収穫と来客

田には黄金色の稲穂が実り豊かに垂れており、農民が家族総出で刈り入れをしている。


「どうだ? 今までの植え方を新しい植え方に変えただけで量も質も良くなっただろう。 それに加え堆肥を使った田は更に実りが良い。 来年の種籾は堆肥を使った田で収穫した稲を使えば更に良質な米がとれるだろう。 来年が楽しみだ」

「若君のおっしゃる通りですな。 某の所領でもお教え頂いた田植えを一部の田で試させたところ、その田は豊作でございました。 見事な慧眼、来年の田植えは全ての田にて実施致します」


白子川の下流部を治める豊嶋家一門衆の白子朝信が俺の所領でおこなわれている刈り入れ風景を見ながら植え方一つでここまで違う事に感心したような顔をしている。

そして隣に居る守役の原田時守はというと、自分の所領で正条植えを試して居なかったようで、やっとけば良かったと言う顔をしている。


「父上は大泉一帯で1000貫と言っていたがこれなら米だけで2000貫はあるんじゃないか? それに麦に蕎麦、芋などを加えれば2000貫以上だろう」

「左様でございますな、まだ開拓途中で来年から作物を育てる予定の場所での収穫も加えれば総貫高だけでも3000貫、それに加え砂糖やコーヒーの売り上げ、これから作る清酒も加えればそれ以上になります」


時守がそう言いながら朝信の方を向き、酒蔵の建設状況を確認すると、抜かりは無いと言わんばかりに朝信は既に4軒が完成し、残りの2軒も1月後には完成すると胸を張っている。


本当なら大泉で清酒を作りたかったが、酒の原料である米も重要だが、水も大事という事で、白子川の源流起点である井の頭の泉のそばに作った方が良い水が使えるので朝信に酒蔵建設と職人の手配を頼んでいる。

勿論、一門とは言えタダで手伝わせると後々問題が発生する可能性があるので、朝信には今年俺の所領で導入した道具を融通し、堆肥等の作り方などを教える事になっている。


朝信からしたら、農機具を融通され、新しい農業のノウハウが手に入るとあって条件を出したら即飛びついた。

というか今年、農業改革や開発に関して色々と話して分かった事だが、どちらかと言えば朝信は合戦が苦手で所領の農民たちと田畑を耕したり所領を豊かにしてのんびりと過ごしたいタイプみたいだった。


「朝信殿、相談なんだが、父上に申し上げて白子家は豊嶋家の農業改革奉行になって貰い、まずは豊嶋家直轄領、そして一門衆の領地、その後豊嶋家に従う国人衆の所領に米や麦の作付け指導をする役目を担うのはどうだ? 恐らく合戦に行かなくても良くなるし豊嶋領が豊かになる、朝信殿が適任だと思うんだが」

「某が奉行でございますか? 確かに合戦に行かず農民に作付け指導をし収穫量を増やすお役目はありがたいですが、そうなると武辺者の家臣が路頭に迷ってしまいますればなかなか…」


「武辺者か、因みに武辺者は何人ぐらい居るんだ?」

「白子家で随一の武辺者は武石信康と言う者でございます、他にも数人おりますが、合戦に出なくなるとその者達の働きどころが無くなってしまいますので」


「そうか、ではその武石信康を始めとした武辺者を俺の家臣として召し抱えさせて貰えぬか? もちろん禄は保証するし武辺者に相応しい働きどころを用意する」

「しかし若君はまだ5歳、まだ合戦に行く事はございますまい、にもかかわらず働きどころとは?」


そう言い不思議そうな顔をしている朝信に俺が考える専業兵士の構想を説明する。

蚊帳の外になっている原田時守は若干拗ねて憮然とした表情をしているが、朝信は話を聞き納得している。


「それは面白うございます。 武家も農民も3男や4男など家を継ぐ可能性が少ない者も多くおります。 その者を金で雇い常時動かせる兵とするとは、金はかかりますが農繁期に合戦となった際は大いに活躍が期待できますな」

「そうだろ? それに農繁期に攻め込む事も出来る。 幸い、砂糖やコーヒー、来年には清酒で金には余裕が出来るはずだ、開拓に使う金も減る事は無いしな」


「恐れながら、若君、金で兵を雇ったとして所領を持たぬ者共が合戦のお役に立つのでしょうか?」

「時守、必ず役に立つぞ、開拓の手伝いをさせるが、訓練も行うしな、それに手柄を挙げれば家を興すことも認めるのだから、3男、4男からしたら必死に働き、訓練もするだろうから、農民を合戦の際に集めるよりも役に立つはずだ」


何となく納得してない様子の時守だが、朝信は乗り気になっている。

俺としても、風間元重を家臣としたけど、風間は風魔衆としての役割を担って貰いたいので、専業兵士を訓練し指揮を執る人材は喉から手が出る程欲しかったんだ。


その後、石神井城で詳細を後日詰めることし、城へ戻った。

まだ日は傾いていない時間帯だったが、専業兵士の募集などをする為の許可を取るために早めに帰って来たんだけど、父は視察で練馬城に出かけており、その代わり予想外の人が城に居た…。


「おお~!! 虎千代殿、婚儀の日以来じゃの~、その後かわりないか?」

部屋に戻ろうと縁側を歩いていると、見た事あるオッサンが庭で照姫と遊んでいる。


「道真様、如何なされたのですか?」

「道真様など他人行儀に呼ばずに良い、ジジとでも呼んでくれ、ワシの可愛い孫娘の夫なのだから其方もワシの可愛い孫なんじゃから」


爺と呼べって…、まあそれは良いけど、オッサン岩槻城の城主だろうに何しに来たんだよ。


「それにしてもこの石神井城は良いの、近くに川が流れ、城の裏手には綺麗な池があり景色もなかなか良い、照の話では毎日美味しい菓子も食べていると嬉しそうに話していて安心したぞ」

「ご安心頂けて良かったです。 4歳で輿入れは某も早すぎると思っていて寂しい思いをしていないか心配でしたが、爺様がお越しくださって照も嬉しそうで某も嬉しいです」


「そうかそうか、照も良い夫の元に嫁いだのだな」

「ありがとうございます。 爺様にそう言って貰えるとは。 今、お茶と菓子を用意させますのでお召し上がりください」


そう言い、侍女に、最中とお茶の支度をするように指示を出したら、茶ではなくコーヒーが良いとか言い出した。

もうコーヒーが広がっているのかよ! 確かに商人に卸しては居るけど広まるの早くない?


そう思いつつも、道真にはコーヒーの用意をするように伝え、3人で菓子を食べながら雑談をする。

「虎千代殿、このコーヒーの飲み方は斬新じゃの。 少し薄い感じがするが作法など気にせず飲めるのが良い」

「作法でございますか? 爺様はいつもどのようにして飲まれているのですか?」


う~ん、飲み方を商人に伝えたはずなんだけど、何処でどう変わったのか、どうやら普段は抹茶のように茶碗にインスタントコーヒーを入れて湯を注ぎ、茶筅で泡立てて飲んでいるらしい。

作法は茶の湯と同じ感じらしく、最近密かなブームになりつつあるらしい。


茶会がコーヒー会に…、茶の湯がコーヒーの湯になっている…。

まあ確かに泡立てた方がクリーミーで美味しいけど、その飲み方は予想外だった。

予想外と言えば照姫の祖父である道真が石神井城に来ている事も予想外ではあるんだけど…。


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