第3話 族長邸跡

 襲撃してきたゴブリンの一派を殲滅したアリシアとミューアは、村の奥を目指していた。そこにはエルフ族を束ねていた族長一家の邸宅があって、ミューアが調べてみようと提案したのである。


「本来ならここから先は、私のような一般エルフは立ち入り禁止なんですよね。掟では族長家や評議会メンバーといった地位のある者だけが足を踏み入れられると……」


「ははっ、なら今日からアリシアもダークエルフの称号持ちになるね」


「た、確かに掟破りをすればダークエルフと呼ばれる事になるんですよね」


「まあ非常時ゆえの行動だし、そもそも村もエルフ族も壊滅状態なんだから掟なんて気にする必要もないじゃんさ」


 ルールとは倫理や常識を元にして明確化した決まり事であり、社会を潤滑に動かすために不可欠な存在だ。

 しかし、それを定めた社会そのものが失われてしまったのだから、もはや違反したところで裁かれることはない。真面目なアリシアは気にしているようだが、既にダークエルフに身を堕としているミューアは堂々と族長邸の敷地内に侵入した。


「アリシアは知ってる? 族長が所有しているエルフの秘宝のことを」


「話に聞いたことはあります。ですがソレがどのような物なのかは知りません」


「世界樹の枝が秘宝として保管されているらしいんだ。アレは使い方を間違えればヤバい事になるので、族長が厳重に管理しているんだって。家族にすら触れさせないんだよ」


「そんな凄い物品だったとは初耳です。ミューアさんは物知りですね」


「あ、いや、まあね。ともかく、その秘宝が無事か調べておいたほうがいいと思う」


 頭をポリポリと掻きながらバツの悪そうな顔をするミューアは族長邸を示す。

 ここも魔物によって破壊されており、もとは立派な邸宅であった族長の家も無惨な姿となって灰色の煙を上げている。村の中でも一番警備レベルの高かった場所でさえボロボロなのだから、もう無事な地区など無いのだろうなとアリシアは悲しくなって眉を下げていた。


「これじゃあ遺体があっても発見するのは困難だな…焦げたニオイもキツいし、秘宝だけサッサと確認しよう」


「でもドコにあるのでしょう?」


「地下にある…という噂を聞いた。あの階段を使おう」


 邸宅の中心部、そこには地下へと続く階段があった。周囲の柱などは焼け落ちていたが、かろうじて階段だけは残っている。


「おじゃましまーす……」


 恐る恐るアリシアは地下へ踏み入り、周りを見渡す。ここまでは太陽光が届かないので真っ暗であるが、ミューアが結晶体を取り出して発光させた。


「魔結晶ですね?」


「そう、魔力に反応する特殊な結晶体だよ。魔力を保存したり、術を行使する際の媒介にしたり、こうして灯りとして使うなど様々な用途に用いることができる」


 その魔結晶の灯りを頼りにして探索をしていくと、地下の奥にある小部屋へと辿り着く。ここの扉も破壊されていて、内部を見るまでもなくエルフ族の族長が守ってきた秘宝が無事ではないと分かる。


「チッ…やっぱり奪われていたか」


「何もありませんね……」


「あの世界樹の枝が誰かの手に渡るのはマズいな」


「世界樹……伝承によると、かつて存在した巨大な樹のことですよね? 今はもう消滅してしまったとのことですが」


「ただの樹じゃなくて魔力で形成されていたって話だよ。なんでも、人知を超える現象を引き起こせるらしい。具体的にどんなのかは不明だけど。で、その残骸である枝がココにあったハズでね」


 一通り調べたミューアはため息をつきながら退室し、アリシアも続く。


「族長様さえ生きておられたら……救いの手を差し伸べてくださるかもしれないのに……」


「どうかな。期待するほど立派なエルフじゃないよ」


「えっ?」


「いや、なんでもない」


 複雑そうに呟くミューア。唇を噛みしめる様子は、どこか物悲し気である。

 アリシアは首を傾げて言葉の真意を問うてみたいと思ったが、お腹がグゥと鳴いて恥ずかしそうに顔を赤らめた。昨日から食べ物も水分も摂取しておらず、しかも戦いでの消耗も重なり空腹となっていたのだ。


「ふ、あはは!」


「も、もう! 笑わないでくださいよぉ!」


「ごめんごめん。ホラ、これを上げるからさ」


 ミューアは笑いながらも、大きな葉で包まれたおにぎりを渡す。


「あ、ありがとうございます!!」


 盛大に感謝しながら目を輝かせ、アリシアはおにぎりを一気に頬張って飲み込む。咀嚼をしなさ過ぎて喉に詰まらせるのではと心配になる行為だ。

 そんなアリシアの無邪気な一面はミューアの心を和ませてくれる。故郷を失うという悲劇を経験した直後ではあるが、希望のような感覚をミューアは覚えるのであった。


 

   -続く-

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