使者の来訪

江戸城での評定の2日後、関東管領山内上杉家より家宰である長尾忠景の嫡男、長尾顕忠が、扇谷上杉家からは道灌の父で前家宰の太田道真が、三浦家からは三浦時高の代理として赤銅色に日焼けし明らかに海の男という風体の三浦海賊の頭目、三崎信重がやって来た。

いや、絶対に三浦時高は交渉する気ないでしょ!!

信重は正装こそしているものの、明らかに髪も髭もあまり手入れしていないし、完全に海の男にしか見えない。というか豪快な海の男が無理に正装しているからとても違和感があるんだよね。


両上杉家からの使者を上座に、時高の代理で来た家臣は脇に、下座には俺と父泰経、叔父の泰明が座る。

「長尾顕忠様におきましては、お初にお目にかかります。 この度、豊嶋家の家督を相続し当主となりました豊嶋宗泰と申します」


下座で平伏し名乗った俺を見て困惑している長尾顕忠とその姿を見て笑いを堪えている太田道真と三崎信重という何とも不思議な光景ではあるがそもそも道真は良く石神井城に遊びに来ていたし、信重は三浦海賊衆の頭で宮城の城下に船着き場を作った時に会い、今も三浦時高との書状のやり取りを仲介してくれている人物で、俺と初めて会うのは顕忠だけだったからだ。


恐らく顕忠は関東管領上杉顕定と家宰である父長尾忠景から所領の返還と道灌を始めとした捕えられた諸将の解放をするよう命じられ、それを遂行するように言われてやって来たんだろうが、まさか江戸城へ使者として来た3人の内2人と良好な関係を持っているとは夢にも思っていないだろうな。


「某は関東管領である上杉顕定様の命を受け参った、長尾忠景が嫡男、長尾顕忠である。この度は関東管領家に背き謀反人に呼応し兵を挙げあまつさえ、扇谷上杉家の家宰である太田道灌を始め数多くの国人衆の所領を奪った事、顕定様は酷くお怒りである。 だが由緒ある家柄でかつ今までの忠誠に免じ温情をもって此度の豊島家の挙兵を不問とする故、即刻捕縛している諸将を解放し、奪った領土を返還せよ! また顕定様の命に背くようであるならば謀反人として豊嶋家の所領は没収されるものと心得よ!」


関東管領家からの使者だけあって上から目線の口上ではあるがそれに一々腹を立てても仕方ないし、そもそも従う気も無いので困った顔を装いつつ顕忠を諭すような口調で今回の事の顛末を説明する。


そもそも、豊嶋家が長尾景春に呼応し兵を挙げたように思われたのは太田道灌の策略によるものであり、それは以前から道灌が豊嶋家の所領を切り取り自らのものにとしようとしており、景春の乱を口実に攻め込み、所領の拡大をねらった事。

そして豊嶋家としては山内並びに扇谷の両上杉家に反旗を翻すつもりは無い事。道灌が今まで豊嶋家にしてきた事を事細かに説明し、景春討伐の為に兵を集めていた所、道灌がそれを口実に豊嶋家が景春に呼応したとして兵を差し向け豊嶋家を攻め滅ぼそうとしたのだ、と大袈裟に伝える。


かなり誇張はしたが殆どウソは言っていない。

ただ俺が生まれる前にあった道灌と豊島家の確執を父である泰経から聞いていたのでその辺も含めているので顕忠から見たら俺が堰を切ったように道灌の悪質性を話し出したように感じているはずだ。


若干誇張しすぎたせいで顕忠も若干引いている。

特に4歳である実の娘を人質同然に嫁がせたと聞いた時は顔が引きつっていたし。


嘘か誠か真偽は分からないが、以前よりあった道灌と豊嶋家の確執を知らなかった顕忠は、まさか道灌が豊嶋家に対しそんな事までしていたのかと驚き動揺の色を隠せずに困惑していると、道真が口を開き顕忠に対し俺の説明を補足した後、俺に向き直る。


「宗泰殿、確かに道灌の行いは親である某も手を焼いておった、何度も止めるように申したが聞く耳を持たず、それにより豊嶋家に迷惑をかけた事、親としてお詫び申し上げる。 とは言え某も扇谷上杉家の使者として来た故、言い分はもっともではあるが、まずは領土の事と捕縛した諸将の解放について話を進めたいが如何か?」

「某に異存はございませぬが、信重殿と顕忠様は如何でございますか?」

「異存はござりませぬ」

「そ、某も異存ござらん」


いつの間にか俺の話に乗って道灌の非を認めた道真のペースに巻き込まれ顕忠は唖然とし渋々と言った感じで承諾する。


顕忠としては豊嶋家の非を見つけてそれを口実に諸将の解放、領土の返還を求める考えがまさか道真が実の息子である道灌の非を認めるとは思ってもおらず、これ以上この場で豊嶋家の言い分を否定する事が出来なくなった感じだ。


そのため豊嶋家に非を認めさせた諸将と領土を返還させたうえで豊嶋家を許し関東管領の権威と寛容さを関東に知らしめようという考えだったが、この場で豊嶋家に非はなく道灌に非があるとのことになってしまい諸将と領土の返還のみで諦めようと考え直したのだろう。


出鼻を挫かれた顕忠であったが考えを改めると余裕を持った顔になった。

何故なら太田家も三浦家も反論できる当主が捕らわれ件の豊島家の当主は幼いのだから・・・。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る