婚礼の儀

江戸湊の一件にかたが付いて10日後、石神井城はある意味混乱の坩堝と言ってよい状態だった。

何故なら嫡男である俺と道灌の娘と婚儀を行うと言うだけだと思っていたら、道灌が俺の母方の祖父であり関東管領である山内上杉家の家宰でもある長尾景信に、尋常ならざる聡明なお孫殿の嫁に我が娘を嫁がせる事になり、これで豊嶋家、長尾家、太田家の誼が強固であると大々的に世に知らしめるため、盛大な婚儀を執り行いたいと使者を出したらしい。


その結果、祖父である景信は自分の孫が太田家に青田買いされるほど聡明と持ち上げられた事に気を良くし、また両上杉家の家宰を務める家同士の誼を強固にする事に利を見出したようで、反対するどころか既に祝いの品を送って来たうえに、婚儀には景信を始め、母の兄である景春が石神井城に来ると言いだしたらしい。


まあそれはまだ予測の範疇ではあったが、道灌が異常なほど俺を持ち上げた事で、景信も自分の孫の婚儀を盛大に行いたくなったらしく、主君である上杉顕定まで婚儀に呼びやがった。

家宰家、嫡男の婚儀ならまだしも、孫、それも他家に嫁に出した娘の子の婚儀に主君であり関東管領である顕定に出席を促し、承諾を得た事で、道灌の主君で扇谷上杉家の当主である上杉政真までもが出席せざるえなくなったようで後20日程で石神井城で盛大な婚儀を行えるようにしないといけないと言う状況に陥った。

確か上杉顕定はまだ15歳だったはずだから家臣とは言え家宰である景信に出席を打診…、いやむしろこれは強要したんだろうけど、ジジイ、余計な事をしやがって!!

と言うかこれは道灌の策か? 確かにここまで大事にすれば太田家としては娘を人質に出したとは誰も思わないはずだけど、逆に周りから見たら豊嶋家の名声が上がるだけで道灌に利はあまりないはず。

いや豊嶋家を挟んで長尾家と太田家の繋がりが強くなると言う利点はあるだろうけど、両上杉家とも古河の足利成氏との争いで共闘しているんだから今更繋がりを強くする必要もない気がするが…。


考えても道灌の目論見に見当が付かない為、これ以上考えるのを止めて所領の大泉の状況を見に行こうとしたら、母から止められ礼儀作法を婚儀の日までみっちり学ばされる羽目になった。

おのれ、道灌め! 婚儀にかこつけて見事な嫌がらせをしやがって…。


そして婚儀の日、見かけだけは新築のように綺麗になり掃き清められた石神井城に両上杉の当主、両家の家宰、そして周辺の有力国人が集まり、盛大な婚礼が行われた。

俺からしたら、5歳児と4歳児が並んで座っているだけ婚礼の儀と呼べるものでは無いと思うけど、集まった人達は俺達を見て、お似合いの二人だ、だの将来は美男、美女になるだの好き勝手なことを言い、酒を飲んでいる。


お前ら、全員、子供の身になってみろ!

横に居る照姫なんか、既に睡魔に襲われて船をこいでるぞ!

着物の重さで絶妙なバランスが取れているから倒れないけど、さっきからコクコクと頭前後してるし、完全に児童虐待だぞ!!


そういう俺も5歳児の身体だから眠いし…。

誰だよ! 今「ひ孫の顔が楽しみですな」とか言ったの!! 5歳児と4歳児に何を期待してるんだ! 


全く、この時代の大人共は…、だけど、両上杉の当主が出席する事になり、長尾家からも太田家からも盛大な婚礼の儀にしないと両家とも面子が立たないという事でかなりの金と物が送られて来たので館の改築に使った金を差し引いても利益的には大幅な黒字だ。

しかも量が無いのでと前置きをして日本酒を出した事で、出席者はこの酒は何処の商人から手に入れたのかと父が質問攻めにあっていた。


日本酒は豊嶋領で試作したものであり、作り方は門外不出、卸先は石神井の商人で、石神井と江戸湊に店を構える川上屋彦左衛門に卸していると言っていたので恐らく明日以降、川上屋に酒を売れと押しかける事になるだろうな…。

許せ川上屋、スティックシュガーとインスタントコーヒー、そしてたまに日本酒を卸しているんだから我慢してくれ。

ただ、本格的に清酒造りを始めないと、1日一升しか補充されないから豊嶋家がわざと商人に卸さず値を吊り上げているだの言われるのも困る。

酒蔵の建築は始まっているから、今年の冬には酒造りを開始し、来年の春には清酒を一定量卸せるようにしないと…。


だけど道灌の娘の名前が照だったのには驚いた。

ネットで調べても豊嶋泰経の娘が照って名前だったとの記載はあるものの、虎千代と言う嫡男の名前は出てこない。

確か元居た世界の過去と同じ歴史を辿る世界のはずだから、石神井城の照姫伝説の照姫って本当は道灌の娘?

だとしたら何故、三宝寺池に馬に乗って入水した?

江古田原沼袋の合戦で虎千代が死んだ? それとも落城の際に逃げ出した泰経と共に落ち延びて城に残されたから追い詰められて入水した? いや父親が道灌なんだから石神井城が落城しても入水する必要はないはず。

道灌が残したとされる道灌状にはその辺の事詳しく書かれていないんだよね。

自分の娘を死なせたと言う汚点を残したくなかったから闇に葬った可能性はあるけど、石神井城伝説を道灌が作った可能性も捨てきれない。

謎だな。

ただ、人質同然の政略結婚ではあるけど、入水させるような目には遭わせないようにだけはしよう。

道灌とは命を懸けて戦うかもしれないけど…。


それにしても長い!

子供だから酒を勧めに来る奴は居ないが、時間が経つにつれ誰もこっちに来なくなり、大人達で酒を飲み盛り上がっている。

もうこれって婚礼の儀じゃないよね? ただの宴会だよね? もう退出して寝ていい?


もう照姫さんは完全に下向いて寝ちゃったよ。

角隠し被ってて下向いたら顔見えないから女の子は良いよね…。

寝てても気付かれ無いんだから。

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