戦勝気分は後回し
「虎千代! 何かいう事はあるか」
江古田原沼袋においての後処理を家臣に任せ動ける物、怪我の程度が少ない600人程の兵を率いて父である泰経と叔父の泰明が江戸城に入城し、俺と主殿にて対面した直後、父が発した言葉だ。
「勝手な参戦、お詫び申し上げます。 それにつきましては後ほど謹んでお叱りをお受けいたしますが、まずは宮城と平塚城に伝令を送り、宮城に援軍として入城している滝野川守胤殿に400人程の兵を連れて赤塚城を、平塚城に援軍として入城してる庄宗親殿に同じく400人程の兵を連れ世田谷城を即座に攻略するようお申し付けください。 両城の主である千葉自胤、吉良成高は捕えております。 助命を条件にすれば戦うことなく手に入るかと。 また某はこれより手勢を連れて荏原郡及び品川湊を押さえに向かいます。 父上におかれましては江戸城の守備と道灌等捕らえた者の監視、近隣の村や城下の掌握をお願い致します。 叔父上、手傷を負っているなか申し訳ございませんが渋谷重国が守る渋谷城へ向かい、降らぬなら城を攻め落としてください。 渋谷城と江戸城は目と鼻の先、降らぬなら邪魔になります故」
何か言う事はあるかと聞かれたので、とりあえず謝り、即座に実行すべきことを口にし席を立つ。
「待て虎千代!! そのような事より、そなたが何故合戦に加わったのか、あの大きない音が出る物は何なのか、聞きたいことが沢山あるのだぞ!!」
「父上、それは後日でも良い事ですが、赤塚城、世田谷城、荏原郡及び品川湊の掌握は今すぐ動かねば他の者に奪われますぞ! 道灌との合戦で多くの血を流した豊嶋家ではなく、血を流さず傍観していた者が手に入れても良いと申されるのですか!!」
怒気を含んだ口答え…、恐らく転生してから初めてのような気がする。
だが、言っていることは間違っておらず、父も叔父も早急に対応せず他の者に利を奪われる可能性がある事を理解したのかそれ以上引き留めることはしなかった。
荏原郡及び品川湊を掌握して帰ってきたら思いっきり説教をされそう…。
そう思いつつ、江戸城に集まった俺の手勢の内、負傷者を除いた騎馬隊100人、足軽隊400人、鉄砲隊150人、大鉄砲隊50人の総勢700人で出陣しまずは品川湊を目指すんだけど、照がやっぱり付いて来た…。
と言うよりもどうも道灌が捕らわれている江戸城に居たくないようだ。
それとなく風間元重から聞いていたけどここまでとは。
品川湊には道灌の屋敷があるからまずそこを制圧したうえで、100人程の兵を残し他は荏原郡内で豊嶋家に従わない領主などを制圧させ、俺はその間に品川湊の商人達と話をする事になる。
因みに元重に即座に風魔衆を相模に派遣し噂を流すように指示をだした。
流す噂は主に(道灌に従って兵を出した上杉朝昌は豊嶋の兵を前に怯えて我先に逃げ出した)(大森実頼は豊嶋の突撃に怯え脱糞し落馬し命乞いをして捕縛された)(三浦高救は江戸城で捕えられた際、失禁しながら泣き喚き所領を差し出すのでと命乞いをした)と言った内容だ。
元重にはもっと無様な様子が思いついたらそれも噂として流すように伝えてある。
SNSも無い時代だから噂が流れれば尾ひれ背びれ、胸びれまでついて広がるだろうから最終的にはどんな噂になる事やら…。
そして俺が江戸城を出る際に伝令が複数飛び出して行ったので恐らく赤塚城と世田谷城を攻略するようにと指示を伝えに行ったのだろう。
赤塚城は俺の大泉館や石神井城とも近いので確実に押さえておけば防衛拠点ともなる。
荏原郡を掌握し、世田谷城を押さえれば、多摩郡の江古田原沼袋を含む一帯が豊嶋家の手に落ちるから今は即座に行動をすべきなのだ。
実際問題として、明日から明後日には合戦の結果が武蔵や相模に広がる事が考えられ、場合によっては誰かに横やりを入れられる可能性もある。
その前に要所を落とし既成事実を作る。
それが今やるべきことだ。
兵を率い江戸城を出発し海沿いに進む事約2時間、日が沈みかけてきた頃、品川湊の街並みが見えてきた。
武石信康に騎馬隊100人を率い、道灌の館を接収するように指示を出し俺は残った兵と共に品川湊の街へと兵を進める。
驚いた事に、今日の合戦で道灌が負け江戸城には勝者の豊島軍が入城していることがもう伝わっており、町への道には商人に雇われたであろう足軽が100人程、槍や刀を手にし行く手を阻むかのように屯している。
どうせ100人程度だし、見せしめもかねて鉄砲と大鉄砲合わせて200丁の一斉射撃で仕留めてもいいんだけど、いきなり鉄砲をぶっ放すのも気が引けるので、とりあえず羽馬一馬に命じ品川湊の顔役と話に来たので顔役を呼んで来るよう伝えに行かせる。
一馬が馬を駆って足軽たちに俺の言葉を伝え、その直後馬首を返し戻ってきた。
報告によると、どうやら足軽を率いていたのは品川湊の顔役である宇田川清勝だったらしい。
再度一馬に、こちらは攻撃をされない限り攻めかかる事もしないし、町への乱暴狼藉等を一切禁じている事を伝えに行かせると、足軽たちは武器を収め、道を開けるように移動し、道の真ん中には宇田川清勝が一人こちらに歩いてきた。
清勝と俺の距離が2~30メートル程近づいたところで俺も馬から降り、清勝の元へ歩を進める。
話をするだけだから俺一人で良かったんだが、家臣が10人程護衛で付いて来た。
過保護と言いたいところだが、この時代は何があるか分からないから当然と言えば当然なんだが、大勢のSPに守られる某国の要人になった気分だ。
「豊嶋家当主、豊嶋泰経が嫡男、豊嶋虎千代と申します。 この度は品川湊に対し豊嶋家へ恭順するよう話をしにまいりました」
「宇田川清勝でございます。 まずはこの度の戦勝をお祝い申し上げます」
「お祝いか…、流石に耳が早いな、して品川湊には此度の合戦、どのように伝わっている?」
「左様でございますな、聞くところによると、数で劣る豊嶋様の軍が待ち構える道灌様の軍に突撃し激戦となったところ、左右から伏兵をもって本陣を挟撃されたと聞いております」
第一印象としては鎧を着ているとはいえ物腰の柔らかな人物といった感じだが、時折見せる俺を品定めするかのような目は戦国を生き抜く商人だ。
町の安全に加え利をもたらすかどうか見定め、それにより心から従うか、表面上の付き合いに徹するかを決めようとしているように感じる。
「虎千代様、立ち話もなんですのでよろしければ屋敷でお持て成しをさせて頂きます」
「それは忝い、ただ家臣が道灌の館を血を流さずに押さえた故、今宵は道灌の屋敷にて今後について話し合おう。 某の家臣には料理が得意な者がおりますので食べた事のない珍しい料理をご用意致そう。 それにこれだけの兵を品川湊に入れれば町衆も心穏やかに夜を過ごせまい」
流石に道灌の息のかかっていた顔役の屋敷で持て成しを受けるのは危険な気がするのでやんわりと断り道灌の館で珍しい料理を振舞うと言う名目で反対にこちらの安全が確保されている場所を指定する。
兵を率いて来て道灌の館で急に持て成すと言われた清勝は一瞬戸惑った表情をしたものの、品川湊で発言力のある大店の店主を誘って来ると言い戻って行った。
さて、何を作ろう!
料理が得意な家臣って実は居ないんだよね!
とりあえず卵はあるから茶碗蒸しは確定として、持って来た兵糧の中に丁度良い物無いかな?
交渉内容を心配するよりまず献立の心配が先に来るってどうなんだろう?
まずは道灌の館に行ってどんな食材があるかの確認からだな。
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