国人衆を攻め滅ぼす。

兵を率い参陣してくる国人衆は当然の如く豊嶋家が所領安堵をし、手柄に応じて褒美を与える。


そう、千葉自胤には千葉宗家としての地位を取り戻し、豊嶋の命で佐倉の民心掌握に加え防衛力を強化し、豊嶋家の一門衆である平塚基守が兵を率い周辺に睨みを効かせ、敵対した者を滅ぼす。


下総の国人衆達の目には千葉自胤が千葉宗家の当主となってはいるものの、実質は豊嶋家が下総を支配しているように見えるはずだ。


これで万が一、千葉自胤が裏切って古河公方である足利成氏や、関東管領である上杉顕定に寝返ったとしても、下総の国人衆達の多くは千葉自胤に従わないはず。


俺が千葉兄弟に望む事は、恐らく古河公方の力を借りて、いずれ再起を図り兵を挙げるであろう岩橋孝胤を釣り出す餌になる事で、本佐倉城を守りきれたら更に良しといった感じだ。

口には出せないけど…。

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