裏切り

1482年10月


10月半ばになり古河公方である足利成氏が各地に陣触れを出したとの情報が江戸城に居る俺の元に届けられた頃、突如として古河公方から葛西城の城代を任されている岩松成兼が豊嶋家に寝返った。


当然、葛西城には城代である岩松成兼の他にも古河公方の家臣が与力として在城していたが岩松成兼の兵によって急襲され討ち取られた。

古河公方の家臣達を討ち取った岩松成兼は即座に石浜城の豊嶋泰明に援軍を要請し、泰明は既に動かせる500の兵を率いて葛西城に入城した。


岩松成兼の突然の裏切り…、少し前までは難色を示していた成兼が心変わりしたのには理由があった。

それは9月末頃に古河公方から送られて来た書状だ。


内容は葛西城を手に入れた後、民心の掌握が出来ていない事、増水により流された田畑をそのままにし貫高が落ちた事、領民の逃散を止められなかった事、また2度に渡り建設途中の城を燃やされると言う失態を叱責し、新たに成氏お気に入りの側近である大野成春を城代に任命したので古河に戻るようにとの内容が書かれた書状だ。


身分の低い家の出にも関わらず容姿が良いと言うだけで成氏に気に入られ小姓から側近となった大野成春に城代の座を奪われる事になる書状に激怒した岩松成兼は使者を帰らせた後、即座に行動を起こし寝返った。


岩松成兼に届けられた足利成氏からの書状…、実は前々から古河公方に冷遇されている家臣に狙いをすまし調略をおこない、調略に応じた山野秀家という者を500石で召し抱える事を条件に偽の書状を届けさせたのだ。


山野秀家は成氏の祐筆の1人として仕えていたが女だけでなく男色も旺盛な成氏がお気に入りの若者複数人を祐筆とし秀家は遠ざけられた。

見た限り無骨な顔をしている訳では無いが本人には男色に興味が無く、また年が35歳という事もありお払い箱になった感じだ。


俺お抱えの祐筆は既に5人程居るので、豊嶋家で祐筆として召し抱える事は出来ないが、文字が書け、相応の学がある為、今は宮城下にある学舎で内政について勉強をさせ、その後内政を統括する白子朝信に付ける予定になってる。


それはさておき偽の書状を読み激怒し成氏を裏切った岩松成兼は、事が露見する前に古河に居る自身や家臣の妻子を身一つで急ぎ葛西城へ来るように命じ、到着すると豊嶋家から派遣された豊嶋泰明に葛西城を明け渡し江戸へやって来た。


それにしても手際が良い…。

調略をかけていたとは言えここまで手際が良いと反対に古河公方の策では無いかと疑いたくなるが妻子を連れてきているから大丈夫だと思う。恐らく色よい返事をすぐにして来なかったのは豊嶋家と古河公方を天秤にかけていたという事なんだろう。


江戸城の広間で岩松成兼に会い、5000石の所領に加え褒美として300貫文を与え、暫くは城下に住むよう命じる。

家臣を連れて来たとはいえその数は150人程で殆どの家臣や足軽は豊嶋家に寝返ったという事実に気付き逃げ出したようだ。

江戸について来た家臣達は忠誠心が高いか今更古河に戻っても最悪裏切り者として処断される可能性があるから戻るに戻れないと思っている者だろうと思う。


葛西城に入城した泰明には兵糧を送ると共に、葛西周辺の農民への施しと周辺の国人衆や地侍の懐柔を命じると共に、平塚城城主である平塚基守に兵を率い葛西城に行くよう指示を出す。

豊嶋泰明が城主を務める石浜城からも追加で兵が葛西城に送られ、平塚基守の兵と併せて1500人程の兵となる。


古河公方の動きにもよるが今のうちに領民を慰撫し、施しを与えたうえで日当を払い人足として雇って葛西城の防備を強化させる。


古河に送り込んでいる風魔衆からは何処に兵を進めるのか報告は来ていないが、岩松成兼が豊嶋に寝返ったとの話が広まり少なからず古河周辺の者達に動揺を与えているとの事だ。

恐らく今回の寝返りに怒った古河の足利成氏が葛西城を奪還するために、集めた兵を送り込む可能性が高いが現状として未だに何処を攻めるのかがはっきりしない為、俺としては様子見をするしかない。


俺だったら葛西城の奪還を公言したうえで進軍し、途中で進路を変えて他の城を攻めるし。


そして岩松成兼の裏切りから10日後、風魔衆より古河公方である足利成氏が兵を率いて古河を出陣したとの報告があった。

狙いはここ江戸城、利根川を南下し葛西城を落とした後、江戸城を攻めると公言したらしい。


成氏に従うのは宇都宮、小山、小田、結城、那須の兵を含め15000程、風魔衆によれば下総からは千葉孝胤が5000程、上総からは真里谷信勝が4000程の兵を率いて出陣したとの事だ。


どうやら岩松成兼の寝返りは成氏にとって寝耳に水だったようで、その怒りは凄まじく当初は幸手、久喜を通り川越城を攻める予定だった所を急遽、葛西城、江戸城攻めに変えたらしい。


各城へはいつでも出陣できるよう準備をさせていた為、伝令を送り出陣を命じると共に、風魔衆への指示を出し、その後、各所に書状を送った後、専業兵士7000を率いて江戸城を出陣する。


送った書状には援軍を要請する…、内容では無く後方の憂いを無くす為、主に成氏への牽制を依頼している。


成田家には関東管領と足利成氏に呼応しそうな国人衆の監視を。

太田家には古河を目指して兵を進めてもらい後方の撹乱を。

三浦家は扇谷上杉家の抑えで大軍を動かすのが難しい為、1000人程の兵を安房へ派遣して貰う内容だ。

安房の里見成義にも書状を送り三浦家の兵が到着したら真里谷が出陣した後の上総へ兵を進めるよう指示を出す。


本来ならば一旦集結して出陣するのが普通だが、今回、陣触れを出し俺だけが先に出陣したのには理由がある。

全軍揃ってからだと入間川と利根川の渡河に時間がかかるからだ。

順次集合地点に集まってくれた方が早く合戦の想定地域に集結出来るはず。


それにしても今回の合戦で豊嶋家が出せる兵数は12000人程とは…。

武蔵守の名を使って武蔵の国人衆へ出陣を命じる事も出来るが関東管領の影響力が残っている以上、恐らく多くの国人衆は出兵を躊躇うはず。


それに兵を出したとしても関東管領の息がかかった国人衆などが加われば最悪合戦の最中に裏切られる可能性もある。

なのでどうしても江戸の近くに所領のある豊嶋家の者と従属している国人衆のみとなってしまう。

また数で負けている合戦だ…。


毎回思うけど相手を上回る兵力を率いて余裕を持って戦いたいよ…、ほんとに…。

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