長尾景春の決意
道灌が江戸城に来てから6日程経ったが、風魔衆に領内を調べさせたら最近江戸城の城下に来た者で怪しい集団が3組程居るらしい。
どれも8~10人ぐらいだが、1つは野盗崩れ、1つは下級武士、1つは身なりの悪い商人、風魔衆が密かに見張っているが、どう考えても俺的に下級武士の集団が道灌への刺客だと思う。
ていうか上杉顕定と上杉定正は馬鹿なのか?
それともまだ道灌を殺そうとしている事がバレて無いと思ってるのか?
多分後者なんだろうけど、もっと怪しまれないようにすればいいのに…。
とはいえ他の2組が刺客の可能性があるので監視は続けさせるが、風魔衆には刺客の可能性がある3組の集団の中で欲深そうな人間が居ないかも調べるように命じた。
まあ道灌が江戸城から外に出ない以上襲撃するチャンスが無いので、暫くしたらどれが刺客か分かるだろうと思っていたら直ぐに刺客が判明した。
意外にも刺客は身なりの悪い商人の一団だったらしく、判明してから10日とせずに姿を消した…、と言うよりこの世から消えた。
風魔衆が捕えて拷問してその後で楽にしてあげたらしい。
因みに、野盗崩れも下級武士も専業兵士募集に応じる為にやって来たらしい。
絶対に下級武士集団が刺客だと思ったのに…。
一方、刺客が送り込まれている当の道灌は、江戸城に来た翌日に見事にやらかしてくれた。
道灌が廊下を歩いていた際、正面から照と彩が歩いて来たのだが、彩が三浦時高の娘と名乗り挨拶をした際、何を思ったのか照を見て「其の方は宗泰殿が江戸城を攻め取った際に合戦に加わっていた者ではないか。 今は彩殿の侍女として護衛をしておるのだな」って言いやがった!!!!
自分の娘であることに気付かず、侍女扱いされた照は「私は照と申します!!」と言い、道灌が驚いて呼び止めるも、それを無視して去ってしまったらしい。
その後、すぐに道灌から照との間を仲立ちして欲しいと来たと思えば、夕餉の際は照が道灌が江戸城にいる間は実家に帰ると言われた。
ふと実家って何処? と思い、一応聞いてみたら石神井城だった…。
いや、照さん、貴女の実家は岩槻城…、ってツッコみたかったが、怒っている女の子にツッコミを入れると、俺にまで火の粉が降りかかりそうなので辞めた。
その後、怒り心頭の照を宥め、何とか道灌との対話の場を作った。
対話の場で道灌が思いっきり頭を下げて、今まで手紙も送らず、また会いに来もしなかった事を照に謝っていたので、少しは照の機嫌が戻り、実家には帰るのは取りやめて江戸城で生活するらしいが、親子関係が修復されるのにはまだ時間がかかりそうな感じだ。
そんな長閑な? 江戸城と異なり、平井城では上杉顕定と上杉定正が2人で道灌を罵っていた。
「道灌めが!!豊嶋を攻めようとしているという話を手土産に、憎い相手の元に身を寄せるとは武士の風上にも置けん!!」
「真に、しかし豊嶋に身を寄せたのなら主家に逆らった罪人として道灌の首を豊嶋宗泰に差し出すよう命じ、断れば豊嶋を攻めると言うのはいかがであろう?」
「顕定様も定正様も落ち着きくだされ。 今そのような事をしては、せっかく落ち着いた上野、武蔵、相模が再び戦乱の場となりまする」
「何を申すか、景春!! 其方とは和議を結び関東管領家の家宰となっておるなれば、敵は豊嶋だけであろう!!」
「恐れながら、豊嶋宗泰は太田道灌の息女、三浦時高の息女を娶っており、近々成田正等の息女をも娶るとの事。万が一にも三浦、太田、成田が豊嶋に味方すれば、先の合戦の武勇もござりますれば、国人衆の中には同心する者が現れる恐れが大きゅうございます」
「道灌の娘だと? そのような話は聞いた事が無いぞ!! だがそれならば道灌は娘を嫁に出した豊嶋を滅ぼそうとしていたということ。なれば太田が豊嶋に付くこともあるまい。 それに三浦にせよ成田にせよ、婚姻を結んだだけで関東管領である顕定様に逆らうなど馬鹿な真似はせぬであろう」
顕定は乱を起こした景春と和議を結び家宰とした事で、合戦となったら景春に味方していた国人衆も自分に従うと信じて疑いもせず、所領を拡大した豊嶋家を相手にしても簡単に勝てると思っている。
そして道灌の主君だった定正は、道灌の娘が宗泰に嫁いでいる事すら知らないばかりでなく、豊嶋家と事を構えれば三浦家、成田家、太田家が敵に回る可能性すら気が付いていない。
そして何より9000人の兵で倍以上の足利成氏軍を破り、1万近い敵を討ち取ったとの話は上野、武蔵、相模に広まっており、それが全て豊嶋宗泰の武勇、知略によるものと伝わっている。
そんな中で取るに足らない理由で豊嶋家を攻め、初戦で負けでもしたら国人衆は一気に豊嶋家に味方する可能性が高い。
景春は2人の話を聞き、怒りとも呆れともつかぬ気持が沸き上がって来る。
顕定も定正は何も分かっていないどころか、関東の情勢を分かって無さすぎる!
恐らく討ち死にした前家宰である長尾忠景が己の都合の良い事のみを伝えていたのであろうが、決して関東管領家の力は強固なものではない。
今回、幸手原での大勝が重なり、最早関東には自分達に対抗できる勢力が居ないと思い込んでいるようだが、冷静に考えれば古河公方である足利成氏は下野、常陸、下総、上総、安房に所領を持つ国人衆の多くを味方に付けているのだ。確かに大敗を喫して9000近い兵を失い、一時的に勢いは衰えるだろうが、直ぐに態勢を立て直すはずだ。
そして関東管領家の管轄である関十州のうち、現状では相模、武蔵、上野国にしか影響力を持っておらず、伊豆は堀越公方である足利政知が好き勝手にしており、甲斐は守護である武田信昌が国人衆を纏めきれず、争いが続いていており収まる気配はない。
上野に隣接する信濃も国人衆が争っており、守護の小笠原家の影響力も低下しつつあり、何かあった際に援軍を得られない可能性が高いのだ。
そんな情勢の中、顕定は怒りに任せて、どうあっても豊嶋を攻めようとしている。
景春が黙っている間にも顕定も定正はもう勝った気になって、豊嶋を屈服させた後どうするかを話している。
「顕定様、定正様、今は時期が悪うございますれば豊嶋は暫く泳がしておき、伊豆、甲斐、そして信濃の安定に力を入れるべきと存じます。 伊豆、甲斐、信濃にお2人の威光を示し従えたうえで、古河公方のみならず豊嶋を攻めれば関東に平穏が訪れ、長きに渡る関東の争いを収めたとしてお2人の名は必ずや後世に残りましょう」
「景春、其方は豊嶋を放っておけと申すのか!!」
「左様でございます。 豊嶋、三浦、太田、成田に手を出さねば、あの者達は所領をこれ以上広げる事は困難にございます。何故なら4家の周辺に所領を持つ国人衆が手を出さねば手を出せぬ状況にて、豊嶋、太田、成田は所領を広げたければ利根川の北に兵を向けるしかなく、そうなれば成氏と争い、互いに疲弊するだけ、その間にお2人が伊豆、甲斐、信濃に威光を示し、その後に互いに争い疲弊した成氏と豊嶋を討てば良いだけと存じまする」
景春の言葉を黙って聞いて居た顕定と定正は相模、武蔵、上野のみならず、伊豆、甲斐、信濃の兵を率いて大軍で成氏と豊嶋を圧倒する様を想像し、その気になっている。
景春は心の中で単純な者達だとため息をつきながら、古河公方や豊嶋から目を逸らさせた事に安堵し、その裏で今のうちに自身の地盤を固めようと心に決める。
今、景春の頭の中にあるのは関東管領家の家宰と言う立場を利用して地盤を固め、先行きの暗い上杉家と共に心中するのをどう回避するかだった。
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