5

「アイリーンはお子さんは?」


 聞いていいものか、少し迷った。

 だがそう切り出してくるということは、聞いて欲しいという誘い水なのかもしれない。


「二度身ごもったのだけど、……ね」


 そう言って目を伏せた。


「もうずっと昔の話よ。順番に話すわ。でも今となっては、子供が居なくて良かったかもしれない、と思いもするの」

「何故ですか?」


 私は今の夫と知り合って、子供ができたことは素直に嬉しかった。

 今回、どうしても頼んで置いて来なくてはならないこと、しばらく離ればなれになることは後ろ髪を引かれる思いだった。

 だから、二度身ごもってまで欲しかった子供に対し、居なくて良かったかも、という彼女の言葉はなかなか理解しづらかった。


「夫が亡くなってからのごたごたを見せなくても済んだ…… というのが大きいわね。私の実家がその子に何かしたらと思うと、ぞっとするわ」

「そういうことが」

「あのひと達なら、私にもし子供ができていたなら、誰かを懐柔するか、そうでなかったら、私一人に夫と共に作った財産を継がせる様に子供を」


 さっ、と彼女は首の前で手をさっと横に引いた。

 冷静な表情なだけにぞっとした。

 しばらくの間、どう言っていいのか判らないまま、会話が途切れた。

 私は本を改めて開き、何度も何度も繰り返し読んだことのある話をまた読み進めた。

 そのうち、車掌が停車駅にことを告げだした。

 環境の変化に合わせて整備を少し加えるので、二時間程停車する、という内容がよく通る声で伝えられた。


「どう、今度は外に出てみる?」

「いいですね」


 やがて速度が落ち、遠くの山々が稜線だけを見せる様になる中、それまでに比べると格段にがらんとしたホームが私達の目の前に現れた。

 私達は車掌にホームに降りる旨を告げる。お気を付けて、と彼は言った。

 ホームはそれまでの駅と違い、舗装も何もされていない。

 薄茶色の土が固く平たく整備してあるだけだった。

 木造の屋根のついた待合室は大きくはあるががらんとしている。そこから乗り込む人々は、皆色とりどりの布で作った袋を肩から掛けていた。


「二等以上は居ないみたいね」


 アイリーンは待合室から出て乗り込む乗客を見てつぶやいた。

 そしてまた、その出てくる中から、やはり何処にも居る売り子の姿もあった。

 大人も子供も居る。

 むしろ他の駅よりその数は多そうだった。


「あら、あの子供……」


 小さな子供が首から提げた箱に、花を少しずつ束にして入れていた。


「あまり売れていないようね……」


 アイリーンは近づくと、子供から小さな花束を三つ買った。

 私は革細工を広げている男のところへ行った。

 なかなか細かい柄が面白いと思った。

 私は「毛を刈る鋏入れだ」と説明された刺繍入りのものを買ってみた。

 丈夫そうだし、大きさが探していたものにちょうど良かった気がしたのだ。

 二人とも銘々欲しいものを買った、ということでまた車両に上ろうとした時。

 ひゅん。

 背後で、薄茶色の地面が鈍い音を立てて砂埃を上げた。


「何」


 私は眉根を寄せた。


「早く中へ」


 ばたばたとそのまま個室へと飛び込み、できるだけ姿勢を低くする様に言った。


「流れ弾です」


 ああ、と彼女は驚きもしなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る